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番外編~レアンドル⑥
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(どうしよう…)
結局一睡も出来なかったし、夕食を抜いたが空腹を感じる事もなかった。それくらい自分にとってはショックだったのだと思う。
テオの事は好ましいと思っていた。頼りがいがあるし、真面目で誠実で、もし私に兄がいたらこんな感じだろうかと思っていた。でも、それは友人の延長だった筈だ。それ以上でもそれ以下でもない。その筈なのに…
(ソフィアになったのは、失敗だったかもしれない…)
追っ手の目を誤魔化すための女装だったが、意外にもしっくり来て違和感がなかった。元より剣術などの荒事は苦手で、その為に後継者に向かないと祖父に言われていたくらいだ。実際、剣術などは妹のレティの方が得意だった。あの子は運動神経もよかったし、躊躇わない強さも持ち合わせていたから。
(それよりも、これからどうしたらいいんだ…)
いくら頭を抱えたところで、起きた事はなかった事にはならない。問題はこれからだ。これから先、どんな顔でテオに会えばいいと言うのか…これまで親しくしていただけに急に素っ気なくすると周りに変に思われる可能性もある。今は養われている身でもあるから、避ける事も出来ない。八方塞だった…
(もう、帰国しようか…)
あれから三日、後継者教育で培った表情を誤魔化す術を駆使して何とか過ごしてきたが、そろそろ限界だった。最初は体調が優れないなどと言って誤魔化してきたが、いつまでも続けられるわけではない。マルクにも不審がられるようになったからだ。こうなったらもう、ロアール国に帰ろうか…そんな事を考えていると、ドアを叩く音がした。テオは連日遅くまで商談だからマルクだろうか。どうぞと声をかけるとドアが開き…私はその場に固まった。そこにいたのは…テオだった。
(ど、どうして…)
今頃は商談の筈だし、そもそも彼は自分から私の部屋を訪ねてくる事は多くなかった。侯爵家の跡取りと子爵家の次男では立場が違うと、用がある時は必ず前振れを出していた。その謙虚さもまた彼の長所なのだが、私はそんなところを少し寂しく感じていた。
「…テオ…」
「ソフィ、いえ、レアンドル様。今、よろしいでしょうか?」
居住まいを正したテオに、私もベッドに腰かけたまま背を伸ばした。何だろう…表情が険しいところを見ると、この前の事を怒っているのは確かだろう。あんな事をされて嫌な気持ちにならない者などいないだろう…
「…ああ」
テオの表情に、私も腹を括った。この前の事を謝って、国に戻ろうと。これ以上一緒にいるのはお互いに苦痛なだけだ。私の方が身分が上とは言え、今は世話になっている身だ。恩人である彼にこれ以上負担を掛けるなど論外だった。
「……」
「……」
何を言うだろうか…そう思いながらテオの言葉を待った。久しぶりに見る彼の顔は、少し疲れているようにも見えたが、それが自分のせいかと思うと気が重くなった。申し訳ないと思う一方で、いっそ嫌われたら楽になるのかも…とも思った。
「…どうして…」
僅かに唇を震わせながら、彼がようやく言葉を発した。静かにその続きを待った。
「どうして、あのような事を、なされたのですか?」
ようやくといった風に出てきた言葉は、やはり少し震えているように聞こえた。それだけ憤りが強いのだろうと心が冷えた。
「…すまなかった」
これ以上は耐えられない。そう思ったら頭を下げて謝罪を口にしていた。既に嫌われているとしても、これ以上嫌われるのに耐えられそうになかったからだ。
「…謝罪を…聞きたかったわけではありません」
「すまない…」
「…っ」
合わせる顔がない、とはこういうことを言うのか…床を見つめながらそんな事を思った。
「近いうちに…帰国する。これ以上、迷惑はかけない」
振り絞る様にしてそう伝えると、息を飲む声が聞こえた気がした。
「これまで受けた恩には帰国してから必ず報いよう。我が家からマルロー商会に…」
「そんな事を聞いているのではありません!」
低く唸るような、いつも礼儀正しいテオからは想像も出来ない苛立った声に、思わず顔を上げた。
結局一睡も出来なかったし、夕食を抜いたが空腹を感じる事もなかった。それくらい自分にとってはショックだったのだと思う。
テオの事は好ましいと思っていた。頼りがいがあるし、真面目で誠実で、もし私に兄がいたらこんな感じだろうかと思っていた。でも、それは友人の延長だった筈だ。それ以上でもそれ以下でもない。その筈なのに…
(ソフィアになったのは、失敗だったかもしれない…)
追っ手の目を誤魔化すための女装だったが、意外にもしっくり来て違和感がなかった。元より剣術などの荒事は苦手で、その為に後継者に向かないと祖父に言われていたくらいだ。実際、剣術などは妹のレティの方が得意だった。あの子は運動神経もよかったし、躊躇わない強さも持ち合わせていたから。
(それよりも、これからどうしたらいいんだ…)
いくら頭を抱えたところで、起きた事はなかった事にはならない。問題はこれからだ。これから先、どんな顔でテオに会えばいいと言うのか…これまで親しくしていただけに急に素っ気なくすると周りに変に思われる可能性もある。今は養われている身でもあるから、避ける事も出来ない。八方塞だった…
(もう、帰国しようか…)
あれから三日、後継者教育で培った表情を誤魔化す術を駆使して何とか過ごしてきたが、そろそろ限界だった。最初は体調が優れないなどと言って誤魔化してきたが、いつまでも続けられるわけではない。マルクにも不審がられるようになったからだ。こうなったらもう、ロアール国に帰ろうか…そんな事を考えていると、ドアを叩く音がした。テオは連日遅くまで商談だからマルクだろうか。どうぞと声をかけるとドアが開き…私はその場に固まった。そこにいたのは…テオだった。
(ど、どうして…)
今頃は商談の筈だし、そもそも彼は自分から私の部屋を訪ねてくる事は多くなかった。侯爵家の跡取りと子爵家の次男では立場が違うと、用がある時は必ず前振れを出していた。その謙虚さもまた彼の長所なのだが、私はそんなところを少し寂しく感じていた。
「…テオ…」
「ソフィ、いえ、レアンドル様。今、よろしいでしょうか?」
居住まいを正したテオに、私もベッドに腰かけたまま背を伸ばした。何だろう…表情が険しいところを見ると、この前の事を怒っているのは確かだろう。あんな事をされて嫌な気持ちにならない者などいないだろう…
「…ああ」
テオの表情に、私も腹を括った。この前の事を謝って、国に戻ろうと。これ以上一緒にいるのはお互いに苦痛なだけだ。私の方が身分が上とは言え、今は世話になっている身だ。恩人である彼にこれ以上負担を掛けるなど論外だった。
「……」
「……」
何を言うだろうか…そう思いながらテオの言葉を待った。久しぶりに見る彼の顔は、少し疲れているようにも見えたが、それが自分のせいかと思うと気が重くなった。申し訳ないと思う一方で、いっそ嫌われたら楽になるのかも…とも思った。
「…どうして…」
僅かに唇を震わせながら、彼がようやく言葉を発した。静かにその続きを待った。
「どうして、あのような事を、なされたのですか?」
ようやくといった風に出てきた言葉は、やはり少し震えているように聞こえた。それだけ憤りが強いのだろうと心が冷えた。
「…すまなかった」
これ以上は耐えられない。そう思ったら頭を下げて謝罪を口にしていた。既に嫌われているとしても、これ以上嫌われるのに耐えられそうになかったからだ。
「…謝罪を…聞きたかったわけではありません」
「すまない…」
「…っ」
合わせる顔がない、とはこういうことを言うのか…床を見つめながらそんな事を思った。
「近いうちに…帰国する。これ以上、迷惑はかけない」
振り絞る様にしてそう伝えると、息を飲む声が聞こえた気がした。
「これまで受けた恩には帰国してから必ず報いよう。我が家からマルロー商会に…」
「そんな事を聞いているのではありません!」
低く唸るような、いつも礼儀正しいテオからは想像も出来ない苛立った声に、思わず顔を上げた。
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