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三年遅かった
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両手を壁に付けて私を囲うフィルマン様に、嫌な意味で胸が騒いだ。こんなところを誰かに見られたらどんな噂を立てられるか。それでなくても今はジョセフ様とのことで社交界では噂になっていると聞く。それに関しては私に瑕疵はないと言われているけれど、こんな場面を見られたらどんな風に言われることか……せっかくレニエ様やジョセフ様が動いて下さっているのに水を差すようなことは止めて欲しかった。何よりもこんなところをレニエ様に見られたくない……
「放して下さい」
「ジゼル!」
「名前呼びも止めて下さい。私にはそんな気は欠片もありませんから」
「だけど! このままじゃ君が!」
「私を心配して下さるお気持ちは有難く思いますが、こんなことは止めて下さい。迷惑です」
はっきり言わなければわからないのだろうか。
「だけどジゼル、私は……」
「先に私の手を離したのはあなたです」
「あ、あれは……」
「別れを望んだのは、私ではなくルドン様、あなたです。もうお忘れですか?」
睨みつけてそう言うと、フィルマン様が目を見開いて私を見下ろした。何を言っているのか。先に手を放したのはそちらなのに。
「ミレーヌを優先する家で私がどんな扱いを受けていたかも、あの婚約がなくなれば次が難しいことも、あなたが一番わかっていたでしょう? それでも別れを選んだのはあなたです。ご自身の罪悪感を減らすために私を使うのは止めて下さい」
「な……!」
フィルマン様は傷ついたような表情を浮かべて、そのまま後ろに二、三歩下がったけれど、何を今さらとしか思えなかった。私の幸せ? 馬鹿にしないでほしい。最初にそれを取り上げたのはあなたなのに。
「私の幸せは私が決めます。あなたにどうこう言われる筋はありません」
「だ、だけど……」
「私を想うと仰るなら、私のことは放っておいてください」
「でも、私は……」
「私はあなたのことを何とも思っていません」
きっぱり言い切ると、彼は息を呑んだ。
「嫌いだとも、憎いとも思いません。興味がないんです。あなたが誰とどうしようと気にもなりません。薄情だと思うかもしれませんが、そうさせたのはあなたです」
睨みつけたまま一歩近づくと、フィルマン様は二歩下がった。
「そこまでにしてあげなさい、シャリエ嬢」
「し、室長?」
「……っ」
思わずレニエ様と呼びそうになって、空気ごと言葉を飲み込んだ。いつの間にかレニエ様は戻っていた。今の話、聞かれてしまっただろうか。レニエ様には聞かれたくなかったのに……
「ルドン君、これはどういうことかな?」
「あ、あの……」
「最初に言ったよね。シャリエ嬢に負担になるような行動は慎むようにと。それがこの部署に異動してくる条件だと」
そんな話があったのか。あの時は陛下の意向もあって断れないと聞いていたけれど。
「も、申し訳ございません……」
フィルマン様が項垂れて今にも泣きそうに見えた。それでも心は動かなかった。私が気になるのはレニエ様がどう思われたかだ。
「ああ、シャリエ嬢はもう帰っていいよ。後は私が話をしておくから」
「あ、お、お願いします。それではお先に失礼します」
「うん、気を付けてね」
レニエ様はそう仰るのなら私に否やはない。ここはお任せすることにしよう。私がいても話がし辛いだろうし。
寮に戻ってようやくホッと気を緩めることが出来た。さすがに迫られた時は怖かった。体格差もあるし、ああいう人が思いつめると何をするかわからないから。胸元に揺れるそれにそっと触れると、それだけで気持ちが落ち着いていくのを感じた。
それにしても、フィルマン様があんな行動に出るなんて。婚約の話もあったからもう私のことなど気にしていないと思っていたのに。そういえばあの令嬢はどうなったのだろう。あの後姿を見ることはなかったし、興味がなかったから気にもしていなかったけれど。
「三年、遅かったわ……」
これが三年前なら、胸が躍っただろう。あの頃は確かに彼のことが好きだったから。それを自ら手放したくせに、今になってあんなことを言われても今更でしかない。どうしてそれがわからないのだろう。それが不思議だった。
翌日、職場にレニエ様とフィルマン様の姿はなかった。
「ああ、シャリエ嬢」
「どうしました、カバネル様」
「あ~フィルマンなんだけど」
言い難そうに声のトーンを落とした。やっぱりフィルマン様のことだったかと心の中でため息をついた。
「ルドン様? どうなさいました?」
「あいつ、しばらく謹慎になったから」
「え?」
それは予想もしなかった。あれくらいで謹慎だなんて……
「すまないな、俺からも言い聞かせてはいたんだけどなぁ」
どうやらカバネル様にも知られていたらしい。レニエ様が話したのだろうか。いや、カバネル様は人をよく見ているし、フィルマン様は隠しているつもりでも隠せていなかったからバレバレだったのだろう。
「あいつ、シャリエ嬢に復縁を迫ったんだって? 室長よりもルイーズ様の方がお怒りでね。しばらく謹慎」
「そ、そこまでしなくても……」
「いや、あいつにはいい薬だよ。全く、振った女が何時までも自分を好きだとでも思っていたのかねぇ。そんな奴だとは思わなかったんだけどなぁ……」
カバネル様が頭を掻きながら席に戻っていった。何だか大事になった上、ルイーズ様にまで知られてしまったなんて。全く、今はジョセフ様とミレーヌのことだけでも頭が痛いのにと、ため息が漏れた。
「放して下さい」
「ジゼル!」
「名前呼びも止めて下さい。私にはそんな気は欠片もありませんから」
「だけど! このままじゃ君が!」
「私を心配して下さるお気持ちは有難く思いますが、こんなことは止めて下さい。迷惑です」
はっきり言わなければわからないのだろうか。
「だけどジゼル、私は……」
「先に私の手を離したのはあなたです」
「あ、あれは……」
「別れを望んだのは、私ではなくルドン様、あなたです。もうお忘れですか?」
睨みつけてそう言うと、フィルマン様が目を見開いて私を見下ろした。何を言っているのか。先に手を放したのはそちらなのに。
「ミレーヌを優先する家で私がどんな扱いを受けていたかも、あの婚約がなくなれば次が難しいことも、あなたが一番わかっていたでしょう? それでも別れを選んだのはあなたです。ご自身の罪悪感を減らすために私を使うのは止めて下さい」
「な……!」
フィルマン様は傷ついたような表情を浮かべて、そのまま後ろに二、三歩下がったけれど、何を今さらとしか思えなかった。私の幸せ? 馬鹿にしないでほしい。最初にそれを取り上げたのはあなたなのに。
「私の幸せは私が決めます。あなたにどうこう言われる筋はありません」
「だ、だけど……」
「私を想うと仰るなら、私のことは放っておいてください」
「でも、私は……」
「私はあなたのことを何とも思っていません」
きっぱり言い切ると、彼は息を呑んだ。
「嫌いだとも、憎いとも思いません。興味がないんです。あなたが誰とどうしようと気にもなりません。薄情だと思うかもしれませんが、そうさせたのはあなたです」
睨みつけたまま一歩近づくと、フィルマン様は二歩下がった。
「そこまでにしてあげなさい、シャリエ嬢」
「し、室長?」
「……っ」
思わずレニエ様と呼びそうになって、空気ごと言葉を飲み込んだ。いつの間にかレニエ様は戻っていた。今の話、聞かれてしまっただろうか。レニエ様には聞かれたくなかったのに……
「ルドン君、これはどういうことかな?」
「あ、あの……」
「最初に言ったよね。シャリエ嬢に負担になるような行動は慎むようにと。それがこの部署に異動してくる条件だと」
そんな話があったのか。あの時は陛下の意向もあって断れないと聞いていたけれど。
「も、申し訳ございません……」
フィルマン様が項垂れて今にも泣きそうに見えた。それでも心は動かなかった。私が気になるのはレニエ様がどう思われたかだ。
「ああ、シャリエ嬢はもう帰っていいよ。後は私が話をしておくから」
「あ、お、お願いします。それではお先に失礼します」
「うん、気を付けてね」
レニエ様はそう仰るのなら私に否やはない。ここはお任せすることにしよう。私がいても話がし辛いだろうし。
寮に戻ってようやくホッと気を緩めることが出来た。さすがに迫られた時は怖かった。体格差もあるし、ああいう人が思いつめると何をするかわからないから。胸元に揺れるそれにそっと触れると、それだけで気持ちが落ち着いていくのを感じた。
それにしても、フィルマン様があんな行動に出るなんて。婚約の話もあったからもう私のことなど気にしていないと思っていたのに。そういえばあの令嬢はどうなったのだろう。あの後姿を見ることはなかったし、興味がなかったから気にもしていなかったけれど。
「三年、遅かったわ……」
これが三年前なら、胸が躍っただろう。あの頃は確かに彼のことが好きだったから。それを自ら手放したくせに、今になってあんなことを言われても今更でしかない。どうしてそれがわからないのだろう。それが不思議だった。
翌日、職場にレニエ様とフィルマン様の姿はなかった。
「ああ、シャリエ嬢」
「どうしました、カバネル様」
「あ~フィルマンなんだけど」
言い難そうに声のトーンを落とした。やっぱりフィルマン様のことだったかと心の中でため息をついた。
「ルドン様? どうなさいました?」
「あいつ、しばらく謹慎になったから」
「え?」
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どうやらカバネル様にも知られていたらしい。レニエ様が話したのだろうか。いや、カバネル様は人をよく見ているし、フィルマン様は隠しているつもりでも隠せていなかったからバレバレだったのだろう。
「あいつ、シャリエ嬢に復縁を迫ったんだって? 室長よりもルイーズ様の方がお怒りでね。しばらく謹慎」
「そ、そこまでしなくても……」
「いや、あいつにはいい薬だよ。全く、振った女が何時までも自分を好きだとでも思っていたのかねぇ。そんな奴だとは思わなかったんだけどなぁ……」
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