【完結】望んだのは、私ではなくあなたです

灰銀猫

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番外編~レニエ⑦

 ドルレアク公爵家がエドモンを婿にと望んでいることで状況は思いがけない方に進んだ。エドモンがドルレアク公爵家に入れば俺たちの計画がやり易くなるのは明らかだった。何よりもジゼルに大きな後見が出来る。ドルレアク公爵の姉という立場になれば王太子でも手が出せない。手を出せばドルレアク公爵家とその一門を敵に回すことになるからだ。王太子妃の実家のフォルジュ公爵家は亡くなった長男の遺恨で大きく信用を落としているからそんな愚は犯さないだろう。

「本当によかったのか、ジョゼフ」

 酒を注いだ杯を渡しながら、定期的に我が家を訪れるジョセフに尋ねた。

「もちろんですよ先輩。俺の望みを叶えるにはうってつけです」

 そう言って上機嫌で受け取った酒を煽る彼に嘘は見えなかった。彼の望みは知っている。実家を弟に継がせることだ。ああ見えて彼は実家も家族も大切にしている。弟を偏愛する父に反発しつつも捨てきれない優しさを持つ彼は、一方でそんな父の目を盗みながら自分を気に掛ける母に絶望しながらも愛情を求めているように見えた。その複雑な心情は俺にも掴みきれない。彼もそうなのかもしれない。だからだろうか、ジゼルを気にかけているのは。

「ジゼル嬢を……娶ろうとは思わなかったのか?」

 母親と違い、父親という支配者に反発して自分の足で立とうとする彼女に彼は憧憬のようなものを抱いているようにも見えた。

「う~ん、俺が婿に入っても苦労を掛けるだけですからね。今のシャリエ家にも俺にも彼女を守る力がありません。あまりにも……評判を落とし過ぎましたからね、シャリエ伯爵は」

 グラスの中の酒を回しながらジョセフが困ったように笑った。実際、シャリエ家の名は地に落ちていた。今では伯爵家の中でも底辺と見られている。
 もしジゼルが後継者になったら自身が爵位を継いで表に立つのは目に見えていた。我慢強い彼女は立て直すのに相当無理をするだろう。それで自分が傷ついてもこれが自分の役目だと困ったように笑う姿が容易に想像出来た。
 一方のジョセフが求めていたのは爵位だった。自分がドルレアク公爵家の下で動くためにもそれは必須で、自身が爵位を得られなければ意味がないと言っていたのを思い出した。

「だが、ドルレアク公爵家と私の縁があればそこまでしなくてもいいだろう?」
「確かにそうですが、俺は公爵の配下に入ったと言ったでしょう? そのためには爵位が必要なんです。当主の力は強いですから」

 そう言って彼は笑った。そこには悲壮さや諦観は見えない。彼の本質的に危険を好むのだろう。

「ジゼル嬢は先輩にお任せしますよ。恋敵なんて勘弁してください」

 彼女への想いよりも彼は俺との関係を重視した。そうすればドルレアク公爵家だけでなく俺に多大な恩を売れるし、良好な関係を続けることができる。確かに彼の言う通りで、ジゼルが彼と結婚したら俺は今までのように接するのは無理だろう。情けないことに器が小さいと言われても。それくらい彼女にはまっていた。



 そんな俺はジゼルを口説くための算段に悩む日々を送っていた。最近彼女がため息をつくことが増えた。愁いを帯びた表情で時折窓の外を眺めている。誰が彼女にそんな顔をさせているのか、気付かない俺でもない。それでも、まだ動いていいとの確証がなかった。せめてエドモンがドルレアク公爵家に婿入りすると発表されるまでは。そう思っていたが、ジゼルの方が先に限界を超えていた。

「室長、私……」

 あれから程なくしたある晩、残業をしていた彼女が思いつめた表情で俺を見ていた。頬が赤く色付き、見上げる目が潤んで何とも言えない色香を醸し出していて目が離せない。こんな顔をされて気付かないほど野暮ではない。落ち着け自分と表情が崩れそうになるのを必死に耐える。

「し、室長、私、は……」
「うん?」
「室長のことを、お、おした……」
「待って」
「……え……」

 その先が言えずに言い直す彼女が愛らしい。押し倒したい。ソファが視界に入って理性が崩れそうになった。だが、待て自分。まだだ。今はその先を言わせるわけにはいかなかった。大事なことは自分から言いたい。
 だが、またこの前のように邪魔をされたくない。そう思った俺は執務室のドアを施錠した。言葉を止められたジゼル嬢が落胆した表情を浮かべたけれど、俺にとって一世一代の場面なのだ、もう邪魔をさせないとの思いが勝った。ああ、所在無げに佇む彼女が愛おしい。今すぐ抱きしめたい。

「ジゼル嬢、あなたをお慕いしているよ」

 初めて彼女の前で名を呼んだ声が微かに震えた。ずっと自分を抑えるために家名でしか呼ばなかったがもういいだろう。ずっと名を呼びたかったんだ。

「ジゼル嬢、あの言葉の続きを教えて?」

 彼女の気持ちが知りたくて、あの言葉の続きが聞きたくて、そう告げると顔を益々赤くして俯いてしまった。ああ、なんて可愛いんだ。どうか俺を好きだと言ってほしい……

「お、お慕い、しています」

 その言葉を聞いた時は天にも昇る心地だった。彼女が未だにジョセフの婚約者だということも、王太子のこともどうでもよく思えた。それでも、額に口付けするだけで留めた俺を誉めて欲しい。昂る想いを抑え込んで彼女を寮まで送った。寮が男子禁制で寮母が厳しい人でよかったと思う。王宮に賜った自身の部屋もあったがその存在は頭から消した。彼女にはまだ婚約者がいるのだ。



 それからの俺は一層彼女を迎える準備に奔走した。まずは王太子とフォルジュ公爵家だ。不妊で悩んでいる王太子は怪しげな薬をあちこちから取り寄せていた。それを逆手に取って彼が父王を弑しようとしているのではないかとの噂を流した。実際、取り寄せた薬の中には違法薬物もあったから冤罪という訳ではない。王太子妃のためだとしても、王太子が違法薬物に手を出すことなど許されない。王女しか産めない妃に王太子は焦り、感情の起伏が激しくなって仕える者への態度も悪くなった。
 商会を通じて王太子が男性向けの避妊薬を手に入れたとの情報を手に入れた俺は、ドルレアク公爵に報告した。商会の受領書などと共に公爵が王に提出し、王太子夫妻が調べられた。後継を作ることを責務とする王族にとって避妊薬は毒と同等に使われるからだ。
 商人の証言通り、王太子の私物から避妊薬が出てきて、王太子は父王の信頼を失った。自分が飲むためだったとの言い訳は不妊に悩んでいただけに信憑性がないと断じられ、ここで王太子の選び直しがドルレアク公爵から上がった。ドルレアク公爵は近年王族と婚姻をしていないから特定の王族との繋がりはなく、公爵の提案は公平とみられ、フォルジュ公爵令息に苦しめられた者たちを中心に賛同を得た。
 ただ、王太子の罪を公表すれば民の信頼を損なうこと、また断罪するには弱いということからルイ殿下の元に王子が生まれた時点で立太子の見直しをすることになった。残念だがその方が世間の納得を得られると言われれば仕方がない。王太子に未来がないことがはっきりしただけでも十分だろう。実際、王太子夫妻とフォルジュ公爵の求心力はこれで一気に低下した。ようやくジゼルを迎える環境が整った。





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