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感じた恐怖の先
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「……もちわるぅ……」
例えようもない不快感に吐き気が襲って来た。何が起きたのかわからないまま鞄の中で身を縮こませて耐えるしかなかった。
「ル、ルイ……頼む……動かないで……」
鞄の中で揺られるのは嫌いじゃない。慣れてくると心地よい揺れに眠くなるようになったけれど、今はどうしても無理だった。少しでいいから動かないでほしいと訴えると歩みが徐々に遅くなり、最後には止まってくれた。
「酔ったのか?」
「よくわからないけれど……そうかもしれない……」
鞄から出ると相変わらず鬱蒼とした森の中だった。外のひんやりとした空気に少しだけ楽になる。近くにある少し大きな岩に腰かけるとルイも並んで座った。新鮮な森の香りが心地いい……気分を変えようと周囲を見渡すとどっちを向いても鬱蒼と茂る木々しかない。でも……何となくさっきまでいた場所とは違う感じがする。何が、とは言えないのだけど……
「……ねぇ、さっきの、何だったの?」
「さっきのって?」
「急に世界が歪んだような感じがして、気持ち悪くなったんだけど」
あんな感覚は初めてだった。どんな魔術を使っても、魔力切れ寸前になるまで聖輝石に魔力を注いだ時もあんな風になったことはないし、前世でも記憶にない。じっとルイを見上げたけれどその表情はいつもと変わらなかった。返事を待っていると小さくため息をついた。
「移転魔術を使った」
「え?」
言われた言葉が直ぐには頭に入ってこなかった。移転魔術……移転って……
「移転魔術、ってあの?」
「遠くに移動する、あの移転魔術だよ」
信じられなかった。移転魔術なんて……空間を超える魔術は『理論上』は可能だと言われていたし、私も研究の一つにしていたけれど、転生した後でも成功したという話を聞いたことはなかったのに……
「お前、そんなことまで……」
金眼は規格外だと聞いてはいたけれど、そんなことまで出来るのか……いや、ルイは魔術師の卵だと言っていたっけ。基礎があって魔力が見えるのなら何とか出来る、のかもしれない……でも、魔術師として三百年以上研究に費やしていたティアが気の毒に思えた。まぁ、ティアは天才ではないかったし、偶然老いない身体を得てただ好きだからという理由で魔術の研究をしていただけだったけど。
「移転といっても事前に印をつけた場所にしか飛べないからな。こんなことになるならあの城に印を付けとくんだった」
悪態をついているけど、移転魔術を成功させるなんて凄いとしか言いようがなかった。まだ子供だと思っていたのに……そりゃあ目の前のルイはもう子どもじゃない、立派な大人になったけれど。いや、今はそんなことよりも……
「それで、ここは……」
「ここは魔の森の北、ファロン王国だ」
「ファ、ファロン王国って……」
ファロン王国は我が国の北にある王国で、間に魔の森がある上、国境には山脈が鎮座しているため行き来が難しく、隣国なのに殆どといっていいほど交流がない。確かファロン王国の首都に行くには我が国の西にあるアルバ国を経由して最低でも二月はかかると聞いたことがある。昔も今も近いのに最も遠い国とも言われている。
「ここなら追手もあの女も来ないからな。あの城に戻ろうとも思ったが、あんたが生まれ変わったと聞けばあの城に兵が送られる可能性もある」
「あ、ああ……そう、だな」
あの時、自分がティアの生まれ変わりだと公言してしまった自分を殴ってやりたい。あれは失言だった。
「下手にあの城に近付けばまだ生きていたと自ら証明するようなものだ。帰りたかったところ悪いけど暫くは近付けない」
「いや、無理ならいいんだ。ただ、気になっただけだから……」
そう、どうしてもあの城に帰りたかったわけじゃない。他に行く当てがなかったのと、前世を思い出したから条件反射的に帰りたいと思っただけ。遺した記録は気になるけれど、前世のように魔術に興味が持てないからどうしてもという訳じゃないし……
「あの地下室は俺が厳重に結界を張ってきた。だから簡単には見つけられない」
「そうか。感謝する」
だったら荒らされる心配はないか。金眼の魔術を解くのは難しいというし……
「この辺りは俺が目覚めた後、暫く過ごした場所だ。目覚めてからランメルトに戻るのは危険な気がしたからここで暫く体力を戻してから戻ったんだ。この辺の地形はよく知っているし、近くの町では冒険者として出入りしていたから多少は顔が利く」
十四歳の少年は知らない間に一人前になっていた。最期の心残りは彼だったけど、無事に生き延びて立派になっていた。よかったと思う。本当に。
「先ずはこの先の町に行こう」
「町に? 大丈夫なのか?」
「ああ。仮に人を遣っても二ヶ月はかかる。あんた一人のためにそんなことしないだろうよ」
「それも、そうだな」
あの谷に落ちた時点で死んだと思われているだろう。それに、そこまでの労力を費やすほどの価値なんか私にはないし。
「ほら、行くぞ」
「あ、ああ」
差し出された手を取った。私よりも小さく柔らかかった手は大きく固いそれへと変わっていた。
- - - - -
長らくお待たせして申し訳ございませんでした。
連載再開しますので、楽しんで頂けると嬉しいです。
別の連載もあるので、こちらの更新時間は午後7時になります。
例えようもない不快感に吐き気が襲って来た。何が起きたのかわからないまま鞄の中で身を縮こませて耐えるしかなかった。
「ル、ルイ……頼む……動かないで……」
鞄の中で揺られるのは嫌いじゃない。慣れてくると心地よい揺れに眠くなるようになったけれど、今はどうしても無理だった。少しでいいから動かないでほしいと訴えると歩みが徐々に遅くなり、最後には止まってくれた。
「酔ったのか?」
「よくわからないけれど……そうかもしれない……」
鞄から出ると相変わらず鬱蒼とした森の中だった。外のひんやりとした空気に少しだけ楽になる。近くにある少し大きな岩に腰かけるとルイも並んで座った。新鮮な森の香りが心地いい……気分を変えようと周囲を見渡すとどっちを向いても鬱蒼と茂る木々しかない。でも……何となくさっきまでいた場所とは違う感じがする。何が、とは言えないのだけど……
「……ねぇ、さっきの、何だったの?」
「さっきのって?」
「急に世界が歪んだような感じがして、気持ち悪くなったんだけど」
あんな感覚は初めてだった。どんな魔術を使っても、魔力切れ寸前になるまで聖輝石に魔力を注いだ時もあんな風になったことはないし、前世でも記憶にない。じっとルイを見上げたけれどその表情はいつもと変わらなかった。返事を待っていると小さくため息をついた。
「移転魔術を使った」
「え?」
言われた言葉が直ぐには頭に入ってこなかった。移転魔術……移転って……
「移転魔術、ってあの?」
「遠くに移動する、あの移転魔術だよ」
信じられなかった。移転魔術なんて……空間を超える魔術は『理論上』は可能だと言われていたし、私も研究の一つにしていたけれど、転生した後でも成功したという話を聞いたことはなかったのに……
「お前、そんなことまで……」
金眼は規格外だと聞いてはいたけれど、そんなことまで出来るのか……いや、ルイは魔術師の卵だと言っていたっけ。基礎があって魔力が見えるのなら何とか出来る、のかもしれない……でも、魔術師として三百年以上研究に費やしていたティアが気の毒に思えた。まぁ、ティアは天才ではないかったし、偶然老いない身体を得てただ好きだからという理由で魔術の研究をしていただけだったけど。
「移転といっても事前に印をつけた場所にしか飛べないからな。こんなことになるならあの城に印を付けとくんだった」
悪態をついているけど、移転魔術を成功させるなんて凄いとしか言いようがなかった。まだ子供だと思っていたのに……そりゃあ目の前のルイはもう子どもじゃない、立派な大人になったけれど。いや、今はそんなことよりも……
「それで、ここは……」
「ここは魔の森の北、ファロン王国だ」
「ファ、ファロン王国って……」
ファロン王国は我が国の北にある王国で、間に魔の森がある上、国境には山脈が鎮座しているため行き来が難しく、隣国なのに殆どといっていいほど交流がない。確かファロン王国の首都に行くには我が国の西にあるアルバ国を経由して最低でも二月はかかると聞いたことがある。昔も今も近いのに最も遠い国とも言われている。
「ここなら追手もあの女も来ないからな。あの城に戻ろうとも思ったが、あんたが生まれ変わったと聞けばあの城に兵が送られる可能性もある」
「あ、ああ……そう、だな」
あの時、自分がティアの生まれ変わりだと公言してしまった自分を殴ってやりたい。あれは失言だった。
「下手にあの城に近付けばまだ生きていたと自ら証明するようなものだ。帰りたかったところ悪いけど暫くは近付けない」
「いや、無理ならいいんだ。ただ、気になっただけだから……」
そう、どうしてもあの城に帰りたかったわけじゃない。他に行く当てがなかったのと、前世を思い出したから条件反射的に帰りたいと思っただけ。遺した記録は気になるけれど、前世のように魔術に興味が持てないからどうしてもという訳じゃないし……
「あの地下室は俺が厳重に結界を張ってきた。だから簡単には見つけられない」
「そうか。感謝する」
だったら荒らされる心配はないか。金眼の魔術を解くのは難しいというし……
「この辺りは俺が目覚めた後、暫く過ごした場所だ。目覚めてからランメルトに戻るのは危険な気がしたからここで暫く体力を戻してから戻ったんだ。この辺の地形はよく知っているし、近くの町では冒険者として出入りしていたから多少は顔が利く」
十四歳の少年は知らない間に一人前になっていた。最期の心残りは彼だったけど、無事に生き延びて立派になっていた。よかったと思う。本当に。
「先ずはこの先の町に行こう」
「町に? 大丈夫なのか?」
「ああ。仮に人を遣っても二ヶ月はかかる。あんた一人のためにそんなことしないだろうよ」
「それも、そうだな」
あの谷に落ちた時点で死んだと思われているだろう。それに、そこまでの労力を費やすほどの価値なんか私にはないし。
「ほら、行くぞ」
「あ、ああ」
差し出された手を取った。私よりも小さく柔らかかった手は大きく固いそれへと変わっていた。
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長らくお待たせして申し訳ございませんでした。
連載再開しますので、楽しんで頂けると嬉しいです。
別の連載もあるので、こちらの更新時間は午後7時になります。
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