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立ち入り禁止の温室と乱入者
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「殿下! お待ちください! ここは正妃様の許可がなければ入ることは出来ません!」
「煩い! 私は王太子だぞ!」
「そうだとしても、ここは陛下ですらも許可なくして立ち入られない場。もしこの件が正妃様のお耳に入りでもしたら……」
「だったらお前たちが黙っていればいいだろう? いずれここは私とミリーのものになるのだからな!」
「殿下、お待ちを!」
「ローリング卿も殿下をお止め下さい。近衛のあなたならお分かりの筈でしょう?」
「ディアーク殿下とミリーが入りたいと言っているのだ。少しの間くらい目を瞑っておけば済むだろう」
「何を仰るのですか!」
諍う声が段々近づいてきたが、相手が誰かは直ぐに分かった。ディアークとローリングの声はしたし、ミリーという名の誰かも一緒らしい。それが誰なのかは、時々聞こえる甘ったるい若い娘の声で見当はついた。しかし……
「まさかディアーク様が……」
「この温室に無許可で押し入るなんて……」
「ああ。母上に知れたらどうなることやら……」
母上はこの温室を心の拠り所にしているから、無断で立ち入った者は絶対に許さないだろう。しかも側妃の子となれば尚更だ。母がディアークの立太子を認めたのは、父や兄のリーベルト公爵、そしてエーデルマン公爵の説得と、正妃としてこの国のために私情を挟まずに考えた結果だ。母の正妃としての矜持が私情を抑え込んでいるが、それとこれは別問題だ。
「きゃぁ! なんて素晴らしいの!」
「この先には四阿があるんだ。そこでお茶を貰おう」
「まぁ、素敵! ディー様、大好き!」
「ははっ、可愛いなぁ、ミリーは」
「全くだね。まるでこの花園の妖精のようだ」
「やだ、イーゴン様ったら、妖精だなんて」
「いやいや、この温室はミリーにこそ相応しいよ」
「ローリー様まで。もう、皆さん褒め過ぎですわ」
謙遜しているようでいて、全く謙遜になっていなかった。それにしても、今からここに来るのか。騎士の言う通りに引き返せば問題にならなかっただろうに。
四阿は周りから見えないように生け垣が設置されているので、すぐ側まで来ないと中の様子はわからない。彼らは説得する騎士たちを無視しているから、ここに来るまで気付かないだろう。
「さぁ、ミリー、ここが……って、あ、あ、姉上?!!」
「義姉上? ど、どうしてここに……それにローゼマリーまで……」
「ア、アリーセ様……」
四阿の私たちの姿を目にして、一行が大きく目を見開いて叫んだ。ディアークの腕には栗毛の令嬢がしっかりと絡みつき、それに従う様にイーゴンとローリング、そして見たことのある護衛二人が控えていた。彼らはディアーク付きの護衛だろうか。そしてその後ろにはこの温室を守る騎士が、顔色を悪くして佇んでいた。
「ごきげんよう、ディアーク」
「あ、あ……どうして、こ、ここに……」
「ねぇ、ディー様、ここは王族しか入れない温室でしょう? なんでレオノーラ様とローゼマリー様がいるの?」
令嬢がディアークを愛称で呼んでいた。婚約者がいる前で堂々と愛称で呼ぶなど言語道断なのだが……
「あ、ミ、ミリー、それは、その……」
「ねぇ、あなた達。これからディー様がここでお茶をするの。そこをどいて下さらない?」
「ま、待て、ミリー!」
ミリーと呼ばれた令嬢が私たちに出て行けと言ったことでディアークが慌てたが、彼の気持ちは伝わらなかったらしい。
「どういうことか、説明して貰おうか。ディアーク」
「そ、それは……」
「ここは正妃が管理し、許可なくしては国王陛下でも立ち入れない場。どうしてお前たちが?」
「…………」
声が低く冷たくなるのは仕方ないだろう。私としても母を馬鹿にされたとしか思えなかったのだから。ディアークは答えられず視線をイーゴンやローリングに向けたが、彼らも目を逸らすだけだった。
「な、何でそんなに偉そうなの? ディー様は王太子様なのに」
どうやらこの状況が理解出来ていないらしい。ディアークを呼び捨てに出来る人間などこの国では限られている。国王夫妻に側妃、そして姉の私だ。彼女は私が誰なのかがわからないらしい。
「ミ、ミリー! やめるんだ!」
「どうして、ディー様? 王太子様を呼び捨てにするなんて不敬だわ」
どうしてか潤む目でディアークを見上げる様は、確かに可憐だった。ああ、これにやられたのかと納得だった。
「礼儀一つも弁えない者をこの場に招き入れるとは……廃嫡も辞さない覚悟だと受け取ればいいのか?」
「ば、馬鹿な! 王太子は私でしょう。どうして義姉上がそんなことを?」
「ええっ? ディー様のお姉様?! この人が?」
更に何かを言い募ろうとしたディアークの言葉は、無礼な令嬢によって遮られた。それにしても、ディアークの姉と言われているのにその言葉遣いはどういうことだ。
「それじゃ、この人たちが、可哀相な婚約者って事?」
令嬢の言葉に、この場の空気が凍り付いた。ディアークたちはあからさまにぎょっとした表情を浮かべ、ダメージを受けたのがどちらなのかは明白だった。
「煩い! 私は王太子だぞ!」
「そうだとしても、ここは陛下ですらも許可なくして立ち入られない場。もしこの件が正妃様のお耳に入りでもしたら……」
「だったらお前たちが黙っていればいいだろう? いずれここは私とミリーのものになるのだからな!」
「殿下、お待ちを!」
「ローリング卿も殿下をお止め下さい。近衛のあなたならお分かりの筈でしょう?」
「ディアーク殿下とミリーが入りたいと言っているのだ。少しの間くらい目を瞑っておけば済むだろう」
「何を仰るのですか!」
諍う声が段々近づいてきたが、相手が誰かは直ぐに分かった。ディアークとローリングの声はしたし、ミリーという名の誰かも一緒らしい。それが誰なのかは、時々聞こえる甘ったるい若い娘の声で見当はついた。しかし……
「まさかディアーク様が……」
「この温室に無許可で押し入るなんて……」
「ああ。母上に知れたらどうなることやら……」
母上はこの温室を心の拠り所にしているから、無断で立ち入った者は絶対に許さないだろう。しかも側妃の子となれば尚更だ。母がディアークの立太子を認めたのは、父や兄のリーベルト公爵、そしてエーデルマン公爵の説得と、正妃としてこの国のために私情を挟まずに考えた結果だ。母の正妃としての矜持が私情を抑え込んでいるが、それとこれは別問題だ。
「きゃぁ! なんて素晴らしいの!」
「この先には四阿があるんだ。そこでお茶を貰おう」
「まぁ、素敵! ディー様、大好き!」
「ははっ、可愛いなぁ、ミリーは」
「全くだね。まるでこの花園の妖精のようだ」
「やだ、イーゴン様ったら、妖精だなんて」
「いやいや、この温室はミリーにこそ相応しいよ」
「ローリー様まで。もう、皆さん褒め過ぎですわ」
謙遜しているようでいて、全く謙遜になっていなかった。それにしても、今からここに来るのか。騎士の言う通りに引き返せば問題にならなかっただろうに。
四阿は周りから見えないように生け垣が設置されているので、すぐ側まで来ないと中の様子はわからない。彼らは説得する騎士たちを無視しているから、ここに来るまで気付かないだろう。
「さぁ、ミリー、ここが……って、あ、あ、姉上?!!」
「義姉上? ど、どうしてここに……それにローゼマリーまで……」
「ア、アリーセ様……」
四阿の私たちの姿を目にして、一行が大きく目を見開いて叫んだ。ディアークの腕には栗毛の令嬢がしっかりと絡みつき、それに従う様にイーゴンとローリング、そして見たことのある護衛二人が控えていた。彼らはディアーク付きの護衛だろうか。そしてその後ろにはこの温室を守る騎士が、顔色を悪くして佇んでいた。
「ごきげんよう、ディアーク」
「あ、あ……どうして、こ、ここに……」
「ねぇ、ディー様、ここは王族しか入れない温室でしょう? なんでレオノーラ様とローゼマリー様がいるの?」
令嬢がディアークを愛称で呼んでいた。婚約者がいる前で堂々と愛称で呼ぶなど言語道断なのだが……
「あ、ミ、ミリー、それは、その……」
「ねぇ、あなた達。これからディー様がここでお茶をするの。そこをどいて下さらない?」
「ま、待て、ミリー!」
ミリーと呼ばれた令嬢が私たちに出て行けと言ったことでディアークが慌てたが、彼の気持ちは伝わらなかったらしい。
「どういうことか、説明して貰おうか。ディアーク」
「そ、それは……」
「ここは正妃が管理し、許可なくしては国王陛下でも立ち入れない場。どうしてお前たちが?」
「…………」
声が低く冷たくなるのは仕方ないだろう。私としても母を馬鹿にされたとしか思えなかったのだから。ディアークは答えられず視線をイーゴンやローリングに向けたが、彼らも目を逸らすだけだった。
「な、何でそんなに偉そうなの? ディー様は王太子様なのに」
どうやらこの状況が理解出来ていないらしい。ディアークを呼び捨てに出来る人間などこの国では限られている。国王夫妻に側妃、そして姉の私だ。彼女は私が誰なのかがわからないらしい。
「ミ、ミリー! やめるんだ!」
「どうして、ディー様? 王太子様を呼び捨てにするなんて不敬だわ」
どうしてか潤む目でディアークを見上げる様は、確かに可憐だった。ああ、これにやられたのかと納得だった。
「礼儀一つも弁えない者をこの場に招き入れるとは……廃嫡も辞さない覚悟だと受け取ればいいのか?」
「ば、馬鹿な! 王太子は私でしょう。どうして義姉上がそんなことを?」
「ええっ? ディー様のお姉様?! この人が?」
更に何かを言い募ろうとしたディアークの言葉は、無礼な令嬢によって遮られた。それにしても、ディアークの姉と言われているのにその言葉遣いはどういうことだ。
「それじゃ、この人たちが、可哀相な婚約者って事?」
令嬢の言葉に、この場の空気が凍り付いた。ディアークたちはあからさまにぎょっとした表情を浮かべ、ダメージを受けたのがどちらなのかは明白だった。
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