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こちら有責での婚約破棄?
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「ふ、ふふふふふ……婚約破棄ですのね」
彼らの声が聞こえなくなってほっと息を吐いたところで、レオノーラがそう呟いた。笑っているけれど、当然笑ってなどいない。これは相当に怒っている時の彼女の癖だ。
だが、気持ちはわかる。私も久しぶりに腸が煮えくり返る思いだ。隣国との戦闘でもこんなに怒りを感じたことはなかった。
「どうやら破滅したいようだな」
「ふふふ、そういうことであれば、完膚なきまでお相手致しますわ」
「わ、私もお手伝いします!」
私たちの思いは同じだった。二人とも笑顔なのにその眼は冴え冴えと冷え切っていた。怒りを面に出さないのは淑女教育の賜物だろう。二人ともトップクラスの才女なのだから。
「それにしてもすまなかった、二人とも」
「アリーセ様のせいではありませんわ」
「だが、元凶はディアークだろう? あれがしっかりしていればこんなことには……」
「それを言うならイーゴンもです。ディアーク様を諫める立場の者が、一緒になって鼻の下を伸ばしているなんて……」
これまでは何かとイーゴンを庇っていたレオノーラだったが、見切りが付いたのか呆れを隠そうともしなかった。
「それにしても、あんなに非常識な令嬢だったとはな……」
「ええ。紹介も発言の許可もないのに話しかけるなど、今時七歳児でもやりませんわ」
「全くです。しかも可哀相? 可哀相なのはあんなのが婚約者な私たちの方です!」
そう言ってローゼマリー嬢が悔しそうに握りこぶしに力を込めた。彼女は一番身分と年が下だから我慢していただろうし、学園での鬱憤も大きいだろう。エーデルマン公爵家からの頼みでイーゴンの婚約者になったのにこの扱いなのだ。
「その婚約だが、彼らは卒業式後の夜会で破棄すると言っているらしい」
「卒業式の?」
「やっぱり。そんな噂が学園にも流れていました」
ソフィアの報告書は間違いなかったらしい。ローゼマリー嬢がそう言うのなら一層信ぴょう性が増す。
「それで、どうする、二人とも? このまま婚約破棄でいいのか?」
向こうが破棄するというのなら勝手にすればいいと思うが、二人も婚約者として色んなものを手放してこれまで教育を受けてきた。それに、もしかしたら相手を想う気持ちがあるかもしれない。そう思ったのだが……
「私は願ったり叶ったりですわ」
「私もです! むしろ今すぐにでも婚約破棄したいくらいですから!」
どうやら野暮なことを聞いてしまったらしい。彼女たちからは、相手への未練だの心残りだのという感情は微塵も感じられなかった。ここ一年ほどの態度ですっかり冷めきったのだろう。
「でも、こっちが婚約破棄されるのは納得いきませんわ」
「そうだな。あっちが有責なのは明白だが……」
「きっとありもしない罪を私たちにきせて有責にしようとする筈です。既に学園では私が悪いと言われていますから」
「確かに、あれらが考えそうなことだな」
全く、こういうつまらない知恵だけは働くから厄介だ。しかも地位があるから忖度して追従する者も出てくるだろう。
「だったら、その場で彼らの冤罪を論破するしかないか」
「ええ。それが一番効果的かと」
「確かに多くの人の前で冤罪を晴らせば、つまらない噂も吹き飛びますね」
そういうことなら、早急に手を打つ必要があるだろう。卒業式までは一月しかないのだ。そうは言っても、私もレオノーラも学園を卒業していて彼らとの接触はない。問題はローゼマリー嬢だ。
「ローゼマリー嬢、授業はもうないのか?」
「はい。既に最終試験も終わって、今は自由登校ですわ」
「そうか」
自由登校は最終試験で卒業資格が確定した者が登校を免除される制度だ。貴族や王族は卒業と同時に結婚する者も少なくなく、嫁ぎ先でその家の教育を受けることも珍しくない。そのために登校を免除しているのだ。一方でその必要がない生徒は社交を兼ねて学園に通うので、そこは各自の自由だった。
「だったら、ローゼマリー嬢、卒業まで私の宮に滞在しないか?」
「王女殿下の宮に、ですか? 私が?」
「ああ。そこなら安全だし、登校しなければ嫌がらせも出来ない。そうなれば向こうが何を言っても意味がないだろう?」
「確かにそうですが……」
「何ならレオノーラも一緒にどうだ?」
「私もですか?」
「ああ。今後の対応も考えたいが、その度に登城するのも面倒だろう? 幸い宮のことは私の自由だし、ここならディアークたちが近づくことも出来ないからな」
王子や王女は学園を卒業すると、王宮内の小さな宮を賜るのが慣例だ。私もドルツマイヤーに行くまでだが自分の宮で暮らしている。
一方のディアークは卒業前だし王太子候補なので王宮住まいだ。王宮は国王夫妻と側妃、王太子夫妻とその子が住み、それ以外の王子や王女は王宮に隣接する宮に住む。王宮の部屋数に限りがあるのと、暗殺などで王族全員が害される危険性を考えてのことだ。
「それは……確かにいいお考えですわ。久しぶりにアリーセ様とゆっくり過ごせそうですし」
「レ、レオノーラ様が一緒なら、是非お願いします」
「わかった。それじゃ二人とも、一月ほどの間だが歓迎する。ゆっくり過ごしてくれ」
こうして私たちは協力して彼らに対抗することになった。
彼らの声が聞こえなくなってほっと息を吐いたところで、レオノーラがそう呟いた。笑っているけれど、当然笑ってなどいない。これは相当に怒っている時の彼女の癖だ。
だが、気持ちはわかる。私も久しぶりに腸が煮えくり返る思いだ。隣国との戦闘でもこんなに怒りを感じたことはなかった。
「どうやら破滅したいようだな」
「ふふふ、そういうことであれば、完膚なきまでお相手致しますわ」
「わ、私もお手伝いします!」
私たちの思いは同じだった。二人とも笑顔なのにその眼は冴え冴えと冷え切っていた。怒りを面に出さないのは淑女教育の賜物だろう。二人ともトップクラスの才女なのだから。
「それにしてもすまなかった、二人とも」
「アリーセ様のせいではありませんわ」
「だが、元凶はディアークだろう? あれがしっかりしていればこんなことには……」
「それを言うならイーゴンもです。ディアーク様を諫める立場の者が、一緒になって鼻の下を伸ばしているなんて……」
これまでは何かとイーゴンを庇っていたレオノーラだったが、見切りが付いたのか呆れを隠そうともしなかった。
「それにしても、あんなに非常識な令嬢だったとはな……」
「ええ。紹介も発言の許可もないのに話しかけるなど、今時七歳児でもやりませんわ」
「全くです。しかも可哀相? 可哀相なのはあんなのが婚約者な私たちの方です!」
そう言ってローゼマリー嬢が悔しそうに握りこぶしに力を込めた。彼女は一番身分と年が下だから我慢していただろうし、学園での鬱憤も大きいだろう。エーデルマン公爵家からの頼みでイーゴンの婚約者になったのにこの扱いなのだ。
「その婚約だが、彼らは卒業式後の夜会で破棄すると言っているらしい」
「卒業式の?」
「やっぱり。そんな噂が学園にも流れていました」
ソフィアの報告書は間違いなかったらしい。ローゼマリー嬢がそう言うのなら一層信ぴょう性が増す。
「それで、どうする、二人とも? このまま婚約破棄でいいのか?」
向こうが破棄するというのなら勝手にすればいいと思うが、二人も婚約者として色んなものを手放してこれまで教育を受けてきた。それに、もしかしたら相手を想う気持ちがあるかもしれない。そう思ったのだが……
「私は願ったり叶ったりですわ」
「私もです! むしろ今すぐにでも婚約破棄したいくらいですから!」
どうやら野暮なことを聞いてしまったらしい。彼女たちからは、相手への未練だの心残りだのという感情は微塵も感じられなかった。ここ一年ほどの態度ですっかり冷めきったのだろう。
「でも、こっちが婚約破棄されるのは納得いきませんわ」
「そうだな。あっちが有責なのは明白だが……」
「きっとありもしない罪を私たちにきせて有責にしようとする筈です。既に学園では私が悪いと言われていますから」
「確かに、あれらが考えそうなことだな」
全く、こういうつまらない知恵だけは働くから厄介だ。しかも地位があるから忖度して追従する者も出てくるだろう。
「だったら、その場で彼らの冤罪を論破するしかないか」
「ええ。それが一番効果的かと」
「確かに多くの人の前で冤罪を晴らせば、つまらない噂も吹き飛びますね」
そういうことなら、早急に手を打つ必要があるだろう。卒業式までは一月しかないのだ。そうは言っても、私もレオノーラも学園を卒業していて彼らとの接触はない。問題はローゼマリー嬢だ。
「ローゼマリー嬢、授業はもうないのか?」
「はい。既に最終試験も終わって、今は自由登校ですわ」
「そうか」
自由登校は最終試験で卒業資格が確定した者が登校を免除される制度だ。貴族や王族は卒業と同時に結婚する者も少なくなく、嫁ぎ先でその家の教育を受けることも珍しくない。そのために登校を免除しているのだ。一方でその必要がない生徒は社交を兼ねて学園に通うので、そこは各自の自由だった。
「だったら、ローゼマリー嬢、卒業まで私の宮に滞在しないか?」
「王女殿下の宮に、ですか? 私が?」
「ああ。そこなら安全だし、登校しなければ嫌がらせも出来ない。そうなれば向こうが何を言っても意味がないだろう?」
「確かにそうですが……」
「何ならレオノーラも一緒にどうだ?」
「私もですか?」
「ああ。今後の対応も考えたいが、その度に登城するのも面倒だろう? 幸い宮のことは私の自由だし、ここならディアークたちが近づくことも出来ないからな」
王子や王女は学園を卒業すると、王宮内の小さな宮を賜るのが慣例だ。私もドルツマイヤーに行くまでだが自分の宮で暮らしている。
一方のディアークは卒業前だし王太子候補なので王宮住まいだ。王宮は国王夫妻と側妃、王太子夫妻とその子が住み、それ以外の王子や王女は王宮に隣接する宮に住む。王宮の部屋数に限りがあるのと、暗殺などで王族全員が害される危険性を考えてのことだ。
「それは……確かにいいお考えですわ。久しぶりにアリーセ様とゆっくり過ごせそうですし」
「レ、レオノーラ様が一緒なら、是非お願いします」
「わかった。それじゃ二人とも、一月ほどの間だが歓迎する。ゆっくり過ごしてくれ」
こうして私たちは協力して彼らに対抗することになった。
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