【完結】婚約破棄してやると言われたので迎え撃つことにした

灰銀猫

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意外な申し出

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 レイニーたちからハンクのことについて、自分が感じることを大事にするようにと言われたが、その後はそんな余裕もなく日が過ぎた。私の立太子の準備でそれどころではなくなったからだ。元々ディアークのために用意していたので準備する官吏たちに影響は少なかったが、突然当事者になった私は多忙を極めた。

「アリーセ様、こちらの書類も目を通しておいてください。あ、でも十七ページから二十六ページは全て頭に入れておいてくださいね」
「立太子の衣装の準備が整いました。後ほど試着して最終チェック致します」
「王太子教育の計画表です。明日から早速始めますのでそのおつもりで」
「アリーセ様、隣国からお祝いのメッセージが届いております。お返事は……」
「アリーセ様、こちらの……」

 正直息つく間もないくらいの過密スケジュールに、さすがに嫌気がさしてきた。ちょっと息抜きしに鍛錬場にでも行こうかと思った私だったが、それは実行に移すことが出来なかった。

「ディアークが? 面会を?」

 近々王領に向かう予定のディアークが、私に面会を求めていると文官が告げ、思わずソフィアと顔を見合わせてしまった。すっかり嫌われていると思っていただけに、彼から会いたいと言ってくるとは思わなかったからだ。彼は明後日には王領に向かうことが決まっていたが、出発前に私に会いたいと言っているのだという。
 この機会を逃せば、もう会う事は二度とないだろう。幽閉とはそういうものだ。彼は貴族牢から出ることは出来ないので、私が出向くことになった。

 貴族牢は王宮の一角、騎士たちの詰め所のすぐ側にあった。護衛騎士に続いて頑丈そうな鉄の扉から部屋に入ると五歩ほど先に立派な鉄格子が並んでいた。その奥は部屋になっていて、入り口部分以外は仕切りがあって中が見えないようになっている。一応プライバシーは保たれているらしい。入り口のすぐ脇には面会用なのか、テーブルとイスがそれぞれ一対ずつ向かい合うように置かれていた。

「姉上!」

 騎士たちに囲まれて鉄格子の側まで行くと、私の姿を見つけたディアークが嬉しそうな声を上げた。その意外な様子に驚いて彼を見ると、声に合った表情を浮かべていた。

「ディアーク……」
「姉上、こんなところにお呼び立てして申し訳ありません」

 そう言って彼が頭を下げたので益々驚いた。こうなると訝しい気持ちの方が強くなってくる。もう何年も彼には避けられていたから、私への好意的な感情はないと思っていたからだ。そんな私にディアークは困ったような笑みを浮かべると、座りましょうかと椅子を勧めてきたので、私は鉄格子を間にして座った。間にあるテーブルのお陰でそれなりの距離がある。騎士たちが見張っているとはいえ、一応危害を加えられないようにとの意味もあるのだろう。

「本当にすみません、こんなところにお呼びして。姉上もお忙しいと聞かされていましたが、もう直ぐ私は王領に向かいます。その前に、どうしてもお会いしたくて」

 そう語る彼の表情からは、とても嘘をついているようには見えず、逆に警戒心が湧いた。悲しいかな、何かを企んでいると感じてしまうほどには、彼の態度は私の予想に反していたからだ。

「ディアーク……」
「ああ、私のことは気に病まないで下さい。私は……こうなって今はホッとしているんです」
「え?」

 はにかむような笑みを浮かべるディアークに、私は益々困惑した。

(こうなってホッとしているって……どうして?)

これからの長い人生を、ディアークは幽閉で過ごす。これからは友人と楽しく過ごすことも、誰かと結婚することも、当然ながら子を持つことも許されない。まだ成人になったばかりなのに、人生の楽しみを全て捨てることになるのだ。とても信じられなかった。

「私は……私には、王太子の座は、重荷でしかなかったんです」
「ディアーク……」
「座学も剣術も語学も、私は人並みにしか出来ませんでした。私なりに頑張ったけれど、私の前には常に姉上やレイニーがいて……一度も勝てたことはありませんでした」

 そう言ってディアークは遠くを見るような目をした。

「そんな私が、姉上を差し置いて王になる。その事が……どうしても受け入れられなかったんです」
「だが、そう決めたのは父上や重臣たちだ。受け入れるも何も、ディアークこそが次の王に相応しいと皆が考えたから……」
「その通りです。でも……多くの者が本心では姉上に王位を、と思っていたのも知っています。能力も、血筋も、後ろ盾も、何一つとして私は姉上には敵いませんでしたから」

 僻んでいるんじゃないですよ。本当のことですから、とディアークはまた笑った。

「それに、姉上はもう何年も前から、ハンク殿と想い合っておられたのでしょう? 私がいるとお二人は結ばれないと聞きました。だから私は……」

「ちょっと待て! どういうことだ?!」

 思わず立ち上がってしまったが、仕方ないだろう。私とハンクが相思相愛? どうしてそんな話になっているのだ?




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