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廃太子の現状
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オードリック様が屋敷に到着してから十日が経った。熱は三日目の朝には平熱に戻り、食事も少しずつだけど摂れるようになっていた。治癒魔術の効きも悪くないし、若いせいか回復は思ったよりも早かった。
朝食後、彼の部屋を訪れるのはすっかり日課になった。これまでは治癒魔術を掛けるために通っていたけれど、今では彼の顔を見に行くためだ。婚約者としての交流を少しでも、とのお祖母様の助言を受けて、私は朝食後と午後のお茶の時間にオードリック様の部屋を訪ねるようになっていた。
「オードリック様、ご気分はいかがですか?」
部屋に入るとオードリック様はソファに腰かけて本を読んでいたが、私の姿を認めると本を閉じた。読書好きらしく、熱が下がって時間を持て余すようになると我が家の書庫に出入りされるようになった。辺境の我が家には王都ほど蔵書はないけれど、隣国に関しての本は結構多い。それらをオードリック様は好んで読まれていた。
「アンジェリック嬢。お陰様で随分楽です」
本をテーブルに置きながら、弱々しい笑顔を浮かべてオードリック様がそう答えた。美形が微笑むとそれだけで部屋の中が華やいだ。熱が下がってからは調子がいいようで、顔色も悪くないし食事の量も少しずつだけど増えているという。
我が家に到着した直後は熱のせいか「ああ」とか「そうか」などの片言しか話さなかったけれど、聞けば熱で朦朧としていて我が家に着いた時のことも覚えていないという。目が覚めた時は知らない天井に驚いたとも。
熱が下がってからは普通に会話が出来るようになった。もしかしたらそれすらも難しいかもしれないと思っていたのでそこは安堵した。
「今日は天気がいいので、庭に出てみませんか?」
昨日までは雨が続いていたけれど、今日は朝から綺麗な青空が広がっていた。雨上がりで景色もきれいだし、庭の木々もいつも以上に鮮やかな葉色を主張していた。
「庭に、ですか?」
「ええ。部屋に閉じこもってばかりでは気も滅入ってしまいますわ」
「そうですが……でも……」
オードリック様が不安そうに瞳を揺らした。後遺症は少しずつよくなっているけれど、外への不安が強いらしく、庭の散歩も及び腰だった。散歩に誘っても今のところ一度も成功していない。それでも家の中に閉じこもっていては気が滅入るし、体力だってつかない。馬車での移動で熱を出してしまうようでは先が思いやられる。
オードリック様が不安になるのには理由がある。王都で療養生活に入って暫く経った頃、賊が忍び込んだことがあったのだ。護衛騎士が一人亡くなり、騎士と侍女の三人がけがを負った。狙われたのは自分だったのに、目の前で騎士たちが傷ついたことにかなりショックを受けたのだという。
「警備のことが不安ですか?」
「……それは……」
言い淀む様子から正解だったらしい。ここの警護はそんなに甘ちょろくはないのだけど、それを言っても今のオードリック様は納得出来ないだろう。
「だったら中庭はいかがですか? そこなら誰も入ってきませんよ」
そう、我が家は隣国と戦争になった場合に備えて籠城が出来る造りになっている。町全体が塀で囲われている上、屋敷も二重の塀が張り巡らされていて、いざという時には街の住人もここに避難するのだ。屋敷は役割毎に四つの棟に分かれていて、その真ん中は庭になっている。昔はここで炊き出しや怪我人の治療などもしたという。
「中庭……ですか」
「ええ。今はファルカの花が見頃ですよ。雨上がりなのできっとたくさん咲いている筈です」
「そうですか。では、少しだけ……」
まだ躊躇する気持ちの方が大きいのだろう。でも、私の申し出を断るのも気が引けたのか今日は断られることはなかった。オードリック様はさすがに聡明と謳われただけあって、ご自身の立ち位置もよく理解されていた。政治的な意味でも。多分、ご自身が我が家の負担になっていると感じ、肩身が狭いのだろうなと思う。私だったら胃に穴が空きそうな気がする。
(オードリック様のせいじゃない、とは言い切れないところが辛いところね)
元を正せばこうなったのもオードリック様が魅了の術に引っかかってしまったからで、気に病むなと言ってもすんなりと受け入れるのは難しいのだろう。少なくともオードリック様は居丈高とか我儘という言葉とは無縁で、むしろ逆の性質をお持ちだ。それは私たちや従者、侍女たちへの丁寧な態度にも表れていた。
(嫌な奴じゃなかったのは、幸いだったんだろうなぁ……)
こうなると、当初の予定通りにこき使うのは何だか憚られるような気がしてきた。その美貌とやつれて影があるせいか、男性なのに可憐で儚げに見える。何だか守ってあげなきゃいけないような気分になってくるのだ。
朝食後、彼の部屋を訪れるのはすっかり日課になった。これまでは治癒魔術を掛けるために通っていたけれど、今では彼の顔を見に行くためだ。婚約者としての交流を少しでも、とのお祖母様の助言を受けて、私は朝食後と午後のお茶の時間にオードリック様の部屋を訪ねるようになっていた。
「オードリック様、ご気分はいかがですか?」
部屋に入るとオードリック様はソファに腰かけて本を読んでいたが、私の姿を認めると本を閉じた。読書好きらしく、熱が下がって時間を持て余すようになると我が家の書庫に出入りされるようになった。辺境の我が家には王都ほど蔵書はないけれど、隣国に関しての本は結構多い。それらをオードリック様は好んで読まれていた。
「アンジェリック嬢。お陰様で随分楽です」
本をテーブルに置きながら、弱々しい笑顔を浮かべてオードリック様がそう答えた。美形が微笑むとそれだけで部屋の中が華やいだ。熱が下がってからは調子がいいようで、顔色も悪くないし食事の量も少しずつだけど増えているという。
我が家に到着した直後は熱のせいか「ああ」とか「そうか」などの片言しか話さなかったけれど、聞けば熱で朦朧としていて我が家に着いた時のことも覚えていないという。目が覚めた時は知らない天井に驚いたとも。
熱が下がってからは普通に会話が出来るようになった。もしかしたらそれすらも難しいかもしれないと思っていたのでそこは安堵した。
「今日は天気がいいので、庭に出てみませんか?」
昨日までは雨が続いていたけれど、今日は朝から綺麗な青空が広がっていた。雨上がりで景色もきれいだし、庭の木々もいつも以上に鮮やかな葉色を主張していた。
「庭に、ですか?」
「ええ。部屋に閉じこもってばかりでは気も滅入ってしまいますわ」
「そうですが……でも……」
オードリック様が不安そうに瞳を揺らした。後遺症は少しずつよくなっているけれど、外への不安が強いらしく、庭の散歩も及び腰だった。散歩に誘っても今のところ一度も成功していない。それでも家の中に閉じこもっていては気が滅入るし、体力だってつかない。馬車での移動で熱を出してしまうようでは先が思いやられる。
オードリック様が不安になるのには理由がある。王都で療養生活に入って暫く経った頃、賊が忍び込んだことがあったのだ。護衛騎士が一人亡くなり、騎士と侍女の三人がけがを負った。狙われたのは自分だったのに、目の前で騎士たちが傷ついたことにかなりショックを受けたのだという。
「警備のことが不安ですか?」
「……それは……」
言い淀む様子から正解だったらしい。ここの警護はそんなに甘ちょろくはないのだけど、それを言っても今のオードリック様は納得出来ないだろう。
「だったら中庭はいかがですか? そこなら誰も入ってきませんよ」
そう、我が家は隣国と戦争になった場合に備えて籠城が出来る造りになっている。町全体が塀で囲われている上、屋敷も二重の塀が張り巡らされていて、いざという時には街の住人もここに避難するのだ。屋敷は役割毎に四つの棟に分かれていて、その真ん中は庭になっている。昔はここで炊き出しや怪我人の治療などもしたという。
「中庭……ですか」
「ええ。今はファルカの花が見頃ですよ。雨上がりなのできっとたくさん咲いている筈です」
「そうですか。では、少しだけ……」
まだ躊躇する気持ちの方が大きいのだろう。でも、私の申し出を断るのも気が引けたのか今日は断られることはなかった。オードリック様はさすがに聡明と謳われただけあって、ご自身の立ち位置もよく理解されていた。政治的な意味でも。多分、ご自身が我が家の負担になっていると感じ、肩身が狭いのだろうなと思う。私だったら胃に穴が空きそうな気がする。
(オードリック様のせいじゃない、とは言い切れないところが辛いところね)
元を正せばこうなったのもオードリック様が魅了の術に引っかかってしまったからで、気に病むなと言ってもすんなりと受け入れるのは難しいのだろう。少なくともオードリック様は居丈高とか我儘という言葉とは無縁で、むしろ逆の性質をお持ちだ。それは私たちや従者、侍女たちへの丁寧な態度にも表れていた。
(嫌な奴じゃなかったのは、幸いだったんだろうなぁ……)
こうなると、当初の予定通りにこき使うのは何だか憚られるような気がしてきた。その美貌とやつれて影があるせいか、男性なのに可憐で儚げに見える。何だか守ってあげなきゃいけないような気分になってくるのだ。
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