【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

灰銀猫

文字の大きさ
10 / 107

中庭での交流

しおりを挟む
 中庭の散歩は中々に好評だった。元々は王都から輿入れしてきた夫人を慰めるために王宮の庭を真似て作ったものだけど、何代か前に隣国に攻め入られて籠城した際、精神的に疲労していく民に心を痛めた夫人があの庭で炊き出しを始めたという。その際、あの庭の花々が皆の心を慰めたとも。それ以降あの庭は夫人のためだけでなく、万が一の時のためにと整えてきた。

「王都の庭よりも、自然に近くて風情がありますね」
「そうですね。ここはいざという時は炊き出しなどにも使うので、手をかけ過ぎないようにしているのです」
「炊き出し、ですか?」
「ええ。隣国と戦争になれば籠城の可能性もあります。その時にはここが炊き出しと皆の息抜きの場になるでしょうね」
「そうですか……」

 感慨深げにオードリック様は庭を見渡した。まさかそんな事のために使うとは思わなかったのだろう。

「この庭にある木々は全て実が成りますし、薬になるものもあるんですよ。向こうには野菜や薬草の畑もあります」
「畑が……」

 王都では信じられないだろうけど、ここでは有事の際に必要とされる薬草などを栽培している。専用の薬草園や畑もあるし、常に一定数の薬や食料も備蓄している。いつ隣国が侵攻して来るかわからないからだ。

「ここは、常に戦いを前提にしているのですね」
「自ずとそうなりますね」

 この屋敷も庭も、何なら街だって、全ては隣国からの侵攻に備えて作られている。それにここは魔獣が時々大量発生したりもするし、隣国から逃げて来た盗賊が人々を襲うこともある。お陰で何をするにも万が一の場合を想定しているのだ。幾重にも守られ、国境が遠い王都ではあり得ないだろう。
 気分転換のための散歩も、どういう訳か領内の問題についての話し合いになってしまった。でも、互いに人となりをよく知らないし、急に婚約だ婿入りだと言われても私たちはまだ戸惑いの中だ。互いの距離感を図りながらの会話は、どうしても当たり障りのない話に流れてしまっていた。私たちの場合は、辺境伯領や隣国についてだった。




「二人の話は小難しいことばっかりだな」

 オードリック様と別れて部屋に戻った私に、ジョエルが呆れ気味でそう言った。彼は近くに控えていたから、会話も聞きとれたのかもしれない。エリーが淹れてくれたお茶を飲みながら、先ほどの会話を振り返ったけど、確かに話した内容は隣国とこの辺境伯領のことだった。

「仕方ないじゃない。他に共通の話題もないし……」
「そりゃあそうなんだろうけど……でも、婚約するんだったら、もう少し色気のある話になるんじゃねぇのか?」
「色気のある話って……例えば?」
「例えばって……あ~そうだなぁ。互いに好きなものを聞き合うとか、趣味とか、そういう感じ?」
「そんな話を私がしている姿、想像出来る?」
「いや、全く」

 即答されてしまった上、ジョエルが両手を上げて降参の意味を示した。そこで言い切るか? と思ったけれど、否定する材料が思い浮かばなかった。

「アンがそんな話していたら、偽者にしか思えねぇな。もしくは頭がいかれちまったか」
「何気に失礼だけど、私も概ね同意ね」

 恋愛なんて私には絶対に無理だと思っているし、オードリック様と色恋沙汰になるなんて想像も出来なかった。まぁ、向こうだってそうだろうけど。そう言えばあの子爵令嬢のことを今でも想っておられるのだろうか。

「そう言えば殿下はあの子爵令嬢のこと、今でも好きなのか? 確か牢屋で自殺したって聞くけど」
「そうね。処刑されるのを恐れて自死したと言われているわね」

 あの子爵令嬢のことを丁度考えていたところで、二人が言及して驚いた。彼女に関しては色んな憶測や噂が流れているから、何が本当なのか正直に言って判断し難い。最後まで自分は知らなかったと言い張ったとも、罪の意識にさいなまれたとも聞くが、どちらにしても王族を魅了した者は極刑で家族もその責を免れない。それを恐れて自殺したと公表されているけど、この手の話にはさらに裏がある事が多いので、公表されたことが真実とは限らない。そしてそれを暴く気は私にはなかった。

「さぁ、どうなのかしらね。私にもわからないわ」

 気にならない訳じゃないけど、相手が亡くなっているだけに聞き辛いし、聞いていいのかどうかもわからない。それに、王族に関することは危険だ。余計なことを知った者は消されるという一面もある。
 私たちの場合はオードリック様が政治的に悪用されないための身柄の保護が第一なのだ。そこに恋愛感情は求められていなかった。



しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...