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王都からの使者
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「ジャレ酒を王都に?」
「ええ。二日酔いに聞く酒なのでしょう? 王都で売り出せば手を出す貴族は多いと思いますよ」
オードリック様が辺境に来てから一月が過ぎた。庭に出るのも慎重だったオードリック様だったけれど、根気強く誘い続けているうちに中庭以外も足を向けられるようになった。青白かった肌は少しずつ色合いを増し、目の下の隈も薄れていった。食事の量も最初は私の半分も食べるかどうかの量だったけれど、最近では成人男性並みの量は食べられるようになった。
それでもエドガール様の話では時折悪い夢を見て魘されているようで、快癒したとは言い難かった。悪夢を見た後は一、二日ほど気分が沈み込むようで、そんな日は口数も少なくなった。三歩進んで一歩下がる。そんな感じだった。
そんな私たちは日に二度のお茶で少しずつ距離を詰めていった。それでも共通の話題はリファール辺境伯領に関することが殆どで、色気のある話には程遠かった。
今話題に上がっているのは我が領でよく飲まれるジャレ酒についてだ。ジャレ酒は我が領でよく採れるジャレの実と薬草を、これまた我が領特産のバルエ酒に付け込んで作ったお酒で、二日酔いによく効く。ここではお酒を飲む前にジャレ酒を一杯飲むのが習慣になっている。こうすると悪酔いしないのだ。
ただ、ジャレ酒は味や匂いに癖があり、他領では敬遠されている。
「さすがに王都では売れないのでは……今までも悪酔いに効くからと贈ったことがありますが、評判はあまり……」
「そんなことはないよ。父などもよく二日酔いに効く薬が欲しいとぼやいていたからね」
「なるほど」
オードリック様が言うには、貴族は酒宴に招かれることが多いが、酒に弱い者にとってはかなりの負担なのだという。同席したのが上の家格の者だと断りにくいし、二日酔いでは仕事に支障も出る。陛下なども二日酔いを防ぐものがないかとぼやかれているのだという。確かにジャレ酒はもってこいだけど……
「まずは父にでも贈ってみてはどうだろう?」
「陛下に、ですか?」
「ああ。私からだといえば断られることはないだろう。父が効くと認めれば言えば貴族たちも欲しがるんじゃないかな」
軽く陛下の名を出されたけれど、確かに陛下のお墨付きが得られればこれ以上ない宣伝になるだろう。味で嫌がる人は多いけど意外に慣れるものだし、気に入ってくれれば継続して注文して貰える可能性が高い。もし売れれば収入増に繋がるかもしれない。それにしても……
(まさかジャレ酒を特産にと勧められるとは思わなかったわ)
私たちは味で敬遠されるからと売り出すことすら考えなかった。私たちにはない目線で我が領のことを考えてくれる上にその意見は納得だと思われるものも多く、私の印象は少しずつ良い方へと向かっていた。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「お祖父様が?」
オードリック様の優秀さを改めて感じていると、侍女がやって来て声をかけられた。
「はい。オードリック様とご一緒に執務室にお越し下さるようにと」
「そう。わかったわ」
二人一緒とは珍しい。オードリック様に視線を向けると、彼も私を見ていて目が合ってしまった。何となく最近は視線がよく合う気がする。
オードリック様も呼ばれたのなら、婚約に関する事かもしれない。にこやかだったオードリック様の表情が強張ったように感じた。表には出さないけれど彼にとってこの婚約は不本意なものだろうから、なんて声をかけていいのかわからなかった。私は何も言えないままお祖父様の執務室に向かった。
「お祖父様、アンです。失礼します」
執務室に入るとお祖父様とお祖母様はソファに並んで座ってお茶を飲んでいた。使者の姿はなかった。
「アンか。オードリック様も。どうぞお座りください」
お祖父様に促されて、二人の正面の椅子にそれぞれ座った。室内にはお祖父様とお祖母様が二人掛けのソファに座り、その右側には見知らぬ男性が座っていた。親の年代くらいだろうか。がっしりした体格で服装も騎士のそれだし、彼の後ろには似たような服装の従者らしい騎士が立っていた。私はオードリック様と共に、お祖父様たちの向かい側の開いている席にそれぞれ腰を下ろした。
「お祖父様、どうなさいました?」
「うむ。先ほど王都から使者がお見えになってな。来月、陛下がオードリック様とアンの婚約を発表するそうだ」
見知らぬ男性は王都からの使者だった。お祖父様がそう告げると、使者の男性も重々しく頷いた。いつかはこうなるとわかっていたけれど、表現し難い色んな感情が湧き上がってきた。それらは……残念ながら心地のいいものではなかった。
「ええ。二日酔いに聞く酒なのでしょう? 王都で売り出せば手を出す貴族は多いと思いますよ」
オードリック様が辺境に来てから一月が過ぎた。庭に出るのも慎重だったオードリック様だったけれど、根気強く誘い続けているうちに中庭以外も足を向けられるようになった。青白かった肌は少しずつ色合いを増し、目の下の隈も薄れていった。食事の量も最初は私の半分も食べるかどうかの量だったけれど、最近では成人男性並みの量は食べられるようになった。
それでもエドガール様の話では時折悪い夢を見て魘されているようで、快癒したとは言い難かった。悪夢を見た後は一、二日ほど気分が沈み込むようで、そんな日は口数も少なくなった。三歩進んで一歩下がる。そんな感じだった。
そんな私たちは日に二度のお茶で少しずつ距離を詰めていった。それでも共通の話題はリファール辺境伯領に関することが殆どで、色気のある話には程遠かった。
今話題に上がっているのは我が領でよく飲まれるジャレ酒についてだ。ジャレ酒は我が領でよく採れるジャレの実と薬草を、これまた我が領特産のバルエ酒に付け込んで作ったお酒で、二日酔いによく効く。ここではお酒を飲む前にジャレ酒を一杯飲むのが習慣になっている。こうすると悪酔いしないのだ。
ただ、ジャレ酒は味や匂いに癖があり、他領では敬遠されている。
「さすがに王都では売れないのでは……今までも悪酔いに効くからと贈ったことがありますが、評判はあまり……」
「そんなことはないよ。父などもよく二日酔いに効く薬が欲しいとぼやいていたからね」
「なるほど」
オードリック様が言うには、貴族は酒宴に招かれることが多いが、酒に弱い者にとってはかなりの負担なのだという。同席したのが上の家格の者だと断りにくいし、二日酔いでは仕事に支障も出る。陛下なども二日酔いを防ぐものがないかとぼやかれているのだという。確かにジャレ酒はもってこいだけど……
「まずは父にでも贈ってみてはどうだろう?」
「陛下に、ですか?」
「ああ。私からだといえば断られることはないだろう。父が効くと認めれば言えば貴族たちも欲しがるんじゃないかな」
軽く陛下の名を出されたけれど、確かに陛下のお墨付きが得られればこれ以上ない宣伝になるだろう。味で嫌がる人は多いけど意外に慣れるものだし、気に入ってくれれば継続して注文して貰える可能性が高い。もし売れれば収入増に繋がるかもしれない。それにしても……
(まさかジャレ酒を特産にと勧められるとは思わなかったわ)
私たちは味で敬遠されるからと売り出すことすら考えなかった。私たちにはない目線で我が領のことを考えてくれる上にその意見は納得だと思われるものも多く、私の印象は少しずつ良い方へと向かっていた。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
「お祖父様が?」
オードリック様の優秀さを改めて感じていると、侍女がやって来て声をかけられた。
「はい。オードリック様とご一緒に執務室にお越し下さるようにと」
「そう。わかったわ」
二人一緒とは珍しい。オードリック様に視線を向けると、彼も私を見ていて目が合ってしまった。何となく最近は視線がよく合う気がする。
オードリック様も呼ばれたのなら、婚約に関する事かもしれない。にこやかだったオードリック様の表情が強張ったように感じた。表には出さないけれど彼にとってこの婚約は不本意なものだろうから、なんて声をかけていいのかわからなかった。私は何も言えないままお祖父様の執務室に向かった。
「お祖父様、アンです。失礼します」
執務室に入るとお祖父様とお祖母様はソファに並んで座ってお茶を飲んでいた。使者の姿はなかった。
「アンか。オードリック様も。どうぞお座りください」
お祖父様に促されて、二人の正面の椅子にそれぞれ座った。室内にはお祖父様とお祖母様が二人掛けのソファに座り、その右側には見知らぬ男性が座っていた。親の年代くらいだろうか。がっしりした体格で服装も騎士のそれだし、彼の後ろには似たような服装の従者らしい騎士が立っていた。私はオードリック様と共に、お祖父様たちの向かい側の開いている席にそれぞれ腰を下ろした。
「お祖父様、どうなさいました?」
「うむ。先ほど王都から使者がお見えになってな。来月、陛下がオードリック様とアンの婚約を発表するそうだ」
見知らぬ男性は王都からの使者だった。お祖父様がそう告げると、使者の男性も重々しく頷いた。いつかはこうなるとわかっていたけれど、表現し難い色んな感情が湧き上がってきた。それらは……残念ながら心地のいいものではなかった。
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