12 / 107
回復を望む者たち
しおりを挟む
「来月は陛下の誕生祭がある。その夜会で発表なさると」
「夜会、で……」
お祖父様の言葉に、オードリック様は呟くようにそう繰り返した。庭では明るかった声が、今は嘘のように力を失くしていた。
「お祖父様、夜会でとなると私たちも?」
王族の婚約発表後は、夜会や舞踏会夜会で陛下から紹介されるのが常だ。夜会に出れば好奇の目に晒されるのは間違いなく、今のオードリック様にはそれに耐えうるだけの気力も、あの鬼の峠を越える体力もないだろう。行けないわけではないけれど、道中や到着後に体調を崩す可能性が高く思える。そりゃあ治癒魔術があれば少しは軽減出来るだろうけど、せっかくいい感じで回復しているところなので出来れば行きたくなかった。
「いえ、夜会に出る必要はございません。オードリック様はここに慣れるまでゆっくり過ごすようにと、陛下はそう仰せです」
「父上が……」
使者の言葉にオードリック様の声と表情が俄かに軽くなったように感じた。あくまでもそう感じただけで、表面上は変わりがなかった。
「オードリック様、焦ることはございません。今は御身を第一にお考え下さい」
「ラブレ……」
「覚えていて下さったのですね。嬉しゅうございます」
ラブレと呼ばれた使者はオードリック様と面識があったらしい。その言葉には心から案じる思いが感じられて、その関係は薄くはないように思えた。
「ラブレ殿、ご案じなさるな。オードリック様は我らが一丸となってお支え致しましょう」
「リファール辺境伯……」
「ここは隣国からの侵攻がなければ穏やかな地です。若い方には退屈かもしれませんが、今のオードリック様にはちょうどいいでしょう」
オードリック様を心配するラブレ様を安心させるように、お祖父様が力強く答えた。
「レオナール卿の仰る通りです。今の私には王都はまだ……」
「今はそれでよろしいのですよ、オードリック様。陛下がここを選んだのもオードリック様の御ためを思ってのこと。どうか存分にのんびりお過ごし下さい」
「ラブレ殿の仰る通りです」
ラブレ殿の諭すような言葉に、お祖父様が答えた。厳つい顔立ちに笑みを浮かべたけれど、ちょっと怖いんじゃないだろうか。
(お祖父様、オードリック様を怖がらせないでよ)
せっかく最近は悪夢を見ることも減って、取り繕わない普通の笑みを見せるようになってきたのだ。お祖父様の笑みは子どもが泣きだすことも珍しくないだけに、ちょっと不安になった。
「ご厚情に感謝します。確かにここは穏やかで、心の澱が少しずつ流れていくようです」
「そう言って頂けると嬉しいですな」
「ふふっ、辺境には辺境なりの楽しみもあるわ。あなたもそれに気づいてくれると嬉しいわね」
お祖母様は辺境が気に入って、すっかりここでの生活に馴染んでいた。ある意味オードリック様の先輩だし、お手本にもなるだろう。
「オードリック様がどうお過ごしかと案じておりましたが、余計な心配だったようですな。リファール辺境伯、どうかオードリック様をよろしくお願い致します」
再びラブレ殿が頭を下げるとお祖父様が勿論と力強く答え、使者との会談は明るい雰囲気のまま終わった。
(婚約が公表されてしまったけれど……オードリック様は不本意でしょうに)
お祖父様の執務室を辞す時、オードリック様が小さくため息をつかれたのが見えた。あれは多分、断ることが出来ない婚約へのやりきれなさの表れなのだろう。
これまで婚約についてどう思うかを尋ねたことはなかったけれど、何と言っても外見詐欺師と言われている私だ。見た目は悪くはないだろうけど、女性らしい愛らしさや可愛げと言うものが欠けている相手では、ため息をつきたくなる心情もわからなくもない。二人でお茶をしていても話題は領地のことばかりで、オードリック様の趣味なんかを聞いたこともなかった。そういう個人的なことを尋ねるのは、何だか土足で心の中に踏み込むように感じられて憚られたのだ。
(婿だと肩身も狭いだろうし……)
そうは思うけどどうするのがオードリック様にとって最善なのか、妙案が浮かびそうになかった。ベルクール公爵たちが一掃されれば状況も変わるだろうか。
(もし脅威がなくなったら、婚約を解消してオードリック様はもっと令嬢らしい方を娶った方がいいわよね)
魅了によって廃嫡されたとはいえ、回復すれば王領の一部を賜って一貴族として暮らすくらいは認められるのではないだろうか。その時にオードリック様の隣に私がいるなんて想像も出来なかった。
「夜会、で……」
お祖父様の言葉に、オードリック様は呟くようにそう繰り返した。庭では明るかった声が、今は嘘のように力を失くしていた。
「お祖父様、夜会でとなると私たちも?」
王族の婚約発表後は、夜会や舞踏会夜会で陛下から紹介されるのが常だ。夜会に出れば好奇の目に晒されるのは間違いなく、今のオードリック様にはそれに耐えうるだけの気力も、あの鬼の峠を越える体力もないだろう。行けないわけではないけれど、道中や到着後に体調を崩す可能性が高く思える。そりゃあ治癒魔術があれば少しは軽減出来るだろうけど、せっかくいい感じで回復しているところなので出来れば行きたくなかった。
「いえ、夜会に出る必要はございません。オードリック様はここに慣れるまでゆっくり過ごすようにと、陛下はそう仰せです」
「父上が……」
使者の言葉にオードリック様の声と表情が俄かに軽くなったように感じた。あくまでもそう感じただけで、表面上は変わりがなかった。
「オードリック様、焦ることはございません。今は御身を第一にお考え下さい」
「ラブレ……」
「覚えていて下さったのですね。嬉しゅうございます」
ラブレと呼ばれた使者はオードリック様と面識があったらしい。その言葉には心から案じる思いが感じられて、その関係は薄くはないように思えた。
「ラブレ殿、ご案じなさるな。オードリック様は我らが一丸となってお支え致しましょう」
「リファール辺境伯……」
「ここは隣国からの侵攻がなければ穏やかな地です。若い方には退屈かもしれませんが、今のオードリック様にはちょうどいいでしょう」
オードリック様を心配するラブレ様を安心させるように、お祖父様が力強く答えた。
「レオナール卿の仰る通りです。今の私には王都はまだ……」
「今はそれでよろしいのですよ、オードリック様。陛下がここを選んだのもオードリック様の御ためを思ってのこと。どうか存分にのんびりお過ごし下さい」
「ラブレ殿の仰る通りです」
ラブレ殿の諭すような言葉に、お祖父様が答えた。厳つい顔立ちに笑みを浮かべたけれど、ちょっと怖いんじゃないだろうか。
(お祖父様、オードリック様を怖がらせないでよ)
せっかく最近は悪夢を見ることも減って、取り繕わない普通の笑みを見せるようになってきたのだ。お祖父様の笑みは子どもが泣きだすことも珍しくないだけに、ちょっと不安になった。
「ご厚情に感謝します。確かにここは穏やかで、心の澱が少しずつ流れていくようです」
「そう言って頂けると嬉しいですな」
「ふふっ、辺境には辺境なりの楽しみもあるわ。あなたもそれに気づいてくれると嬉しいわね」
お祖母様は辺境が気に入って、すっかりここでの生活に馴染んでいた。ある意味オードリック様の先輩だし、お手本にもなるだろう。
「オードリック様がどうお過ごしかと案じておりましたが、余計な心配だったようですな。リファール辺境伯、どうかオードリック様をよろしくお願い致します」
再びラブレ殿が頭を下げるとお祖父様が勿論と力強く答え、使者との会談は明るい雰囲気のまま終わった。
(婚約が公表されてしまったけれど……オードリック様は不本意でしょうに)
お祖父様の執務室を辞す時、オードリック様が小さくため息をつかれたのが見えた。あれは多分、断ることが出来ない婚約へのやりきれなさの表れなのだろう。
これまで婚約についてどう思うかを尋ねたことはなかったけれど、何と言っても外見詐欺師と言われている私だ。見た目は悪くはないだろうけど、女性らしい愛らしさや可愛げと言うものが欠けている相手では、ため息をつきたくなる心情もわからなくもない。二人でお茶をしていても話題は領地のことばかりで、オードリック様の趣味なんかを聞いたこともなかった。そういう個人的なことを尋ねるのは、何だか土足で心の中に踏み込むように感じられて憚られたのだ。
(婿だと肩身も狭いだろうし……)
そうは思うけどどうするのがオードリック様にとって最善なのか、妙案が浮かびそうになかった。ベルクール公爵たちが一掃されれば状況も変わるだろうか。
(もし脅威がなくなったら、婚約を解消してオードリック様はもっと令嬢らしい方を娶った方がいいわよね)
魅了によって廃嫡されたとはいえ、回復すれば王領の一部を賜って一貴族として暮らすくらいは認められるのではないだろうか。その時にオードリック様の隣に私がいるなんて想像も出来なかった。
156
あなたにおすすめの小説
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる