【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

灰銀猫

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父との対面

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 それから七日後、妻と連れ子と共に父がやってきた。父がこの屋敷に戻ってきたのは七、八年ぶりだし、妻子が来たのは初めてだ。結婚する時も挨拶にすら来なかった三人の急な訪問に、お祖父様は無言で青筋を立て、お祖母様は深くため息をついて扇を軋ませた。私は……暫くどこかに行きたい気持ちに襲われたけれど、私のいない間に何が起きるかわからないのも心配で実行には至らなかった。
 父たちに対応したのはお祖父様とお祖母様だったが、暫くすると私も呼ばれた。応接室に入るとソファにはお祖父様とお祖母様が並んで座り、その反対側には中年の男女と私よりも少し下らしい少女がいた。

「お祖父様、お呼びでしょうか?」
「ああ、アン。こちらに」

 お祖父様がそう言うと、私を自分の隣に座らせた。思い出せないほどに久しぶりの父との対面は、鬱々とした気分しか生まなかった。目の前のお祖父様と同じ金髪と翡翠のような瞳、楚々とした顔立ちの父は顔なんか覚えていなかったけれど、街で会ったら絶対に気付いただろう。

(……似すぎてて、気持ち悪いかも……)

 線が細くて女性的な顔立ちの父は、間違いなくお祖母様似だ。厳つい男性がもてはやされるこの地では、なよなよして見える父の評判は、結婚の経緯も重なり芳しくなかった。
 その父の隣に座る中年女性は茶色の髪に薄青の瞳で、特に美女というわけではないけれど整った顔立ちをしていた。ソファに深く腰掛けているせいか、姿勢がだらしなく見える。
 その隣にいる少女は、女性と同じ髪色と父よりも少し濃い緑色の瞳をしていた。可憐だと学園で噂されていたけれど、こうしてみると際立って美しいというほどではなかった。王都にはもっと麗しい令嬢がたくさんいたし、姿勢の悪さが目立って彼女たちと比べるとその差は歴然としていた。彼女は私の姿を認めると、一瞬驚きを現した後で険しい視線を向けてきた。

(私が不細工でなかったから、面白くないんでしょうね)

 父そっくりの私は世間では容姿がいいと言われる部類にいた。私を不細工だと言えば父だけでなくお祖母様もそうだと言うも同然で、王都にいた頃、私に容姿で難癖をつけて来た令嬢に「祖母似なので」と言えば誰もが口を噤んだものだ。だから性格が悪いと言われるんだとジョエルに言われたけれど、そんなことを言ってくる令嬢の方がよっぽど性格が悪いだろう。

「……アンジェリク、なのか?」

 中年男性がまじまじと私を見つめながら、絞り出すようにそう問いかけてきた。父もこんなに似ているとは思わなかったのだろう。

「そうですが」

 出てきた声は、思った以上に素っ気なかった。名を呼ばれるのも気持ち悪く感じた自分に驚いたのもある。

「……お祖父様、私が呼ばれた理由をお聞きしても?」

 目の前の三人には構わず、私はお祖父様にそう尋ねた。私を呼んだのはお祖父様だ。

「ああ、こ奴がアンに会わせろと煩くてな」
「はぁ」

 実の息子に対してのお祖父様の態度が氷点下だった。後妻と連れ子がお祖父様のいつもよりも五割増しの険しい表情に顔を強張らせたけれど、それ以上に青褪めていたのは父だった。実子なのに怯え過ぎじゃないだろうか。

「何でしょうか?」
「何でしょうかだと? それが実の父に対する言葉か?」
「あなた様には『私の娘ではない』とはっきり宣言されましたので」
「な!」

 幼かった私ならいざ知らず、今の私には言い返すだけの強さも根性もあって、口で負けるほど軟じゃない。そこはお陰様でというべきだろうか。

「こ、婚約のことだ! 何故私に無断でオードリック様と婚約した?!」

 唾が飛んできそうな勢いに、思わず眉間に皴が出来てしまった。でも気持ち悪いものは気持ち悪いのだ。

「唾を飛ばさないで下さい。汚いですから」
「なっ!」
「無断も何も、あなた様に何の権限が?」
「わ、私はお前の親だ! 婚約に関しての権限は親である私に……」
「あるだけがないだろう」

 こんな時だけ親面をする父に呆れしかない。あまりにも呆れた主張をお祖父様が遮った。

「ち、父上……」
「婚約は当主が決めるもの。後継者候補でしかないお前が何を言っている」
「そ、それは……」
「第一、アンを娘ではないと言い放って養育を放棄したのは誰だ?」

 お祖父様の追及に父が言葉を失った。お祖父様は隣国では、悪鬼だの死神だの言われているのだ。戦場に出たこともない父では太刀打ちなど出来る筈もない。

「オードリック様との婚約は王命です」
「何を……」
「王命であれば拒否権はありません。抗議すれば不敬罪か反逆罪です。そうですよね、お祖父様?」
「ああ」

 そう、婚約を決めたのは陛下なのだから、文句があるなら陛下に言ってほしい。まぁ、言えば不敬罪で捕らえられる可能性もあるけど。

「そういうことだ、ジェイド。文句があるなら陛下にそう進言するのだな」
「そんなこと、出来るわけがないでしょう!」
「そう、出来るわけがない。わしも、アンもな」
「……」

 ようやく自分が言っていることがおかしいと気付いただろうか。いや、そんなこと貴族なら言われなくてもわからなきゃいけないレベルの話だけど。でも、これでこの三人は理解してくれただろう、王命に逆らえる者などないのだと。






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