【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

灰銀猫

文字の大きさ
15 / 107

婚約者との交流

しおりを挟む
 結局、私と連れ子を入れ替えようという父の企みは成らなかった。王宮で文官として働いている父に、陛下に異議を申し立てるだけの根性はなかったらしい。妻とその連れ子もさすがにそこまで傍若無人ではなかった。
 話し合いを終えてお引き取り願うつもりだったが、彼らは我が家に泊ることになった。そのまま追い返すつもりだったけれど、雨が降り始めて移動が危なくなったからだ。この季節は雨が多く、下手に移動して何かあれば、騎士たちがその対応に追われることになる。騎士たちに余計な仕事を増やしたくなかったお祖父様は、彼らにその階から絶対に出ないことを条件に宿泊を許した。嫌なら自前で街の宿に泊れと言ったところ、渋々ながらも受け入れたのだ。

 だが、父たちが大人しくしている筈もなかった。

「おい、オードリック様に会わせろ!」

 そう言って再び私の部屋に現れたのは父と連れ子だった。これで何度目だろうか。しかも許可を頂いていないのにオードリック様を名前呼びするなんて、王宮働いているくせにマナーも弁えていないらしい。王宮でそんなことをしたら懲戒ものだろうに。
 そして連れ子はまだ挨拶もしていないので、名前も知らないままだった。まぁ、知っていても挨拶を受けていない以上、名前で呼ぶつもりもないのだけど。その彼女はフリルとリボンがたくさん付いたディドレスを着ていた。十歳くらいの子が好むデザインだけど、先日も似たようなものだったのでそう言うのが好きなのだろう。公式な場では悪い意味で目立ちそうだ。

「こちらの階への出入りは、お祖父様が禁じていたはずですが」

 どうしても声が刺々しくなってしまう。正直に言えば親と思っていないし、他人になりたいところだ。でもそうなるとお祖父様たちとの縁まで切れるから出来ないけど。

「うるさい! 私に指図するな!」
「指示しているのはお祖父様です。ジョエル、この人たちを部屋に戻して」
「へいへい」
「きゃ!」
「な! 貴様、何をする! 放せ、貴様! 私は跡取りだぞ!」
「ご当主様の指示ですから」
「な……! 貴様ら! 私が当主になったら首にしてやるからな! 覚えておけ!」

 騒ぎ立てながらも、二人はジョエルたち護衛騎士によって部屋に連れていかれた。お祖父様にお願いして、監視を増やして貰ったけれど、ただ一人の跡取り息子というのもあって使用人も強硬に出られない。それを利用して抜け出してくるのだけど……そろそろ次の手に変えてもいいかもしれない。

「中々に聞き分けのない御仁なのだな」

 そう言って苦笑したのはオードリック様だった。私の部屋でお茶を頂いていたところへの突撃だった。万が一を想定し、入り口から姿が見えないよう衝立を立てておいてよかった。

「申し訳ありません、オーリー様」
「あなたのせいではないでしょう? 気にしないで下さい、アンジェ」

 そう言ってティーカップを手に笑みを浮かべたオードリック様は、あまり気にしていないように見えた。父たちとの話し合いも既に大まかに話してある。父たちが突撃してくる可能性があったからだ。
 ちなみにオードリック様は私をアンジェと呼び、私もオードリック様をオーリー様と呼ぶようになっていた。互いに名前が長くて呼びにくいのと、婚約者として距離を縮めるためだ。王子を愛称で呼ぶなんて不敬だと最初は断ったが、オーリー様は譲らなかった。柔和そうな外見に似合わず、意外にも押しが強かった。控えめな笑顔でご自身の意を通されるのだ。

「アンジェ、あまりしつこいようなら私からはっきり言いましょうか?」
「いえ、そこまでお手を煩わせるのは……」
「ですが、あなたがあのように悪し様に言われるのは許し難い。ジェイド卿のなさりようはあまりにも酷すぎる」

 眉間にしわを寄せながらそういうオーリー様だったけれど、そんな姿も麗しいのだから美人は得だ。そしてそんな美人に心配して貰えるなんて僥倖だ。世の中何が起きるかわからないな、と思った。

 オーリー様はここに到着した頃は後遺症で病んでいるように見えたが、実はかなり回復されていた。不調に見せていたのは王太子となられた弟のルシアン様を守るためで、ここに来るのも陛下と示し合わせてのことだった。ベルクール公爵たちの計画を予想していたオーリー様はあえて回復が遅れているように見せ、自分を王都から離れるように仕向けたのだ。
 ここが選ばれたのはお祖母様の存在と、オーリー様と年が近い私がいたこと、その私が治癒魔術の担い手だったこと、そして地理的に王都から遠かったことが理由だと言われた。特に最後の地理的な理由は大きく、ベルクール公爵たちも簡単に手が出せず、また結束が強くてスパイが入り込みにくい土地柄が好都合だったらしい。

 そんな私たちだったけれど、関係はおおむね良好だった。それはオーリー様によるところが大きいだろう。丁寧で控えめな態度と、博識で些細なことでも相談に乗ってくれて助言を惜しまないところ、リファール辺境伯領のことを熱心に考えてくれるところに好感が持てた。私の個人的な理由では、私に王都の令嬢らしさを求めないところが一番だっただろう。





しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

【書籍化決定】愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...