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魅了の後遺症?
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「アンや、オードリック様の様子はどうなんだ?」
オーリー様の部屋に入ってきて私に声をかけたのはお祖父様だった。その一歩後ろにはお祖母様もいる。私は二人をオーリー様の部屋のソファに案内した。
急に苦しみだしたオーリー様は、あの後直ぐにエドガール様によって部屋に運ばれて医師の診察を受けた。暫く苦しそうにしていたが、医師の処方した精神を落ち着ける薬を飲んだところ落ち着きを取り戻され、今はお眠りになっている。医師の見立てでは身体に特に悪いところは見当たらないから、精神的に変調をきたす何かがあったのだろうとのことだった。
「精神に不調をきたす、とは? 何があったんだ?
「それが……」
お祖父様の問いに、私はその直前に起きたことを話した。
「それでは、その香油に、毒が?」
「いえ、毒はないと、思います。オーリー様よりも香油の側にいた私やエリーは何ともありませんから……」
あの後直ぐに香油を部屋から出して空気を入れ替えたけれど、オーリー様以外で不調を訴える人はいなかった。もし香りを嗅いだだけで不調を訴える毒だったら、その香油を手にしていたエリーは大変なことになっているだろう。
「一応、医師が成分を調べて下さるそうですが……」
「エリー達が無事なら、毒の可能性は低そうね」
「はい」
試しにエリーが香油を手に塗ったけれど、特に何も起きなかった。となればあれ自体は普通の香油だろう。それに毒入りのものをわざわざ渡したりはしないだろう。自分が犯人だと疑われるのは確実だから、そんな愚を犯すとは思えない。商品は王都で売っている物と同じようなものだし、未開封を示すラベルも張ってあったから後で何かを仕込んだようには見えない。念のために聞き取りをして部屋も調べたが、彼女たちが何かをした痕跡は見当たらなかった。
「だとすると、どうして急に……」
あの直前まで、オーリー様に不調の兆しは見えなかった。今は食欲も人並みにあるし、庭の散策くらいで疲れたりもしないから治癒魔術を使うこともない。健康体と言っていいだろう。
それでも、あの時の苦しそうに歪められた表情は演技ではなかった。実際に汗が出ていたし、息も苦しそうだった。顔だって見たことがないほどに青褪めていたのだ。
「……あの、アンジェリク様……」
私も祖父母も考え込んでしまったが、そこに遠慮がちに声をかけて来たのはエドガール様だった。
「あの、殿下が倒れられた原因ですが……」
「何か心当たりが?」
「はい。あの、香油の香りではないかと……」
「香り?」
確かにあの甘い香りは強かったし独特だったから、苦手な人は気分が悪くなる、かもしれない。でも、体調を崩すほどだとは思えなかった。
「申し上げにくいのですが……その、あの香りは……ロッセル嬢が使っていた香りとよく似ていて……」
「ロッセル嬢って……あの?」
「はい」
エドガール様が示した人物は、あのオーリー様に魅了をかけた令嬢だった。ミア=ロッセル子爵令嬢は、金の髪と水色の瞳を持つ可憐な少女だったという。その快活で天真爛漫な性格もあり、多くの令息たちを魅了したが、それは魅了の術を施された魔道具によって引き起こされていたという。
「……それじゃ、その香りで過去を思い出して、倒れたと?」
「……私にはわかりません。ですが、殿下のご様子からして……」
エドガール様は何かを言いたそうだったけれど、彼も医者じゃないし、迂闊な事は言えないのだろう。でも、それだけでも重要な手がかりだ。
「そうですか」
「殿下は、あの時の事を酷く後悔されていました。もしかしたらあの香りで、当時のことを思い出されたのではないかと……」
そんなことがあるのだろうかと思う一方で、急な変化の理由が他に見つからなかった。確かに過酷な戦場から帰った兵士が、何かのきっかけで急に暴れたり苦しんだりすることは珍しくない。些細なきっかけで悲惨な光景が見えたのだという話も。
(それでは、オーリー様も?)
順調に回復し、もう問題ないかと思っていたけれど、認識が甘かったのだろうか。エドガール様は、オーリー様が最近は滅多に魘されることもなくこれまでにないほどお元気になられたと言っていた。確かに心の傷は身体の傷よりも長く後を引き、急にぶり返すこともあると聞くし、騎士たちの中には精神的な病を患って退役する人も少なくはない。
(もしかして……まだ子爵令嬢を?)
静かに寝息を立てるオーリー様を見つめながら、今もまだオーリー様の心にはその令嬢がいるのかもしれないと思った。魅了されたことを後悔はしても、相手を想う気持ちはまた別の問題だから。
オーリー様の部屋に入ってきて私に声をかけたのはお祖父様だった。その一歩後ろにはお祖母様もいる。私は二人をオーリー様の部屋のソファに案内した。
急に苦しみだしたオーリー様は、あの後直ぐにエドガール様によって部屋に運ばれて医師の診察を受けた。暫く苦しそうにしていたが、医師の処方した精神を落ち着ける薬を飲んだところ落ち着きを取り戻され、今はお眠りになっている。医師の見立てでは身体に特に悪いところは見当たらないから、精神的に変調をきたす何かがあったのだろうとのことだった。
「精神に不調をきたす、とは? 何があったんだ?
「それが……」
お祖父様の問いに、私はその直前に起きたことを話した。
「それでは、その香油に、毒が?」
「いえ、毒はないと、思います。オーリー様よりも香油の側にいた私やエリーは何ともありませんから……」
あの後直ぐに香油を部屋から出して空気を入れ替えたけれど、オーリー様以外で不調を訴える人はいなかった。もし香りを嗅いだだけで不調を訴える毒だったら、その香油を手にしていたエリーは大変なことになっているだろう。
「一応、医師が成分を調べて下さるそうですが……」
「エリー達が無事なら、毒の可能性は低そうね」
「はい」
試しにエリーが香油を手に塗ったけれど、特に何も起きなかった。となればあれ自体は普通の香油だろう。それに毒入りのものをわざわざ渡したりはしないだろう。自分が犯人だと疑われるのは確実だから、そんな愚を犯すとは思えない。商品は王都で売っている物と同じようなものだし、未開封を示すラベルも張ってあったから後で何かを仕込んだようには見えない。念のために聞き取りをして部屋も調べたが、彼女たちが何かをした痕跡は見当たらなかった。
「だとすると、どうして急に……」
あの直前まで、オーリー様に不調の兆しは見えなかった。今は食欲も人並みにあるし、庭の散策くらいで疲れたりもしないから治癒魔術を使うこともない。健康体と言っていいだろう。
それでも、あの時の苦しそうに歪められた表情は演技ではなかった。実際に汗が出ていたし、息も苦しそうだった。顔だって見たことがないほどに青褪めていたのだ。
「……あの、アンジェリク様……」
私も祖父母も考え込んでしまったが、そこに遠慮がちに声をかけて来たのはエドガール様だった。
「あの、殿下が倒れられた原因ですが……」
「何か心当たりが?」
「はい。あの、香油の香りではないかと……」
「香り?」
確かにあの甘い香りは強かったし独特だったから、苦手な人は気分が悪くなる、かもしれない。でも、体調を崩すほどだとは思えなかった。
「申し上げにくいのですが……その、あの香りは……ロッセル嬢が使っていた香りとよく似ていて……」
「ロッセル嬢って……あの?」
「はい」
エドガール様が示した人物は、あのオーリー様に魅了をかけた令嬢だった。ミア=ロッセル子爵令嬢は、金の髪と水色の瞳を持つ可憐な少女だったという。その快活で天真爛漫な性格もあり、多くの令息たちを魅了したが、それは魅了の術を施された魔道具によって引き起こされていたという。
「……それじゃ、その香りで過去を思い出して、倒れたと?」
「……私にはわかりません。ですが、殿下のご様子からして……」
エドガール様は何かを言いたそうだったけれど、彼も医者じゃないし、迂闊な事は言えないのだろう。でも、それだけでも重要な手がかりだ。
「そうですか」
「殿下は、あの時の事を酷く後悔されていました。もしかしたらあの香りで、当時のことを思い出されたのではないかと……」
そんなことがあるのだろうかと思う一方で、急な変化の理由が他に見つからなかった。確かに過酷な戦場から帰った兵士が、何かのきっかけで急に暴れたり苦しんだりすることは珍しくない。些細なきっかけで悲惨な光景が見えたのだという話も。
(それでは、オーリー様も?)
順調に回復し、もう問題ないかと思っていたけれど、認識が甘かったのだろうか。エドガール様は、オーリー様が最近は滅多に魘されることもなくこれまでにないほどお元気になられたと言っていた。確かに心の傷は身体の傷よりも長く後を引き、急にぶり返すこともあると聞くし、騎士たちの中には精神的な病を患って退役する人も少なくはない。
(もしかして……まだ子爵令嬢を?)
静かに寝息を立てるオーリー様を見つめながら、今もまだオーリー様の心にはその令嬢がいるのかもしれないと思った。魅了されたことを後悔はしても、相手を想う気持ちはまた別の問題だから。
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