【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

灰銀猫

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国境の砦にて

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 翌朝、私たちは少しゆっくり目に出発した。村で必要と思われる薬草や保存食、水などを補充したからだ。お礼として村人には治癒魔法をかけたり、護衛たちが壊れた村の柵を直したりした。男性は殆どが街に出稼ぎに出ていて、残っているのは女子供と年を取った男性ばかりだ。だから力仕事は多いに喜ばれた。
 驚いたのは、オーリー様も彼らに交じって手伝ったことだった。これも社会勉強だよと笑うのを見て、この人が王にならなかったことを惜しいと思った。王になったらきっと市井に寄り添ういい王になっただろうと感じたからだ。

 国境までは馬車で一刻程度だけど、山は日が暮れるのが早いので私たちは昼前には出発した。国境には砦と一体になった関所があって、そこには警備兵と王都から派遣された騎士団がいる。責任者はこの地を治めるエストレ辺境伯だ。現当主は私たちと親世代の中間くらいだったか。

「母上からの手紙を見せれば、取り成してくれるはずだが……」

 オーリー様が手にしていたのは、王妃様からエストレ辺境伯宛の手紙だった。国境の関所は国防の要所だから、通過するには通行手形と身分証が必要だし、警備も厳しい。私たちは関を超えるわけではないけれど、不用意に関所近くにいると不審者に間違えられる可能性もある。陛下を待つとなると関の管理者を無視することも出来ないのだ。

「一応アデル様からの手紙もお預かりしています。こちらは辺境伯夫人宛ですが」
「ああ、夫人はお祖母様の姪に当たられるから。辺境伯家を取り仕切っているのは夫人だというし、そちらの方が話は通じるかもしれないね」
「でも、時間がありませんわ。夫人を頼っては間に合わないかも……」

 そう、夫人は関所にいるわけではないから、取次ぎを頼んでも直ぐに返事が来るわけではないだろう。そうしている間に陛下が帰ってこられると間に合わないかもしれない。出来れば関所の責任者に話が通じるといいのだけど……

「とにかく行ってみるしかありませんわね」
「そう、だな」

 オーリー様の表情は硬かった。朝からずっとだ。陛下にお会いするとなると緊張されるのだろう。それに、療養後に我が家以外の貴族に会うのは初めてだろう。公式の場ではないとしても辺境伯相手にはオードリック殿下として接することになるから、彼らの態度に不安を感じているのもあるだろう。


 国境の砦に辿り着いたのは、まだ日が高い時間帯だった。思った以上に早く着いたし、無事に到着したことには安堵したが、問題はこれからだ。関所の騎士たちがどう反応するかの方が、道中盗賊に襲われるかよりもずっと難しいからだ。
 責任者の態度がわからないので、まずは私が話をすることになった。騎士たちにオーリー様だと知られるのはまだ早いと思ったからだ。王妃様も内々にと仰っていたし、まずは辺境伯宛の王妃様からの手紙を渡し、その反応を見ることになった。

「リファール辺境伯の孫だと?」

 関所で責任者へ目通りを願い出ると、そのまま待たされてかなりの時間が経った。現れたのは黒髪と深い緑色の瞳をした親世代よりも少し上と思われる騎士だった。他の騎士の態度からして、ここの責任者だろうか。

「はい、アンジェリク=リファールと申します。エストレ辺境伯宛の手紙を王妃様よりお預かりしております。まずは辺境伯様にお執り成しを」

 そう言って王家の封蝋がされた手紙をテーブルに置くと、彼はそれを無造作に手にして封を開いてしまった。あれは辺境伯宛だから、その部下が勝手に開封していいものではないのだけど。

「はっ! こんな子ども騙しが通じると思っているのか?」
「はい?」

 手紙に目を通した彼は、手紙をひらひらさせながらそう言った。言葉にも表情にも侮蔑が現れているのが見えて、ああ、外れだったと落胆するしかなかった。

「王妃様がお前のような小娘に手紙を渡すわけがなかろう」
「……私はリファール辺境伯の孫、王家にも正式に認められた時期後継者ですが?」
「はぁ? リファールの後継者には息子がいただろうが? 息子を差し置いて孫の、それも女を後継にするはずがなかろう」

 どうやら彼は男尊女卑らしい。この様子では私がオーリー様と婚約したことも知らなそうだ。ちょっとエストレ辺境伯の力量を疑ってしまった。そんな事情も知らない者に関所の管理を任せて大丈夫なのだろうか……

「王都の事情にお詳しくありませんの? 私は次期辺境伯として第一王子殿下と婚約した身。お疑いになるのなら、これを辺境伯夫人に。王太后アデル陛下からの親書です」

 そう言ってアデル様の手紙を見せたが、それも鼻で一蹴されてしまった。

「小娘よ、いい加減にしろ。お前が辺境伯の後継者だという証拠はどこにあるのだ?」
「あなたが手にしている王妃様からの手紙ですわ」
「はぁ? そんなものが証拠になるだと? こんなもの、いくらでも偽造できるだろうが?」

 まさか王家の封蝋の重みを知らない者がいたなんて。我が国では封蝋の偽装は極刑だし、貴族なら知らない者はいない。しかも王妃様直筆なのだ。それを最初から疑ってかかるなんて、不敬罪に問われても文句は言えないのに。

「封蝋くらい知っておるわ。だがな、王家からの手紙が届く際は正式な使者が立つものだ」
「私は王妃様の命でうかがっています」
「小娘なんぞを王家が使者に立てるはずがない。いい加減にしろ、小娘。我々は今忙しい。これ以上邪魔をするなら牢に放り込むぞ」

 最後は威圧的な態度を取り出した相手に、私は内心でため息をついた。どうやら外れ中の外れだったらしい。牢に入れられては王妃様の指示を全うすることも出来なくなってしまう。

「そうですか。わかりました。直接辺境伯家に向かいます。その手紙は返して下さい」
「はぁ? 邪魔をするなと言っただろう? こっちが優しくしてやれば調子に乗りやがって! おい、こいつらを牢に放り込んでおけ!」

 最後には怒鳴り声になった責任者に、周囲にいた騎士たちが戸惑いを露わにした。仮にも王妃様からの手紙を持つ者を牢に放り込んで、万が一本物だった場合を心配したのだろう。そうなれば彼らもお咎めなしとはならないだろうから。


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