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思いがけない助け船
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「おい! さっさとこいつらを牢に放り込め!」
責任者が再度怒鳴りつけると、親世代と同じくらいと思われる騎士が彼の前に歩み出た。
「オーバン卿、乱暴すぎますぞ。仮にも王家の封蝋、しかも王妃様の手紙を持つ者を牢に放り込むなど。万が一本物だった場合、どうなさるのか?」
「そんな筈がなかろう。ルベーグ、口を挟むな!」
線が細そうな騎士に対して、責任者らしい男が居丈高に怒鳴りつけた。オーバン卿ね、名前はしっかり覚えたから、後でエストレ辺境伯に確かめてみよう。
「こんな奴ら、偽物に決まっておるわ!」
(まさか辺境伯家の後継者を確かめもせず、偽物扱いするなんて……)
さすがにここまで横暴な態度を取られるとは思わなかった。我が領では疑いはしても調べもせずに牢に放り込むなど絶対にありえない。万が一本物だった場合、王家の不興を買うだけでなく主家の辺境伯家の瑕疵になるのだ。それとも彼は王都から派遣された騎士なのだろうか。
「さっさとこいつらを連れていけ! 遊んでいる暇はないと言っただろう! 明日にも陛下がいらっしゃるのだ!」
オーバン卿が大声で叫ぶと、周りで委縮していた騎士たちもおずおずと動き出した。このままではマズい。牢に入れられては陛下の到着に間に合わなくなってしまう。
「その必要はない」
その時だった。女性らしき高い声が響いた。声の方に視線を向けると、そこに立っていたのは騎士の格好をした女性だった。年は私たちの親世代より少し若そうだけど、あの銀髪は……
「オーバン、控えろ!」
「へ、辺境伯夫人……」
短い叱咤の声に、誰かが相手の名を呟いた。私の予想は当たった。あの王家特有の独特の色合いの銀髪の主は、辺境伯夫人のものだったのだ。
「我が領の者が失礼した。私はエストレ辺境伯の妻アニエスだ。そなたは……その髪色、リファール辺境伯のアンジェリク嬢でよろしかったか?」
凛とした声が朗々と響き渡った。その姿には臆するところが微塵もなく、堂々としていた。私の髪色は珍しいし目立つから、わかる人にはわかるだろう。
「はい、リファール辺境伯家が孫、アンジェリクにございます。アニエス様にお目にかかれて光栄にございます」
「ああ、そのような礼は不要だ。今は一介の辺境伯夫人。立場的にはそなたと大して変わりはない」
そう言って浮かべた笑顔は、夏の早朝の風のように爽やかだった。アニエス様は先々代の国王陛下の弟の姪で、青い瞳の色は王弟妃の色なのだろう。それでも醸し出される気品と風格は正に王族のそれだった。
「ま、まさか……本物……?」
アニエス様の様子を見守っていた騎士たちが騒めきだした。オーバンン卿も目を丸くして暫く呆然としていたが、ぎりっと奥歯を噛みしめたのが聞こえた。
「辺境伯夫人! 騙されてはなりませんぞ! その者が本当にリファール辺境伯の孫などと……」
「口を慎め、オーバン! 彼女は王家の血を引く者だぞ!」
「な! 何を仰って……?」
「リファール辺境伯の妻がジゼル王女殿下だと忘れたか? 彼女をよく見るがいい。金瞳は王家の血を引く証だ」
「な……!」
気づかなかったらしいけれど、王家の色は光の加減によっては青とも紫とも見える銀髪と金の瞳だ。銀髪は稀に王家の血筋以外にも現れるけれど、金瞳に例外はあり得ない。私が父の子だと認められたのもこの金瞳のお陰だった。
「ま、まさか……」
「すまぬな、アンジェリク嬢」
狼狽えるオーバン卿を無視して、アニエス様は私に頭を下げられた。お礼を言うのはこちらの方だというのに。
「とんでもないです。いいタイミングで来て下さって助かりました」
「それはよかった、と言いたいところだが……実は王妃様より連絡があったのだよ」
「王妃様から?」
「ああ。アンジェリク嬢が国境に向かうので手助けしてやって欲しいと。何やら訳ありのようだから、内々に部隊を率いて駆けつけたのだ」
「そうでしたか。王妃様が……」
王妃様はこうなることも想定していらっしゃったのか。私はそこまで思い至らなかったのに。さすがは一国を預かる立場にいらっしゃる方だと改めて感服した。
「さ、詳しく話を聞かせて貰いたい。陛下がお戻りになるのと関係があるのだろう?」
「は、はい」
「では、砦の客間に案内しよう。ああ、お前達、オーバンを牢に放り込んでおけ」
「はっ!」
「な、何を……アニエス様?!」
「確かめもせず王家の使者を牢に放り込もうとしたのだ。当然であろう。ルベーク、オーバンの代わりを務めよ!」
「はっ!」
「そ、そんな……横暴ですぞ!」
「横暴? 横暴とは相手の話をろくに聞かず、確かめもしないそなたの行為そのものであろう。話は後で聞いてやる。それまで大人しくしておれ」
アニエス様がそう言うとオーバン卿は尚も言い募ろうとしたが、兵士たちによって連れていかれてしまった。誰も彼を庇おうとしないから、あまり人望がなかったようだ。
責任者が再度怒鳴りつけると、親世代と同じくらいと思われる騎士が彼の前に歩み出た。
「オーバン卿、乱暴すぎますぞ。仮にも王家の封蝋、しかも王妃様の手紙を持つ者を牢に放り込むなど。万が一本物だった場合、どうなさるのか?」
「そんな筈がなかろう。ルベーグ、口を挟むな!」
線が細そうな騎士に対して、責任者らしい男が居丈高に怒鳴りつけた。オーバン卿ね、名前はしっかり覚えたから、後でエストレ辺境伯に確かめてみよう。
「こんな奴ら、偽物に決まっておるわ!」
(まさか辺境伯家の後継者を確かめもせず、偽物扱いするなんて……)
さすがにここまで横暴な態度を取られるとは思わなかった。我が領では疑いはしても調べもせずに牢に放り込むなど絶対にありえない。万が一本物だった場合、王家の不興を買うだけでなく主家の辺境伯家の瑕疵になるのだ。それとも彼は王都から派遣された騎士なのだろうか。
「さっさとこいつらを連れていけ! 遊んでいる暇はないと言っただろう! 明日にも陛下がいらっしゃるのだ!」
オーバン卿が大声で叫ぶと、周りで委縮していた騎士たちもおずおずと動き出した。このままではマズい。牢に入れられては陛下の到着に間に合わなくなってしまう。
「その必要はない」
その時だった。女性らしき高い声が響いた。声の方に視線を向けると、そこに立っていたのは騎士の格好をした女性だった。年は私たちの親世代より少し若そうだけど、あの銀髪は……
「オーバン、控えろ!」
「へ、辺境伯夫人……」
短い叱咤の声に、誰かが相手の名を呟いた。私の予想は当たった。あの王家特有の独特の色合いの銀髪の主は、辺境伯夫人のものだったのだ。
「我が領の者が失礼した。私はエストレ辺境伯の妻アニエスだ。そなたは……その髪色、リファール辺境伯のアンジェリク嬢でよろしかったか?」
凛とした声が朗々と響き渡った。その姿には臆するところが微塵もなく、堂々としていた。私の髪色は珍しいし目立つから、わかる人にはわかるだろう。
「はい、リファール辺境伯家が孫、アンジェリクにございます。アニエス様にお目にかかれて光栄にございます」
「ああ、そのような礼は不要だ。今は一介の辺境伯夫人。立場的にはそなたと大して変わりはない」
そう言って浮かべた笑顔は、夏の早朝の風のように爽やかだった。アニエス様は先々代の国王陛下の弟の姪で、青い瞳の色は王弟妃の色なのだろう。それでも醸し出される気品と風格は正に王族のそれだった。
「ま、まさか……本物……?」
アニエス様の様子を見守っていた騎士たちが騒めきだした。オーバンン卿も目を丸くして暫く呆然としていたが、ぎりっと奥歯を噛みしめたのが聞こえた。
「辺境伯夫人! 騙されてはなりませんぞ! その者が本当にリファール辺境伯の孫などと……」
「口を慎め、オーバン! 彼女は王家の血を引く者だぞ!」
「な! 何を仰って……?」
「リファール辺境伯の妻がジゼル王女殿下だと忘れたか? 彼女をよく見るがいい。金瞳は王家の血を引く証だ」
「な……!」
気づかなかったらしいけれど、王家の色は光の加減によっては青とも紫とも見える銀髪と金の瞳だ。銀髪は稀に王家の血筋以外にも現れるけれど、金瞳に例外はあり得ない。私が父の子だと認められたのもこの金瞳のお陰だった。
「ま、まさか……」
「すまぬな、アンジェリク嬢」
狼狽えるオーバン卿を無視して、アニエス様は私に頭を下げられた。お礼を言うのはこちらの方だというのに。
「とんでもないです。いいタイミングで来て下さって助かりました」
「それはよかった、と言いたいところだが……実は王妃様より連絡があったのだよ」
「王妃様から?」
「ああ。アンジェリク嬢が国境に向かうので手助けしてやって欲しいと。何やら訳ありのようだから、内々に部隊を率いて駆けつけたのだ」
「そうでしたか。王妃様が……」
王妃様はこうなることも想定していらっしゃったのか。私はそこまで思い至らなかったのに。さすがは一国を預かる立場にいらっしゃる方だと改めて感服した。
「さ、詳しく話を聞かせて貰いたい。陛下がお戻りになるのと関係があるのだろう?」
「は、はい」
「では、砦の客間に案内しよう。ああ、お前達、オーバンを牢に放り込んでおけ」
「はっ!」
「な、何を……アニエス様?!」
「確かめもせず王家の使者を牢に放り込もうとしたのだ。当然であろう。ルベーク、オーバンの代わりを務めよ!」
「はっ!」
「そ、そんな……横暴ですぞ!」
「横暴? 横暴とは相手の話をろくに聞かず、確かめもしないそなたの行為そのものであろう。話は後で聞いてやる。それまで大人しくしておれ」
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