【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

灰銀猫

文字の大きさ
54 / 107

思いがけない助け船

しおりを挟む
「おい! さっさとこいつらを牢に放り込め!」

 責任者が再度怒鳴りつけると、親世代と同じくらいと思われる騎士が彼の前に歩み出た。

「オーバン卿、乱暴すぎますぞ。仮にも王家の封蝋、しかも王妃様の手紙を持つ者を牢に放り込むなど。万が一本物だった場合、どうなさるのか?」
「そんな筈がなかろう。ルベーグ、口を挟むな!」

 線が細そうな騎士に対して、責任者らしい男が居丈高に怒鳴りつけた。オーバン卿ね、名前はしっかり覚えたから、後でエストレ辺境伯に確かめてみよう。

「こんな奴ら、偽物に決まっておるわ!」 
(まさか辺境伯家の後継者を確かめもせず、偽物扱いするなんて……)

 さすがにここまで横暴な態度を取られるとは思わなかった。我が領では疑いはしても調べもせずに牢に放り込むなど絶対にありえない。万が一本物だった場合、王家の不興を買うだけでなく主家の辺境伯家の瑕疵になるのだ。それとも彼は王都から派遣された騎士なのだろうか。

「さっさとこいつらを連れていけ! 遊んでいる暇はないと言っただろう! 明日にも陛下がいらっしゃるのだ!」

 オーバン卿が大声で叫ぶと、周りで委縮していた騎士たちもおずおずと動き出した。このままではマズい。牢に入れられては陛下の到着に間に合わなくなってしまう。

「その必要はない」

 その時だった。女性らしき高い声が響いた。声の方に視線を向けると、そこに立っていたのは騎士の格好をした女性だった。年は私たちの親世代より少し若そうだけど、あの銀髪は……

「オーバン、控えろ!」
「へ、辺境伯夫人……」

 短い叱咤の声に、誰かが相手の名を呟いた。私の予想は当たった。あの王家特有の独特の色合いの銀髪の主は、辺境伯夫人のものだったのだ。

「我が領の者が失礼した。私はエストレ辺境伯の妻アニエスだ。そなたは……その髪色、リファール辺境伯のアンジェリク嬢でよろしかったか?」

 凛とした声が朗々と響き渡った。その姿には臆するところが微塵もなく、堂々としていた。私の髪色は珍しいし目立つから、わかる人にはわかるだろう。

「はい、リファール辺境伯家が孫、アンジェリクにございます。アニエス様にお目にかかれて光栄にございます」
「ああ、そのような礼は不要だ。今は一介の辺境伯夫人。立場的にはそなたと大して変わりはない」

 そう言って浮かべた笑顔は、夏の早朝の風のように爽やかだった。アニエス様は先々代の国王陛下の弟の姪で、青い瞳の色は王弟妃の色なのだろう。それでも醸し出される気品と風格は正に王族のそれだった。

「ま、まさか……本物……?」

 アニエス様の様子を見守っていた騎士たちが騒めきだした。オーバンン卿も目を丸くして暫く呆然としていたが、ぎりっと奥歯を噛みしめたのが聞こえた。

「辺境伯夫人! 騙されてはなりませんぞ! その者が本当にリファール辺境伯の孫などと……」
「口を慎め、オーバン! 彼女は王家の血を引く者だぞ!」
「な! 何を仰って……?」
「リファール辺境伯の妻がジゼル王女殿下だと忘れたか? 彼女をよく見るがいい。金瞳は王家の血を引く証だ」
「な……!」

 気づかなかったらしいけれど、王家の色は光の加減によっては青とも紫とも見える銀髪と金の瞳だ。銀髪は稀に王家の血筋以外にも現れるけれど、金瞳に例外はあり得ない。私が父の子だと認められたのもこの金瞳のお陰だった。

「ま、まさか……」
「すまぬな、アンジェリク嬢」

 狼狽えるオーバン卿を無視して、アニエス様は私に頭を下げられた。お礼を言うのはこちらの方だというのに。

「とんでもないです。いいタイミングで来て下さって助かりました」
「それはよかった、と言いたいところだが……実は王妃様より連絡があったのだよ」
「王妃様から?」
「ああ。アンジェリク嬢が国境に向かうので手助けしてやって欲しいと。何やら訳ありのようだから、内々に部隊を率いて駆けつけたのだ」
「そうでしたか。王妃様が……」

 王妃様はこうなることも想定していらっしゃったのか。私はそこまで思い至らなかったのに。さすがは一国を預かる立場にいらっしゃる方だと改めて感服した。

「さ、詳しく話を聞かせて貰いたい。陛下がお戻りになるのと関係があるのだろう?」
「は、はい」
「では、砦の客間に案内しよう。ああ、お前達、オーバンを牢に放り込んでおけ」
「はっ!」
「な、何を……アニエス様?!」
「確かめもせず王家の使者を牢に放り込もうとしたのだ。当然であろう。ルベーク、オーバンの代わりを務めよ!」
「はっ!」
「そ、そんな……横暴ですぞ!」
「横暴? 横暴とは相手の話をろくに聞かず、確かめもしないそなたの行為そのものであろう。話は後で聞いてやる。それまで大人しくしておれ」

 アニエス様がそう言うとオーバン卿は尚も言い募ろうとしたが、兵士たちによって連れていかれてしまった。誰も彼を庇おうとしないから、あまり人望がなかったようだ。




しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...