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魅力の魔道具
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「魅了の魔道具とは、随分と荒唐無稽なお話ではありませんかな?」
陛下の言葉にまたも異を唱えたのはベルクール公爵だった。彼はミア様に魅了の魔道具を与えたとオーリー様から聞いている。そう言えば、あれはどこに行ったのだろう。
「魅了の魔道具など聞いたこともございません。そう仰るからにはその品が実在すると証明出来るのでしょうな」
まるで挑発するような言い方に、会場内もひそひそと話し声が静かに広がっていった。私はオーリー様から聞いていたから知っていたけれど、貴族達にとっては初耳だし、そんなものがあるなんて聞いたこともないだろう。公爵が言う通り荒唐無稽に見えるかもしれない。
「公爵がそう言うのも尤もだ。ああ、例の物を」
陛下がそう仰ると、近くにいた騎士が扉の方に目配せをした。すると扉が開き、トレイに何かを乗せた侍従が現れ、真っ直ぐに陛下の元へやってきた。
「……ま、まさか、それが魅了の魔道具だと……?」
強気だった態度が一転、公爵の声が震えた。公爵が指したトレイの上に乗っていたものは、小箱に入れられたペンダントヘッドだった。銀色の円形の地に親指の爪ほどの石が組み込まれているものだ。石は紫色に青や赤が入り混じっているもので、希少で高価な紫晶玉のようだ。
「ほう、公爵。これにも覚えがあるようだな」
「な、何を仰っているのですか。それは我が母が嫁いだ時、王家から持たされた宝飾品の一つで……」
「そうだな。そなたの母君が輿入れの際に持って行ったものだ。ちゃんと裏には王家の紋が彫られている」
そう言って陛下がそのペンダントヘッドを裏返すと、そこには確かに王家の紋が彫られていた。
「これは我が先々代王の御代に、王家の宝物殿より行方知らずになっていた品だ」
「……」
陛下の言葉に会場内にいる者が息を詰め、ベルクール公爵が表情を消した。どうやら公爵は思うところがおありらしい。
「行方知らずとは……陛下、一体……」
おずおずと横から声をかけたのは王弟殿下だった。
「ああ、これは私たち祖父の代に宝物殿から持ち去られ、行方知らずだったのだ。そうですね? 王太后陛下」
「ええ、その通りね」
陛下がアデル様に問いかけると、アデル様が答えた。
「あの時のことはよく覚えているわ。なんせ禁忌として封じられていたものが持ち出されたのですもの。王家に嫁いで最初に起きた騒動だったから尚更ね」
アデル様が鷹揚にそう答えると、陛下が深く頷かれた。
「このペンダントは『魂食いの魔玉』と呼ばれるものだ。持ち主に魅了の効果をもたらし、周囲にいる者の意思を奪う魔道具の一種だ」
「なんと!」
「そんな危険なものが……」
「どうしてそれが公爵の手元に……?」
会場内に夜会には似つかわしくない空気が満ちた。急に名の上がった得体の知れないそれに、不安と恐怖がかき立てられたのだろう。魂食いなどと言われればそう思っても仕方がないと思う。
「な、何を……こ、これは我が母が輿入れの際に賜ったもの。持ち去られたなど、言いがかりです!」
公爵がこれまでにないほどに険しい表情で陛下に異議を申し立てた。彼は母親からそう聞かされていたのだろうか。それが魅了に魔道具だなどと言われては一層立場がないだろう。下手をすれば反逆罪に問われるかもしれない。
「言いがかりだと言われてもな。公文書にもこれがなくなった時の事は記録されている」
「しかし!」
「陛下の仰る通りよ。この件は私だけでなく、王家に連なる者や重鎮だった者なら知っているわ。そして……あなたの母でもあるベアトリス嬢と先代公爵の関係からしても、彼女が持ち出したことを否定出来ないのよね」
アデル様が陛下を援護するようにそう告げた。アデル様の言葉に頷いている者がいるのが見えた。どれもアデル様と同年代の方々だ。
「まさかこれを持ち出していたのがベアトリス殿だったとはな」
「あら、でも、先代公爵のあまりの変わり様に、私たちは疑っていたわ。証拠がなかったから手が出せなかったけれど」
どうやら当初から公爵の母のベアトリス様が疑われていたらしい。王族である事と嫁ぎ先が公爵家で、夫となった先代公爵がベアトリス様を溺愛していたため、下手に手が出せなかったのだという。それも仮初のものだったそうだけど。
「公爵よ、この魔道具について、詳しく聞かせて貰おうか」
「……陛下、これを持ち出したのは私の母。私は母の形見として受け取っただけで、それが魔道具だったことなど存じませんでした」
陛下の追及に公爵はしれっとそう答えた。先ほどまでの動揺は既に跡形もなく消え、いつもの堂々とした態度に戻っていた。こうでも言わなければ彼の立場が危うくなるのだから当然かもしれないけれど。
「そうか。だがな、リードホルム王からは、この魔道具によって第五王子がある娘に誘惑されたと、そう訴えがあったのだ。他国の王からの要請とあれば、無下にも出来ぬのでな」
「な!」
「ああ、その娘もほら、そこに来ておるぞ」
陛下が視線を向けた先には金色の髪と水色の瞳を持つ可憐で儚げな女性が、マティアス様と騎士に囲まれて立っていた。彼女はもしかして……
「……ミア?」
オーリー様が呟く声に推測が確信に変わった。
陛下の言葉にまたも異を唱えたのはベルクール公爵だった。彼はミア様に魅了の魔道具を与えたとオーリー様から聞いている。そう言えば、あれはどこに行ったのだろう。
「魅了の魔道具など聞いたこともございません。そう仰るからにはその品が実在すると証明出来るのでしょうな」
まるで挑発するような言い方に、会場内もひそひそと話し声が静かに広がっていった。私はオーリー様から聞いていたから知っていたけれど、貴族達にとっては初耳だし、そんなものがあるなんて聞いたこともないだろう。公爵が言う通り荒唐無稽に見えるかもしれない。
「公爵がそう言うのも尤もだ。ああ、例の物を」
陛下がそう仰ると、近くにいた騎士が扉の方に目配せをした。すると扉が開き、トレイに何かを乗せた侍従が現れ、真っ直ぐに陛下の元へやってきた。
「……ま、まさか、それが魅了の魔道具だと……?」
強気だった態度が一転、公爵の声が震えた。公爵が指したトレイの上に乗っていたものは、小箱に入れられたペンダントヘッドだった。銀色の円形の地に親指の爪ほどの石が組み込まれているものだ。石は紫色に青や赤が入り混じっているもので、希少で高価な紫晶玉のようだ。
「ほう、公爵。これにも覚えがあるようだな」
「な、何を仰っているのですか。それは我が母が嫁いだ時、王家から持たされた宝飾品の一つで……」
「そうだな。そなたの母君が輿入れの際に持って行ったものだ。ちゃんと裏には王家の紋が彫られている」
そう言って陛下がそのペンダントヘッドを裏返すと、そこには確かに王家の紋が彫られていた。
「これは我が先々代王の御代に、王家の宝物殿より行方知らずになっていた品だ」
「……」
陛下の言葉に会場内にいる者が息を詰め、ベルクール公爵が表情を消した。どうやら公爵は思うところがおありらしい。
「行方知らずとは……陛下、一体……」
おずおずと横から声をかけたのは王弟殿下だった。
「ああ、これは私たち祖父の代に宝物殿から持ち去られ、行方知らずだったのだ。そうですね? 王太后陛下」
「ええ、その通りね」
陛下がアデル様に問いかけると、アデル様が答えた。
「あの時のことはよく覚えているわ。なんせ禁忌として封じられていたものが持ち出されたのですもの。王家に嫁いで最初に起きた騒動だったから尚更ね」
アデル様が鷹揚にそう答えると、陛下が深く頷かれた。
「このペンダントは『魂食いの魔玉』と呼ばれるものだ。持ち主に魅了の効果をもたらし、周囲にいる者の意思を奪う魔道具の一種だ」
「なんと!」
「そんな危険なものが……」
「どうしてそれが公爵の手元に……?」
会場内に夜会には似つかわしくない空気が満ちた。急に名の上がった得体の知れないそれに、不安と恐怖がかき立てられたのだろう。魂食いなどと言われればそう思っても仕方がないと思う。
「な、何を……こ、これは我が母が輿入れの際に賜ったもの。持ち去られたなど、言いがかりです!」
公爵がこれまでにないほどに険しい表情で陛下に異議を申し立てた。彼は母親からそう聞かされていたのだろうか。それが魅了に魔道具だなどと言われては一層立場がないだろう。下手をすれば反逆罪に問われるかもしれない。
「言いがかりだと言われてもな。公文書にもこれがなくなった時の事は記録されている」
「しかし!」
「陛下の仰る通りよ。この件は私だけでなく、王家に連なる者や重鎮だった者なら知っているわ。そして……あなたの母でもあるベアトリス嬢と先代公爵の関係からしても、彼女が持ち出したことを否定出来ないのよね」
アデル様が陛下を援護するようにそう告げた。アデル様の言葉に頷いている者がいるのが見えた。どれもアデル様と同年代の方々だ。
「まさかこれを持ち出していたのがベアトリス殿だったとはな」
「あら、でも、先代公爵のあまりの変わり様に、私たちは疑っていたわ。証拠がなかったから手が出せなかったけれど」
どうやら当初から公爵の母のベアトリス様が疑われていたらしい。王族である事と嫁ぎ先が公爵家で、夫となった先代公爵がベアトリス様を溺愛していたため、下手に手が出せなかったのだという。それも仮初のものだったそうだけど。
「公爵よ、この魔道具について、詳しく聞かせて貰おうか」
「……陛下、これを持ち出したのは私の母。私は母の形見として受け取っただけで、それが魔道具だったことなど存じませんでした」
陛下の追及に公爵はしれっとそう答えた。先ほどまでの動揺は既に跡形もなく消え、いつもの堂々とした態度に戻っていた。こうでも言わなければ彼の立場が危うくなるのだから当然かもしれないけれど。
「そうか。だがな、リードホルム王からは、この魔道具によって第五王子がある娘に誘惑されたと、そう訴えがあったのだ。他国の王からの要請とあれば、無下にも出来ぬのでな」
「な!」
「ああ、その娘もほら、そこに来ておるぞ」
陛下が視線を向けた先には金色の髪と水色の瞳を持つ可憐で儚げな女性が、マティアス様と騎士に囲まれて立っていた。彼女はもしかして……
「……ミア?」
オーリー様が呟く声に推測が確信に変わった。
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