【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

灰銀猫

文字の大きさ
69 / 107

疲労感満載

しおりを挟む
(つ、疲れた……)

 殆ど初めてとも言える夜会は、激しい疲労感と虚しさと共に終わった。しかも情報が多すぎて消化しきれない。湯あみをしながら私は大きく息を吐いた。

(せっかくのドレスだったのに……)

 実質初めての夜会、しかも婚約者を伴ってのそれに期待がなかった訳じゃない。あんなに素的なドレスに浮かれていた自覚もある。それが台無しになった虚しさも相まって、想定の五倍は疲れた気がした。

(でも、エマ様たちが処刑にならずに済んでよかった……)

 過ごした時間は短かったけれど、彼らの本心を知ってからはいい関係が築けたと思っていた。私にとっては数少ない貴族の友達の一人でもあったになれたと思う。公爵が断罪されれば彼らの身にも累が及ぶのは理解していたけれど、現実として突きつけられると胸が痛んだ。彼らも苦しい人生を送って来たと知ってしまったから尚更だろう。貴族、それも公爵家の者が平民として生きるのは簡単ではないだろうし。
 それに、父のことも頭が痛かった。話をしても通じないから諦めていたけれど、それでもいつかは目が覚めてくれればと思っていたのだ。廃嫡されても文官の身分があれば貴族としての体裁は保てるし、贅沢しなければ十分暮らしていけた筈。なのにそれを自ら手放す真似をしていたなんて……

「……よかったよね……」

 ふと出た言葉に驚いて周りを見たけれど、エリーには届いていなかったらしい。少し離れた場所で背を向けている彼女は振り返らなかった。聞こえなかったことにホッとして、同時に何を言っているんだ自分、と自分に突っ込んでしまった。
 あの時、ちらと目にしたオーリー様の表情が少しだけ緩んだように見えた。オーリー様が泥をかぶっても守ろうとした人だ。これで累が及んだら全てが台無しになってしまうだろう。それを回避できたのはよかったと思った。それでも、オーリー様の思いが報われることはないのだろう。そのことをジョアンヌ様は知らない。それが何とももどかしく思えた。それがオーリー様の望みなのだけど。
 それ以外にも気になることがたくさんあり過ぎて、頭がパンクしそうだった。

「そうそう、アン。アデル様から伝言を言付かったわ。近々また夜会があるそうよ。今日着たドレスで参加するようにと陛下からお言葉があったんですって」
「ええ?」

 ボーっとしていたらエリーに声をかけられたけど、その内容は思いもしないものだった。普通、上位貴族は夜会のたびにドレスを変える。中にはリメイクして着る方もいるけど、それは経済状況がよくなかったり、親の形見だったりした場合だ。それでも直近の夜会で着たドレスを着ることはほぼない。

「今回の夜会のためにドレスを新調した女性には気の毒なことをしたと、陛下がそう仰ったそうよ。断罪のための夜会だったと知っていたら、新調しなかっただろうにと王妃様とアデル様が仰ったとか」
「そ、そう」

 確かに女性にとって夜会はドレスを新調出来る貴重な機会だ。王妃様たちが陛下に進言なさった、というか叱られたのかもしれない。女性の楽しみを台無しにして、と責められる陛下の姿が浮かんだ。あの夜会後の面談を思えばその方がしっくりくる気がした。
 それに……ちょうど私も同じことを考えていたのだ。あのドレスをあれきりで終わらせるのはもったいなかった。そりゃあ、別の機会に着ることも出来るけど、あれだけ立派な品となると着られる夜会も限られてきそうだから。



 その機会は直ぐにやってきた。一週間後の同じ時間帯に夜会が開かれることになったからだ。元々慣例で嵐など不測の事態に備えて予備日が設けられているけれど、それがこんな形で生かされる日が来るとは思わなかった。

(さすがに二度目だと、感動がないかも……)

 前回は心が躍ったドレスも、二度目、しかもあの断罪劇の後ではどうにも気が滅入った。父のせいもあるだろう。あれから特に王宮などからの問い合わせはないけれど、捜査は続いているのだろうし……自分は悪くないと言い張る父の姿がしっくり来て、余計に頭が痛くなった。そう言えば我が家のタウンハウスと義母たちはどうなっているのだろう。

「もう、アンったら。もっと晴れやかな顔をしなさいな」
「わかってるわよ。でも、父たちの事を思い出したら気が重いのよ……」

 そう、世間にも父のことは知られているだろう。昔から問題ありの我が家だったから今更ではあるけれど、今までは公の場に出なかったから直接言われなかっただけだ。今夜は……何を言われるかわからない。

「だからこそ尚更ですわ。他家に付け込まれないようにしっかりなさって下さい!」
「わ、わかったわ」

 確かにエリーの言う通りだ。父のことは父の責任で、ここでオドオドしていたら相手の思う壺だろう。それに今日はオーリー様も一緒だ。早々暴言を吐かれることはない、と思いたい。

「アンジェ、大丈夫?」

 馬車に乗るとオーリー様に声をかけられた。アデル様は昨日から王宮に行ってそのままお泊りになったから、今は二人だけだ。そのことも私の精神を削っている気がする。

「大丈夫ですよ」

 どうやらオーリー様にまで心配をかけてしまっていたらしい。悩んでも仕方がないのだ。だったら今まで通り外野の騒音なんか気にしなければいいだけだ。私はそっと気合を込めた。




しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。

曽根原ツタ
恋愛
 ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。  ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。  その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。  ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?  

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...