77 / 107
王太子夫妻との会談
しおりを挟む
それから三日後、今度は王城に呼ばれた。ルシアン様からオーリー様に会いたいとの連絡があったのだ。夜会でも改めて今度と言われていたけれど、その日は思ったよりも早かった。王太子だから予定が詰まっているだろうと思ったからだ。
「ルシアン、すまなかった」
「全くですよ、兄上。どうしてあの時相談して下さらなかったのです?」
「……面目ない」
その後もルシアン様からのお説教が続いて、オーリー様は大人しくそれを聞いていた。ルシアン様の気持ちもわからなくもない。ジョアンヌ様とのことを一人で何とかしようとせず、誰かに相談していたら現状は変わっていたかもしれないのだ。そりゃあ、あの結婚は王命で政略が大きく絡んでいたから簡単ではなかったかもしれないけれど。
「はぁ、悪いと思っているなら代わって下さい」
「それは無理だろう」
「……即答ですか。少しは考えてくれてもいいのに……」
「だがな、ルシアン」
「ああ、わかっていますよ。でも、文句の一つくらい、言っておきたかったんです」
一つどころか百を越えたかもしれないけれど、それくらい思うところがおありだったのだろう。でも気落ちはわからなくもない。急に王太子になれなどと言われて物凄く困惑しただろうから。
「ああ、アンジェリク嬢、すみません。自分の心に折り合いをつけるために言いたかっただけです。本気で代わって欲しいわけじゃありませんから。いや、代われるものなら代わって欲しいんですけどね」
「い、いえ、私のことは、お気になさらず……」
「兄上、睨まないで下さいよ。これも兄上のせいなんですからね」
「……すまない」
「ほらほら、ルシアン様、もうよろしいでしょう? アンジェリク様がお困りですわ」
「……わかったよ」
グレース様に諭されてそっぽを向いたルシアン様はまだ言い足りなかったのかもしれない。でもグレース様は笑顔だし、ルシアン様も苦笑と言った感じで険悪な感じはしなかった。兄弟喧嘩みたいなものだろうか。
「それよりもルシアン様。あの件をお話するおつもりだったのでしょう?」
「あ、ああ……」
どうやらただ文句を言いたいだけではなかったらしい。ルシアン様が側近だけを残して部屋を出るように指示するのを見て自ずと背が伸びた。
「実は、ナヴァール国の動きが怪しくなっているんだ」
「ナヴァール国が?」
ナヴァール国は我がリファール辺境伯領に接する隣国だ。もう長い間小競り合いが続いていて、今の陛下になってからは他国との関係改善を進めている我が国にとって数少ない火種とも言える。
「まだはっきりした動きはないけれど、第一王子は自身の立場を強くするために我が国に攻め入ろうと考えているらしいんだ」
「やはりか」
ルシアン様の話にオーリー様が同意したけれど、その話は私も知っていた。ナヴァールの現王は高齢で、そろそろ代替わりすると言われているが後継者を決めていない。そのため正妃腹の第一王子と側妃腹の第二王子が大々的に後継者争いを繰り広げているのだ。二人とも四十代前半で能力も経験もあっていい勝負なのだけれど、こちら側からするとどう転がるのかわからず厄介でもある。我が国的には穏健派の第二王子の即位が望ましいのだけど……
「リファールにも今後影響が出るでしょう。父上から言うと話が大きくなるで、内々に私から話すようにと言われたのです」
「そうか」
「兄上の体調が戻ったのであれば、早々に結界の修復をお願いします。ただ、無理はして頂きたくはないのですが……」
「いや、教えてくれて有り難い。あちらが手を出して来たら私だって無傷ではいられないんだ。早々に領に戻って修復を始めたい」
「すみません、兄上」
「いや、今は体調もいいし、アンジェもいてくれる。攻め入られる前に片付けたいな。アンジェもいいだろうか?」
「勿論です」
私の方こそ異論はなかった。リファールは私の家で領民は家族だ。一人も犠牲者を出したくない。
「父上から結界に必要な魔石も預かっています。今日中にはお祖母様の宮に届けさせましょう」
「それは有難い。魔石があれば効率も効果もぐっと上がる」
結界の張り方は二つあって、一つは魔力のみで、もう一つは魔石を利用するものだ。効率も効果も魔石があった方が格段に強いし長く維持出来るけれど、魔石は高価で入手が困難だ。今までは我が領で魔石を購入していたけれど、財政的に欲しいと思うほど買うのは難しかった。王家から頂けるのならこんなに有難いことはない。
「兄上、アンジェリク嬢。我が国は今、ベルクール公爵に連なる貴族の多くが処罰されたせいで他国からは攻め入る好機と見られています。しかし父上も私も戦争は避けたい。ナヴァールが手を出せなかったと知られれば他の国も引くでしょう」
「その通りだな」
それは逆を言えば我が領が攻め入られれば、他の国もどう動くかわからないということだ。友好関係を築いても同盟を結んでいなければ攻め入られる可能性は高い。
「父上からリファール辺境伯宛の書簡も預かっています。必要な物資も一両日中にはリファールに向かいます」
「わかった。何としてもナヴァールを抑えよう」
「微弱ながら最善を尽くします」
「兄上、アンジェリク嬢も。どうか頼みます。ですが、絶対に無理はなさらないで下さい」
ルシアン様とグレース様、そして側近の方々が深く頭を下げた。その様子からナヴァールはかなりの確率で我が国への侵攻を考えているのだと察した。
「ルシアン、すまなかった」
「全くですよ、兄上。どうしてあの時相談して下さらなかったのです?」
「……面目ない」
その後もルシアン様からのお説教が続いて、オーリー様は大人しくそれを聞いていた。ルシアン様の気持ちもわからなくもない。ジョアンヌ様とのことを一人で何とかしようとせず、誰かに相談していたら現状は変わっていたかもしれないのだ。そりゃあ、あの結婚は王命で政略が大きく絡んでいたから簡単ではなかったかもしれないけれど。
「はぁ、悪いと思っているなら代わって下さい」
「それは無理だろう」
「……即答ですか。少しは考えてくれてもいいのに……」
「だがな、ルシアン」
「ああ、わかっていますよ。でも、文句の一つくらい、言っておきたかったんです」
一つどころか百を越えたかもしれないけれど、それくらい思うところがおありだったのだろう。でも気落ちはわからなくもない。急に王太子になれなどと言われて物凄く困惑しただろうから。
「ああ、アンジェリク嬢、すみません。自分の心に折り合いをつけるために言いたかっただけです。本気で代わって欲しいわけじゃありませんから。いや、代われるものなら代わって欲しいんですけどね」
「い、いえ、私のことは、お気になさらず……」
「兄上、睨まないで下さいよ。これも兄上のせいなんですからね」
「……すまない」
「ほらほら、ルシアン様、もうよろしいでしょう? アンジェリク様がお困りですわ」
「……わかったよ」
グレース様に諭されてそっぽを向いたルシアン様はまだ言い足りなかったのかもしれない。でもグレース様は笑顔だし、ルシアン様も苦笑と言った感じで険悪な感じはしなかった。兄弟喧嘩みたいなものだろうか。
「それよりもルシアン様。あの件をお話するおつもりだったのでしょう?」
「あ、ああ……」
どうやらただ文句を言いたいだけではなかったらしい。ルシアン様が側近だけを残して部屋を出るように指示するのを見て自ずと背が伸びた。
「実は、ナヴァール国の動きが怪しくなっているんだ」
「ナヴァール国が?」
ナヴァール国は我がリファール辺境伯領に接する隣国だ。もう長い間小競り合いが続いていて、今の陛下になってからは他国との関係改善を進めている我が国にとって数少ない火種とも言える。
「まだはっきりした動きはないけれど、第一王子は自身の立場を強くするために我が国に攻め入ろうと考えているらしいんだ」
「やはりか」
ルシアン様の話にオーリー様が同意したけれど、その話は私も知っていた。ナヴァールの現王は高齢で、そろそろ代替わりすると言われているが後継者を決めていない。そのため正妃腹の第一王子と側妃腹の第二王子が大々的に後継者争いを繰り広げているのだ。二人とも四十代前半で能力も経験もあっていい勝負なのだけれど、こちら側からするとどう転がるのかわからず厄介でもある。我が国的には穏健派の第二王子の即位が望ましいのだけど……
「リファールにも今後影響が出るでしょう。父上から言うと話が大きくなるで、内々に私から話すようにと言われたのです」
「そうか」
「兄上の体調が戻ったのであれば、早々に結界の修復をお願いします。ただ、無理はして頂きたくはないのですが……」
「いや、教えてくれて有り難い。あちらが手を出して来たら私だって無傷ではいられないんだ。早々に領に戻って修復を始めたい」
「すみません、兄上」
「いや、今は体調もいいし、アンジェもいてくれる。攻め入られる前に片付けたいな。アンジェもいいだろうか?」
「勿論です」
私の方こそ異論はなかった。リファールは私の家で領民は家族だ。一人も犠牲者を出したくない。
「父上から結界に必要な魔石も預かっています。今日中にはお祖母様の宮に届けさせましょう」
「それは有難い。魔石があれば効率も効果もぐっと上がる」
結界の張り方は二つあって、一つは魔力のみで、もう一つは魔石を利用するものだ。効率も効果も魔石があった方が格段に強いし長く維持出来るけれど、魔石は高価で入手が困難だ。今までは我が領で魔石を購入していたけれど、財政的に欲しいと思うほど買うのは難しかった。王家から頂けるのならこんなに有難いことはない。
「兄上、アンジェリク嬢。我が国は今、ベルクール公爵に連なる貴族の多くが処罰されたせいで他国からは攻め入る好機と見られています。しかし父上も私も戦争は避けたい。ナヴァールが手を出せなかったと知られれば他の国も引くでしょう」
「その通りだな」
それは逆を言えば我が領が攻め入られれば、他の国もどう動くかわからないということだ。友好関係を築いても同盟を結んでいなければ攻め入られる可能性は高い。
「父上からリファール辺境伯宛の書簡も預かっています。必要な物資も一両日中にはリファールに向かいます」
「わかった。何としてもナヴァールを抑えよう」
「微弱ながら最善を尽くします」
「兄上、アンジェリク嬢も。どうか頼みます。ですが、絶対に無理はなさらないで下さい」
ルシアン様とグレース様、そして側近の方々が深く頭を下げた。その様子からナヴァールはかなりの確率で我が国への侵攻を考えているのだと察した。
98
あなたにおすすめの小説
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
【完結】妹に全部奪われたので、公爵令息は私がもらってもいいですよね。
曽根原ツタ
恋愛
ルサレテには完璧な妹ペトロニラがいた。彼女は勉強ができて刺繍も上手。美しくて、優しい、皆からの人気者だった。
ある日、ルサレテが公爵令息と話しただけで彼女の嫉妬を買い、階段から突き落とされる。咄嗟にペトロニラの腕を掴んだため、ふたり一緒に転落した。
その後ペトロニラは、階段から突き落とそうとしたのはルサレテだと嘘をつき、婚約者と家族を奪い、意地悪な姉に仕立てた。
ルサレテは、妹に全てを奪われたが、妹が慕う公爵令息を味方にすることを決意して……?
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる