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帰郷
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ルシアン様にナヴァール国の話を聞いた翌日、アデル様の宮に王家から魔石が届いた。
「凄い……一級、ううん、特級品だわ……」
届けられた魔石は大きさも質も最上級とも言えるレベルだった。我が家でも一級が精一杯だ。国境に張る結界の魔石ともなれば大きさも質も上級でなければ意味がない。
我が領の国境にある魔石は全部で十四個が必要だけど、割れたりして今は九個しかない。でもこのレベルの魔石一つは我が領の予算の五分の一くらいはするから、二、三年に一個手に入れるのが精一杯なのだ。目の前にあるのは六つの魔石だ。これなら手薄になっている場所に追加することが出来る。
「凄いな、これだけのものを……」
「それだけナヴァールが我が国にとって脅威ということね」
「お祖母様」
「そうそう、ジゼルから文が届いていたわ。それにもナヴァールの動きが怪しいとあるから、あまり時間はないかもしれないわ」
お祖母様からの手紙からも国境付近にナヴァールの兵の姿が増えたとあるので、第一王子が攻め入る隙を伺っているのかもしれない。
「ナヴァールの様子は王都よりもリファールの方が詳しいかもしれないわね」
「ええ。祖父はナヴァール王宮にも人を送っていますから」
「さすがはレオナール卿ね。となれば、オードリック」
「はい」
「本当の意味での名誉挽回よ。心してかかりなさい」
「勿論です」
「アンジェ、オードリックをお願いね。弱音を吐いたら蹴りを入れてやって」
「お、お祖母様!?」
「失恋して自棄になったあなたが信じ切れないと言っているの。悔しかったら挽回してみせなさいな」
「う……はい」
アデル様は容赦がなかった。こういうところ、お祖母様に似ているなと思う。さすがに蹴りを入れるなんて恐れ多いけれど、活を入れるくらいなら問題ないだろうか。
「お祖母様、明後日には発とうと思うのですが」
「そうね。準備も必要だけど余裕もないものね。明後日の朝には発てるよう準備を急がせるわ」
「ありがとうございます」
こうして私たちは早々に王都を離れてリファールに戻ることになった。王家からは魔石以外にも備蓄用の食料や武器、馬を頂いたうえ、魔術師や騎士たちも派遣して貰える事になった。
行きはゆっくりだったけれど、帰りは八日で屋敷に戻った。オーリー様の体調に問題がなく、またあまり猶予がないように思えたからだ。結界を張るのにも時間がかかる。なんせ国境の魔石のある場所を回らなければならないから、物資などは後からついてきてもらうことにして、私たちは魔石と共に領に戻った。
「アンジェ、オードリック様もよくご無事で……」
「お帰りなさい、アン」
「お祖父様、お祖母様、戻りました」
「エド、戻ったよ」
「殿下、よくぞご無事で!」
私が祖父母との再会を喜ぶ横で、オーリー様目掛けて駆けてきたのはエドガール様だった。忠心厚い彼にとっては離れていた日々は一日千秋の思いだっただろう。
「ああ、エド。留守の間世話をかけたな」
「いえ、ご無事でお戻り頂けたならばそれだけで十分にございます」
オーリー様も時々犬っぽく見えるけれど、エドガール様は正に忠犬だなと思った。そこまで慕ってくれる部下がいるのは幸せだと思う。
「アン、早速だけどナヴァールの動きが怪しくなってきたわ。王が危篤になったとの情報もあるの」
「ナヴァール王が?」
「うむ。王宮を探っている部下からかなり危ないとの連絡があった。次期王の後継者もないようだ。まぁ、指名してもしなくても一波乱あるだろうが」
「そうね。第一王子は王妃腹だけど能力が低く短慮で好戦的というわ。その点第二王子は血筋こそ劣っても優秀で穏健派。我が国にとっては第二王子の方が望ましいわね」
「お祖母様、貴族達の動きは?」
「そうね、今のところ拮抗、かしら。ただ王妃の実家がかなり強引に囲い込みをしているみたい。貴族の本音は第二王子だと思うけどね」
貴族としても戦争になれば無傷ではいられない。しかもナヴァールは二年前の干ばつで大きなダメージを受けているから、あまり余裕はないと思われる。ただ、王妃の実家は公爵家で力があるから圧力をかけられれば従わざるを得ないだろう。
「辺境伯に夫人。結界の張り直しを急ぎましょう」
「オードリック?」
「お祖母様、陛下から内々に結界の修復を承ったのです。魔石も頂きました」
「まぁ……」
魔石を見せると、お祖父様もお祖母様も感嘆の声を上げた。それからルシアン様から聞いた話をすると、お二人の顔つきが変わった。
「本当に戦争になるかもしれないわね」
お祖母様は笑みを浮かべていたけれど、それはどこか固くて引き攣っているようにも見えた。それだけ事態は緊迫しているのだろう。
「オードリック様。早速ですが結界のための要を回る準備をお願いします。アンジェも協力を頼む」
要とは魔石を置いてある祠のようなものだ。厳重に隠されているので普通に探しても見つからない。
「勿論です、レオナール卿」
「ええ、お祖父様」
「であれば、早急に精鋭の騎士で部隊を編成しましょう」
「お待ちください、レオナール卿」
お祖父様の提案に待ったをかけたのはオーリー様だった。
「今部隊を動かせばナヴァールに気付かれます。出来れば……私とアンジェ、エド、それから……ジョエル殿とエリー殿で行かせては貰えないでしょうか?」
「凄い……一級、ううん、特級品だわ……」
届けられた魔石は大きさも質も最上級とも言えるレベルだった。我が家でも一級が精一杯だ。国境に張る結界の魔石ともなれば大きさも質も上級でなければ意味がない。
我が領の国境にある魔石は全部で十四個が必要だけど、割れたりして今は九個しかない。でもこのレベルの魔石一つは我が領の予算の五分の一くらいはするから、二、三年に一個手に入れるのが精一杯なのだ。目の前にあるのは六つの魔石だ。これなら手薄になっている場所に追加することが出来る。
「凄いな、これだけのものを……」
「それだけナヴァールが我が国にとって脅威ということね」
「お祖母様」
「そうそう、ジゼルから文が届いていたわ。それにもナヴァールの動きが怪しいとあるから、あまり時間はないかもしれないわ」
お祖母様からの手紙からも国境付近にナヴァールの兵の姿が増えたとあるので、第一王子が攻め入る隙を伺っているのかもしれない。
「ナヴァールの様子は王都よりもリファールの方が詳しいかもしれないわね」
「ええ。祖父はナヴァール王宮にも人を送っていますから」
「さすがはレオナール卿ね。となれば、オードリック」
「はい」
「本当の意味での名誉挽回よ。心してかかりなさい」
「勿論です」
「アンジェ、オードリックをお願いね。弱音を吐いたら蹴りを入れてやって」
「お、お祖母様!?」
「失恋して自棄になったあなたが信じ切れないと言っているの。悔しかったら挽回してみせなさいな」
「う……はい」
アデル様は容赦がなかった。こういうところ、お祖母様に似ているなと思う。さすがに蹴りを入れるなんて恐れ多いけれど、活を入れるくらいなら問題ないだろうか。
「お祖母様、明後日には発とうと思うのですが」
「そうね。準備も必要だけど余裕もないものね。明後日の朝には発てるよう準備を急がせるわ」
「ありがとうございます」
こうして私たちは早々に王都を離れてリファールに戻ることになった。王家からは魔石以外にも備蓄用の食料や武器、馬を頂いたうえ、魔術師や騎士たちも派遣して貰える事になった。
行きはゆっくりだったけれど、帰りは八日で屋敷に戻った。オーリー様の体調に問題がなく、またあまり猶予がないように思えたからだ。結界を張るのにも時間がかかる。なんせ国境の魔石のある場所を回らなければならないから、物資などは後からついてきてもらうことにして、私たちは魔石と共に領に戻った。
「アンジェ、オードリック様もよくご無事で……」
「お帰りなさい、アン」
「お祖父様、お祖母様、戻りました」
「エド、戻ったよ」
「殿下、よくぞご無事で!」
私が祖父母との再会を喜ぶ横で、オーリー様目掛けて駆けてきたのはエドガール様だった。忠心厚い彼にとっては離れていた日々は一日千秋の思いだっただろう。
「ああ、エド。留守の間世話をかけたな」
「いえ、ご無事でお戻り頂けたならばそれだけで十分にございます」
オーリー様も時々犬っぽく見えるけれど、エドガール様は正に忠犬だなと思った。そこまで慕ってくれる部下がいるのは幸せだと思う。
「アン、早速だけどナヴァールの動きが怪しくなってきたわ。王が危篤になったとの情報もあるの」
「ナヴァール王が?」
「うむ。王宮を探っている部下からかなり危ないとの連絡があった。次期王の後継者もないようだ。まぁ、指名してもしなくても一波乱あるだろうが」
「そうね。第一王子は王妃腹だけど能力が低く短慮で好戦的というわ。その点第二王子は血筋こそ劣っても優秀で穏健派。我が国にとっては第二王子の方が望ましいわね」
「お祖母様、貴族達の動きは?」
「そうね、今のところ拮抗、かしら。ただ王妃の実家がかなり強引に囲い込みをしているみたい。貴族の本音は第二王子だと思うけどね」
貴族としても戦争になれば無傷ではいられない。しかもナヴァールは二年前の干ばつで大きなダメージを受けているから、あまり余裕はないと思われる。ただ、王妃の実家は公爵家で力があるから圧力をかけられれば従わざるを得ないだろう。
「辺境伯に夫人。結界の張り直しを急ぎましょう」
「オードリック?」
「お祖母様、陛下から内々に結界の修復を承ったのです。魔石も頂きました」
「まぁ……」
魔石を見せると、お祖父様もお祖母様も感嘆の声を上げた。それからルシアン様から聞いた話をすると、お二人の顔つきが変わった。
「本当に戦争になるかもしれないわね」
お祖母様は笑みを浮かべていたけれど、それはどこか固くて引き攣っているようにも見えた。それだけ事態は緊迫しているのだろう。
「オードリック様。早速ですが結界のための要を回る準備をお願いします。アンジェも協力を頼む」
要とは魔石を置いてある祠のようなものだ。厳重に隠されているので普通に探しても見つからない。
「勿論です、レオナール卿」
「ええ、お祖父様」
「であれば、早急に精鋭の騎士で部隊を編成しましょう」
「お待ちください、レオナール卿」
お祖父様の提案に待ったをかけたのはオーリー様だった。
「今部隊を動かせばナヴァールに気付かれます。出来れば……私とアンジェ、エド、それから……ジョエル殿とエリー殿で行かせては貰えないでしょうか?」
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