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オーリー様が姿を消してから三年が過ぎた。
あれから色んな事があった。
ベルクール公爵たちの処罰が行われたのは、オーリー様が行方不明になってから三月が経った頃だった。公爵家は取り潰しになり、彼に追従していた者たちも同じような憂き目にあった。かなりの家が廃爵や降爵となり、処刑を免れた者たちも、平民に落とされて王都から追放された。王宮の勢力図はガラッと変わり、今はアーリンゲ侯爵を中心とする一派が実権を握って随分風通しがよくなったと言われている。
ジョアンヌ様は父親の処刑後にセザール様と離婚した。オーリー様に復縁を持ち掛けたことに婚家が激怒し、抵抗虚しく離婚が成立してしまったという。一度リファールを訪ねて来たけれど既にオーリー様は行方不明、王都に戻る途中で知り合った男に騙されて残っていた財産を持ち逃げされ、修道院に保護された。セザール様に助けを求めたけれど無視されて、そこで完全に心が折れたとか。その後、修道院に出入りする商人に後妻として嫁ぎ、女児を授かったという。
一方のセザール様は離婚後すぐに再婚したけれど、生まれた子供は両親に全く似ていなかったという。調べた結果愛人には恋人が何人もいて、誰が父親かわからないと言われたとか。その後愛人は家を出て、子は養子に出され、親の勧めで公爵家の侍女をしていた子爵家の令嬢を妻に迎えた。でも一年以上経ってもまだ子が出来ないため、セザール様は種無しではないかと噂されているという。
またオーリー様への振る舞いが暴露され、社交界では恥知らずと後ろ指をさされているという。友人たちからも距離を置かれ、最近では酒に逃げて出仕もままならないとか。
後からお祖母様に聞いたのだけど、あの二人の私への振る舞いにオーリー様は相当お怒りだったらしい。リファールに直ぐに戻らなければならなくなったため、アデル様にあの二人への報復を頼んでいたそうだ。あの時のオーリー様の怒りは相当なもので、あんな姿は初めて見たとアデル様が仰ったとか。私からはそんな風には見えなかったので驚くばかりだった。
そして私は今、当主の仕事をお祖父様から引継いでいる最中だ。二年半前にお祖父様が怪我で暫く動けなくなったのをきっかけに、少しずつ業務を引き継ぐことになった。当主教育を受けていなかったので、この二年間は無我夢中で文字通り寝る間も惜しんで勉強と実務の日々だった。
「アンジェ様、領地の穀物の出来高の報告書です。進めていた土壌改良の成果がかなり出ていますよ」
「まぁ、本当だわ。これは……思った以上の成果ね」
「はい。これを他の土地にも広げていけば、領内の収穫量は大幅に増加するでしょう」
「ここまで変わるとは思わなかったわ」
そんな私を支えてくれたのは、家令のテランスやマティアスだった。マティアスとはベルクール公爵の嫡男だったあのマティアスだ。彼らの祖母と仲がよかったアデル様が平民になった彼らを案じてお祖母様に相談し、じゃうちでこき使ってあげると言って話がまとまったらしい。
最初は罪人の自分にはそんな資格はないと固辞していたマティアスだったけれど、エマも一緒にと打診したらようやく了承した。妻子に類が及ばないよう離婚して実家に帰したマティアスにとって、エマは最後に残った身内だったから、このまま平民として暮らすよりは……と思ったのだろう。ここは王都から遠いし、彼らの事情はうちの屋敷に勤める者は知っている。慢性的な人材不足の我が領で二人は消極的な歓迎を受け、今はその能力で認められていた。
「エリー、お茶を淹れてくれない? 一息つきたいわ」
「そうね、今日の気分は?」
「う~ん、ちょっと暑いからさっぱりしたのがいいわね」
「じゃ、ガーラン産なんかどうかしら?」
「あら、いいわね」
出されたお茶を口に含むと爽やかな香りが広がった。ホッと息をつくと、肩に入っていた力が少しだけ抜けた気がした。
「エリー、明日の準備は?」
「ほぼ終わっているわ」
「ああ、明日からは山でしたね」
「ええ。五日ほど屋敷を開けるけどお願いね」
「畏まりました」
私は定期的に山に入っていた。半分は十四ある要を定期的に回って異常がないか確認するためで、あと半分は半分はオーリー様を探すためだ。オーリー様が残してくれた結界を護りたいのと、オーリー様の手掛かりを一つでも見つけたいのもあった。
「今度こそ、何か見つかるといいわね」
「……そうね」
これまでにもう二十回以上、オーリー様を探しに行っているけれど、未だに所持品の一つも見つけられなかった。お祖父様の斥候を使って隣国にも探りを入れたけれど、あちらにオーリー様が捕まっているという情報もない。それでも諦めきれないのは結界が力強く機能しているせいだろうか。
「今回はどちらに?」
「一番目から三番目よ」
「それでは……」
「ええ、今度こそ何か手掛かりを見つけたいわね」
オーリー様がいなくなって三年。たった三年しか経っていないと思うけれど、もう三年だという人もいる。王家からもいい加減に婚約を白紙に……と言われているけれど、私はまだ踏ん切りがつかずにいた。結界からオーリー様の魔力を感じるせいだろうか。どうしてもどこかで生きていると思えてならなかったのだ。
(そろそろ、区切りを付けなきゃいけないんだけど……)
もうじき私も二十三歳になって、居なくなった時のオーリー様の年に並ぶ。適齢期はとっくに過ぎて完全に売れ残りだ。王家からも次の婚約者の打診を頂いている。これ以上はと思うのだけど、もう少しだけ……と思ってしまうのだ。
(これが最後に、なるかもしれない……)
二か月後には王都に行く予定がある。その時に次の婚約の話が出るだろう。もうタイムリミットだということはわかっていた。
あれから色んな事があった。
ベルクール公爵たちの処罰が行われたのは、オーリー様が行方不明になってから三月が経った頃だった。公爵家は取り潰しになり、彼に追従していた者たちも同じような憂き目にあった。かなりの家が廃爵や降爵となり、処刑を免れた者たちも、平民に落とされて王都から追放された。王宮の勢力図はガラッと変わり、今はアーリンゲ侯爵を中心とする一派が実権を握って随分風通しがよくなったと言われている。
ジョアンヌ様は父親の処刑後にセザール様と離婚した。オーリー様に復縁を持ち掛けたことに婚家が激怒し、抵抗虚しく離婚が成立してしまったという。一度リファールを訪ねて来たけれど既にオーリー様は行方不明、王都に戻る途中で知り合った男に騙されて残っていた財産を持ち逃げされ、修道院に保護された。セザール様に助けを求めたけれど無視されて、そこで完全に心が折れたとか。その後、修道院に出入りする商人に後妻として嫁ぎ、女児を授かったという。
一方のセザール様は離婚後すぐに再婚したけれど、生まれた子供は両親に全く似ていなかったという。調べた結果愛人には恋人が何人もいて、誰が父親かわからないと言われたとか。その後愛人は家を出て、子は養子に出され、親の勧めで公爵家の侍女をしていた子爵家の令嬢を妻に迎えた。でも一年以上経ってもまだ子が出来ないため、セザール様は種無しではないかと噂されているという。
またオーリー様への振る舞いが暴露され、社交界では恥知らずと後ろ指をさされているという。友人たちからも距離を置かれ、最近では酒に逃げて出仕もままならないとか。
後からお祖母様に聞いたのだけど、あの二人の私への振る舞いにオーリー様は相当お怒りだったらしい。リファールに直ぐに戻らなければならなくなったため、アデル様にあの二人への報復を頼んでいたそうだ。あの時のオーリー様の怒りは相当なもので、あんな姿は初めて見たとアデル様が仰ったとか。私からはそんな風には見えなかったので驚くばかりだった。
そして私は今、当主の仕事をお祖父様から引継いでいる最中だ。二年半前にお祖父様が怪我で暫く動けなくなったのをきっかけに、少しずつ業務を引き継ぐことになった。当主教育を受けていなかったので、この二年間は無我夢中で文字通り寝る間も惜しんで勉強と実務の日々だった。
「アンジェ様、領地の穀物の出来高の報告書です。進めていた土壌改良の成果がかなり出ていますよ」
「まぁ、本当だわ。これは……思った以上の成果ね」
「はい。これを他の土地にも広げていけば、領内の収穫量は大幅に増加するでしょう」
「ここまで変わるとは思わなかったわ」
そんな私を支えてくれたのは、家令のテランスやマティアスだった。マティアスとはベルクール公爵の嫡男だったあのマティアスだ。彼らの祖母と仲がよかったアデル様が平民になった彼らを案じてお祖母様に相談し、じゃうちでこき使ってあげると言って話がまとまったらしい。
最初は罪人の自分にはそんな資格はないと固辞していたマティアスだったけれど、エマも一緒にと打診したらようやく了承した。妻子に類が及ばないよう離婚して実家に帰したマティアスにとって、エマは最後に残った身内だったから、このまま平民として暮らすよりは……と思ったのだろう。ここは王都から遠いし、彼らの事情はうちの屋敷に勤める者は知っている。慢性的な人材不足の我が領で二人は消極的な歓迎を受け、今はその能力で認められていた。
「エリー、お茶を淹れてくれない? 一息つきたいわ」
「そうね、今日の気分は?」
「う~ん、ちょっと暑いからさっぱりしたのがいいわね」
「じゃ、ガーラン産なんかどうかしら?」
「あら、いいわね」
出されたお茶を口に含むと爽やかな香りが広がった。ホッと息をつくと、肩に入っていた力が少しだけ抜けた気がした。
「エリー、明日の準備は?」
「ほぼ終わっているわ」
「ああ、明日からは山でしたね」
「ええ。五日ほど屋敷を開けるけどお願いね」
「畏まりました」
私は定期的に山に入っていた。半分は十四ある要を定期的に回って異常がないか確認するためで、あと半分は半分はオーリー様を探すためだ。オーリー様が残してくれた結界を護りたいのと、オーリー様の手掛かりを一つでも見つけたいのもあった。
「今度こそ、何か見つかるといいわね」
「……そうね」
これまでにもう二十回以上、オーリー様を探しに行っているけれど、未だに所持品の一つも見つけられなかった。お祖父様の斥候を使って隣国にも探りを入れたけれど、あちらにオーリー様が捕まっているという情報もない。それでも諦めきれないのは結界が力強く機能しているせいだろうか。
「今回はどちらに?」
「一番目から三番目よ」
「それでは……」
「ええ、今度こそ何か手掛かりを見つけたいわね」
オーリー様がいなくなって三年。たった三年しか経っていないと思うけれど、もう三年だという人もいる。王家からもいい加減に婚約を白紙に……と言われているけれど、私はまだ踏ん切りがつかずにいた。結界からオーリー様の魔力を感じるせいだろうか。どうしてもどこかで生きていると思えてならなかったのだ。
(そろそろ、区切りを付けなきゃいけないんだけど……)
もうじき私も二十三歳になって、居なくなった時のオーリー様の年に並ぶ。適齢期はとっくに過ぎて完全に売れ残りだ。王家からも次の婚約者の打診を頂いている。これ以上はと思うのだけど、もう少しだけ……と思ってしまうのだ。
(これが最後に、なるかもしれない……)
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