【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

灰銀猫

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婚約の行方

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 オーリー様の突然の帰還は、驚きと安堵と不安で屋敷を包んだ。行方不明になって三年、髪の毛一筋の手掛かりもなかっただけにもう絶望的と思われていたのだから当然だろう。陛下だけでなくアデル様ですら、二年目を過ぎた頃からは諦めるよう言って来たのだから。
 それでも、三年前と変わりなく無事に戻って来たことで、誰もが安堵の息を吐いたし、涙を流して無事を喜ぶ人もいた。お祖父様は直ぐに王都に向かって早馬を飛ばした。
 というのも、二か月後の夜会では、陛下は私に新しい婚約者を決めるおつもりでいるからだ。相手にも内々に話がいっているだけに、今後どうなるのかとの不安があった。オーリー様が見つかれば問題ないと思うけれど、相手にも話が通っているし政略が関わってくる。陛下がどう判断されるのだろう。安堵の後で襲ってきたのは大きな不安だった。

 一方で魔力切れを起こした私は、それから十日ほどはベッドの上の住人だった。身体に力が入らなかったからだ。幸いにも意識はあったけれど、やるべき事ややりたい事がたくさんあるのに何一つ出来なかった。無念というか、何というか……

(こんな時に何の役にも立てないなんて……)

 そうは思うけれど、還ってきたオーリー様は殆どの時間を私の側で過ごした。これまでの三年間を埋めるようにも思えた。

「本当に、三年経っていたのだね……」

 しみじみとそう告げる言葉には、驚きよりも焦りや戸惑いの方が多く含まれているように感じた。私だったらきっとそう思っただろうなと思う。自分だけが三年取り残されたようなものなのだから。全ての人が等しく年を取っているのはどんな気持ちなのだろう。全く想像もつかない。

「でも、三年でよかったです。十年とか二十年後だったら……」
「それは、さすがに勘弁してほしいね」

 そう、十年二十年後だったら、戸惑いは今の比ではないだろう。親しい人もどれだけ残っているかわからないし。

「それに、マティアス殿がここにいたとはね」
「ええ、私も訪ねて来られた時は驚きました」

 彼らはアデル様の推薦を受けて我が家にやってきた。平民となって着の身着のままやって来た時には驚きしかなかった。かつての貴族然とした風貌はすっかり鳴りを潜め、平民服を纏い日焼けした姿は想定外としか言いようがなかったからだ。

「でも、彼のお陰で随分助かっていますから」
「だろうね。公爵家では父親は政略に忙しくて領地は彼に丸投げだったらしいからな」
「なるほど」
「それに、彼は農地改革の研究をしていたんだよ」
「研究って……マティアス様が、ですか?」
「ああ。彼は農地改良を進める若手のグループの中心的な存在だったんだ。公爵は興味がなかったようだけど、彼の祖父に当たる先代は土壌改良に熱心だったからね」

 なるほど、具体的な領地対策が次々と出てきたのはそういう理由だったのか。座学で学んで出てくるようなものではなかったのでずっと不思議に思っていたけれど、祖父の代から力を入れていたというのなら納得だった。

「それで……二ヶ月後の夜会でアンジェは新しい婚約者を紹介される予定なんだって?」
「……え、ええ、まぁ……」

 急に話が飛んで面食らってしまった。

「でも、オーリー様が見つかったのですから、もう関係ないかと……」
「そうは言っても、既に相手には話が通っているのだろう?」
「それは……確かにそんな感じでしたが……」

 陛下も無理にとは仰らなかったけれど、お祖母様もアデル様もそろそろ……と仰っていたからには、タイムリミットは近かったのだろう。王都に送った使者はまだ戻らない。

「そう。それで……アンジェはどうしたい?」
「どうって……」
「相手は?」
「……ジョフロワ公爵家の、クレマン様、です」
「ああ、ルイゾン殿の弟か……」
「ご存じでしたか?」
「兄の方はね。弟はさすがに年が離れていたから詳しくは。でも、ジョフロワ公爵家なら安心だね。あの家は堅実で政争に興味がないから」

 オーリー様の言う通り、ジョフロワ公爵家は公爵家でありながら裕福ではなく、贅沢を好まず領地経営に力を入れている家だった。だからこそ我が家の婿にとの話になったのだろう。

「アンジェは……」
「オーリー様がお戻りになったのなら、そのお話はなかったことになるのでは……」

 それは私の願望を大いに含んだ予測だった。だって新しい婚約者が選ばれたのは『オーリー様が戻らないから』という前提があるのだ。その前提がなくなった今、新たな婚約者は必要ないだろう。そう思いたい。

「ではアンジェは……私との婚約を、続けてくれる?」
「そ、それは……」

 そんな風に聞かれるとは思わなかった。これ、そうだと答えたらオーリー様がいいと言っているも同然で、それって……

「アンジェ?」
「……ぅ」

(そんな表情は反則です……!)

 そう叫びたかった。だって、そんな縋るような目で見上げてくるなんて……

(……オーリー様、あざといです……!)

 そうは思うけれど、そんなこと言えるはずもなく……結局再び同じように尋ねられて、私は小さな声で「はい……」と答えるのが精一杯で、そのままシーツを引き被って顔を隠してしまった。




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