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鬱々とした思い~廃嫡王子の回想
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リファールで転機があったと言えば、私は間違いなくブノワという薬師との出会いだったと今なら言える。アンジェは毒に侵された私を今更ながらに解毒しようとして、諦めなかった。そしてかつて王宮を追放された薬師を見つけ出して、解毒を始めたのだ。これは正直言って驚いた。今更体調が戻るとは思っていなかったからだ。
だが、効果はゆっくりと、でも着実に現れているのを感じた。重かった身体が軽くなり、消えることのなかった倦怠感が少しずつ消えていくのだ。朝目覚める度に感じるそれに、幻覚を見せる薬でも盛られているのかと疑ったほどだった。その上で流されるアンジェの魔力は一層心地よく、失っていた多くのものが少しずつ戻ってくるのを感じた。
その頃からだ、王都の様子を探る様になったのは。ベルクール公爵の動きも気になるし、王家がどう動く気なのかも把握しておく必要がある。それと同時にジョアンヌたちの現状も調べることにした。エドを通して私にだけ忠誠を誓った者たちを使い、王都の様子を報告させた。
ベルクール公爵は相変わらずやりたい放題で、最近ではすっかり油断して証拠を残すようなヘマが増えていた。いや、油断ではないか。ルシアンのところに王子が生まれたせいで焦っているが正しいか。ジョアンヌを王太子妃に出来なかったため、今度はルシアンの元に側妃を送り込もうと暗躍していたのに、王子が生まれてはそれも叶わない。ここで無理強いして夫婦仲が険悪になったら目も当てられないからと側妃の話はタブーになっていた。
ルシアンの妃の父アーリンゲ侯爵は策士だ。一方で隣国の王女を妻に迎えてその影響力は大きいが、自身の権力よりも王国の安定を優先する忠臣でもある。だからこそベルクール公爵も迂闊に手が出せない。下手をすれば返り討ちにある可能性もあったからだ。それくらいのことはアーリンゲ侯爵なら想定しているだろう。国としてはこのままルシアンが即位するのが最善なのだ。
リファールでの生活は少しずついい方に向かっていた。調子のいい時は身体を動かして汗を流せるくらいにはなったし、なくなった体力を取り戻そうという気にもなった。その原動力の一つになったのはあの男の存在だった。
「おいアン! 何やってんだよ?」
「何よジョエル。そこ邪魔」
「邪魔ってなんだよ。せっかく手伝ってやろうと思ったのに」
「え? そうなの? だったらこれお願いね」
「はぁ? うわ? 何だよ、この重てぇの!」
窓の下から聞こえるのは、アンジェとジョエルの会話だった。幼馴染で彼女の護衛だという彼は、家族しか呼ばない愛称を呼び、敬語も使わず気さくに彼女と話していた。最初は随分と遠慮がない関係なんだなとくらいにしか思っていなかったが、それが段々気に障る様になったのだ。
(……彼女は私の婚約者だろう?)
そうは思うのだが、婚約者としての私はとても及第点がとれる状態ではなかった。婿入りしても困らない程度の知識はあったが体力はないし、何よりも婿として子を成すという最も重要な役目を果たせない可能性が高い。だからこそ、形だけの婿でいい、子は別の者と成して欲しいと言ったのだが、今はそのことが私を苛立たせた。勿論、そんなことは表には一切出さなかったが。
その後も鬱々とした日を過ごしたが、隣国を訪問した父上の襲撃を抑え、ベルクール公爵を断罪に持ち込んだ。実際、公爵が父上を襲おうと計画を立てているのは早い段階で王家が掴んでいた。父上はご自身が囮になる気だったが、名誉回復のためにその役目を譲って貰った。それでこれまでの失点も多少はカバー出来るし、ベルクール公爵が犯人だとの証拠も握れる。
(そろそろベルクール公爵には退場して頂こうか)
十分にやりたい放題して人生を謳歌したのだ、十分だろう。ジョアンヌとセザールの現状からしても、断罪を躊躇する理由にはならなかった。
父上を守って王都に戻った後、お祖母様の宮に戻るとアンジェが出迎えてくれた。そのことに安堵するとともに、泣き顔に何かの箍が外れた気がした。
(マズいな……)
自分の性格はよく理解している。ジョアンヌには感じなかったそれは、大きな転機だったかもしれない。それを一層強めたのは、自分宛に届いた一通の手紙だった。
『今でもお慕いしています。お会いしたい』
要約するとそう書かれた手紙を握りつぶした。差出人の厚顔さに呆れるとともに、まだ自分を想っていると信じ切っている馬鹿さ加減に冷えた笑いが込み上げてきた。私が何も知らなかったと思っているのだろうか? 本人は隠し通せていると思っていただろうが、あの告白を聞いてからの彼女は呆れるほどあからさまだった。気付かずにいた自分が滑稽で情けなくもあった。
確かに幼い頃はたった一つの心の支えだった。王太子という立場から誰もが媚びへつらい、遠巻きにされていた私に、遠慮なく弟のように接してくれた二人は私の大切な姉兄であり親友であり幼馴染だったのだから。
だが、いつからだろうか。二人が私を下に見ていると感じるようになったのは。最初は後から仲間に入ったからそういうものだろうと思っていた。だが、それが何年も続けば私の中には敬愛の感情以外のものが芽生え育っていった。私は王太子で見下されるなと育てられただけに尚更だ。彼らに対しての愛情は少しずつ削られて、それ以外のものに置き換わっていったのに、彼らは少しも気づかない……
そしてその驕慢さは新しい婚約者も向かっていた。確かに公爵家と辺境伯家では家格が違うが、爵位も継いでいないただの令息令嬢と王子の婚約者では立場が違う。なのに彼らは昔のよしみに縋って何度も彼女を無視した。それを許されると思っている驕慢さには乾いた笑いが止まらなかった。そして私を嵌めようとしていることにも。
だからアンジェの前で、はっきりと断ってやった。アンジェがジョアンヌを気にしていたからだ。一方で美しくなったアンジェを見せつけたい気持ちもあった。ジョアンヌは嫁ぎ先で苦労したのか、美しさに陰りが出ていたのもある。彼女がアンジェを敵視したのもそれが一因だろう。彼女は昔から自分が一番であることに拘っていたから。
出来るなら徹底的に潰してもよかったけれど、それをするとアンジェに怖がられるだろうと思って諦めた。とは言っても手を抜くつもりはない。後でしっかりと報復するのは既定路線だ。アンジェを泣かせる者は誰だろうと許せない。泣かせていいのは私だけだから。
だが、効果はゆっくりと、でも着実に現れているのを感じた。重かった身体が軽くなり、消えることのなかった倦怠感が少しずつ消えていくのだ。朝目覚める度に感じるそれに、幻覚を見せる薬でも盛られているのかと疑ったほどだった。その上で流されるアンジェの魔力は一層心地よく、失っていた多くのものが少しずつ戻ってくるのを感じた。
その頃からだ、王都の様子を探る様になったのは。ベルクール公爵の動きも気になるし、王家がどう動く気なのかも把握しておく必要がある。それと同時にジョアンヌたちの現状も調べることにした。エドを通して私にだけ忠誠を誓った者たちを使い、王都の様子を報告させた。
ベルクール公爵は相変わらずやりたい放題で、最近ではすっかり油断して証拠を残すようなヘマが増えていた。いや、油断ではないか。ルシアンのところに王子が生まれたせいで焦っているが正しいか。ジョアンヌを王太子妃に出来なかったため、今度はルシアンの元に側妃を送り込もうと暗躍していたのに、王子が生まれてはそれも叶わない。ここで無理強いして夫婦仲が険悪になったら目も当てられないからと側妃の話はタブーになっていた。
ルシアンの妃の父アーリンゲ侯爵は策士だ。一方で隣国の王女を妻に迎えてその影響力は大きいが、自身の権力よりも王国の安定を優先する忠臣でもある。だからこそベルクール公爵も迂闊に手が出せない。下手をすれば返り討ちにある可能性もあったからだ。それくらいのことはアーリンゲ侯爵なら想定しているだろう。国としてはこのままルシアンが即位するのが最善なのだ。
リファールでの生活は少しずついい方に向かっていた。調子のいい時は身体を動かして汗を流せるくらいにはなったし、なくなった体力を取り戻そうという気にもなった。その原動力の一つになったのはあの男の存在だった。
「おいアン! 何やってんだよ?」
「何よジョエル。そこ邪魔」
「邪魔ってなんだよ。せっかく手伝ってやろうと思ったのに」
「え? そうなの? だったらこれお願いね」
「はぁ? うわ? 何だよ、この重てぇの!」
窓の下から聞こえるのは、アンジェとジョエルの会話だった。幼馴染で彼女の護衛だという彼は、家族しか呼ばない愛称を呼び、敬語も使わず気さくに彼女と話していた。最初は随分と遠慮がない関係なんだなとくらいにしか思っていなかったが、それが段々気に障る様になったのだ。
(……彼女は私の婚約者だろう?)
そうは思うのだが、婚約者としての私はとても及第点がとれる状態ではなかった。婿入りしても困らない程度の知識はあったが体力はないし、何よりも婿として子を成すという最も重要な役目を果たせない可能性が高い。だからこそ、形だけの婿でいい、子は別の者と成して欲しいと言ったのだが、今はそのことが私を苛立たせた。勿論、そんなことは表には一切出さなかったが。
その後も鬱々とした日を過ごしたが、隣国を訪問した父上の襲撃を抑え、ベルクール公爵を断罪に持ち込んだ。実際、公爵が父上を襲おうと計画を立てているのは早い段階で王家が掴んでいた。父上はご自身が囮になる気だったが、名誉回復のためにその役目を譲って貰った。それでこれまでの失点も多少はカバー出来るし、ベルクール公爵が犯人だとの証拠も握れる。
(そろそろベルクール公爵には退場して頂こうか)
十分にやりたい放題して人生を謳歌したのだ、十分だろう。ジョアンヌとセザールの現状からしても、断罪を躊躇する理由にはならなかった。
父上を守って王都に戻った後、お祖母様の宮に戻るとアンジェが出迎えてくれた。そのことに安堵するとともに、泣き顔に何かの箍が外れた気がした。
(マズいな……)
自分の性格はよく理解している。ジョアンヌには感じなかったそれは、大きな転機だったかもしれない。それを一層強めたのは、自分宛に届いた一通の手紙だった。
『今でもお慕いしています。お会いしたい』
要約するとそう書かれた手紙を握りつぶした。差出人の厚顔さに呆れるとともに、まだ自分を想っていると信じ切っている馬鹿さ加減に冷えた笑いが込み上げてきた。私が何も知らなかったと思っているのだろうか? 本人は隠し通せていると思っていただろうが、あの告白を聞いてからの彼女は呆れるほどあからさまだった。気付かずにいた自分が滑稽で情けなくもあった。
確かに幼い頃はたった一つの心の支えだった。王太子という立場から誰もが媚びへつらい、遠巻きにされていた私に、遠慮なく弟のように接してくれた二人は私の大切な姉兄であり親友であり幼馴染だったのだから。
だが、いつからだろうか。二人が私を下に見ていると感じるようになったのは。最初は後から仲間に入ったからそういうものだろうと思っていた。だが、それが何年も続けば私の中には敬愛の感情以外のものが芽生え育っていった。私は王太子で見下されるなと育てられただけに尚更だ。彼らに対しての愛情は少しずつ削られて、それ以外のものに置き換わっていったのに、彼らは少しも気づかない……
そしてその驕慢さは新しい婚約者も向かっていた。確かに公爵家と辺境伯家では家格が違うが、爵位も継いでいないただの令息令嬢と王子の婚約者では立場が違う。なのに彼らは昔のよしみに縋って何度も彼女を無視した。それを許されると思っている驕慢さには乾いた笑いが止まらなかった。そして私を嵌めようとしていることにも。
だからアンジェの前で、はっきりと断ってやった。アンジェがジョアンヌを気にしていたからだ。一方で美しくなったアンジェを見せつけたい気持ちもあった。ジョアンヌは嫁ぎ先で苦労したのか、美しさに陰りが出ていたのもある。彼女がアンジェを敵視したのもそれが一因だろう。彼女は昔から自分が一番であることに拘っていたから。
出来るなら徹底的に潰してもよかったけれど、それをするとアンジェに怖がられるだろうと思って諦めた。とは言っても手を抜くつもりはない。後でしっかりと報復するのは既定路線だ。アンジェを泣かせる者は誰だろうと許せない。泣かせていいのは私だけだから。
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