【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

灰銀猫

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新しい婚約者~廃嫡王子の回想

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(ここ、は……?)

 目が覚めた時、最初に視界に入ったのは薄暗い中でも枯れ葉色を主張する天井だった。全く身に覚えがないそれに、自分がどこにいるのかなどわかる筈もなかった。それでも……自分の魔力を周囲に感じてああ、結界が利いているのだなと思った。

「……誰か」

 大きい声を出そうとしたけれど、出てきたのは掠れて頼りないものだった。これでは気付いて貰えないだろうかと思ってもう一度声を出そうとしたところで、バサッと音がした。

「殿下!」

 振り向く前に耳に届いた声は、聞き慣れたものだった。

「…エド?」
「殿下! お目覚めになったのですね!!」

 真っ直ぐな性格で、直ぐに感情的になってしまうエドは今日も通常運転だった。私の元に駆け込むと、手を握って感極まった表情を浮かべた。ごつい男の手でがっしりと手を握られても嬉しくないし、手汗が気持ち悪い……何がどうなっているのだと必死に頭を稼働させて、蘇った記憶に飛び起きた。

「アンジェは!? アンジェは無事なのか!?」

 最後の記憶にあったのは森の中だった。最後に残った結界の要の魔石を好感し、魔力を流せば完成というところで、隣国の兵に見つかってしまった。結界が出来上がる前に捕虜になれば隣国に連れていかれる可能性もあり、そうなれば一層事態は面倒なことになる。それだけはどうしても避けたかった私は、強引に結界を修復させたが同時に切り付けられたのだ。私の魔力を感じるから結界は完全に修復されたが、それよりもアンジェの安否の方が重要だった。

「アンジェリク様はご無事です」
「本当か!?」
「は、はい。ですが今は……魔力切れを起こして……」
「魔力切れだと!?」

 結界の修復は私の役目で、彼女が魔力切れになるほど魔力を使う理由はない。どういうことだとエドを問い詰めて、私は益々混乱に陥った。

「三年も、経っている、だと……?」

 呆然とすることがあるとしたら、正にこの瞬間だっただろう。自分が三年間も行方不明で、しかも結界の要の中にいたなんてお伽噺でもあり得ない。
 だが、エドが言う通りだった。直後にアンジェに仕えるエリーがやって来たけれど、その面差しも証言もエドの言っていることを証明していたからだ。

(本当に、三年も……)

 ショックが大きいが、とにかく死ななかっただけ良しとすべきか。いや、目覚めたのが三年後で幸いだったのかもしれない。これが五十年、百年後だったらと思うとゾッとした。
 いや、今はそれよりもアンジェだ。彼女の無事な姿を見なければとても安心出来そうにない。止めるエドを黙らせて、私はアンジェが眠っているテントに向かった。

「アンジェ……」

 野営用のテントで毛布にくるまれて眠る彼女は、確かに私の婚約者だった。艶やかなピンク色の髪も、白い肌も、いつもよりもあどけなくなる寝顔も……ただ、やはり彼女もエドやジョエルと同じく、私の記憶よりも大人びて見えた。
 彼女は私を助けるために結界に魔力を流し、その後肩の傷を治すため最上級の治癒魔術をかけたため、魔力切れを起こして倒れてしまったという。魔力切れは命に関わる大問題だ。エリーが回復役を飲ませたがまだ目が覚めないというから、相当無理をさせてしまった。稀に目覚める事無く亡くなってしまう者もいるだけに、その恐怖に慄きながら彼女の目覚めを祈った。



 最初は、気の毒な娘だと思った。廃嫡された私を押し付けられたのは王家の命に二度も逆らった男の娘で、王家が認めた辺境伯家の跡取りだった。彼女の祖母が私の大叔母だったから表立ってお咎めはなかったが、彼女の父は既に後継者として失格の烙印を押されている。ベルクール公爵との関係も見られるので、いずれは罪に問われて廃籍されるのは確実だった。

 そんな彼女は鮮やかなピンク色の髪に金の瞳を持つ、王都でも珍しい色を持つ美少女だった。白い肌に儚げな顔立ちは庇護欲をそそるが、話してみると現実的で淡々としていて、そこには媚が一切見られなかった。

(だからだろうか、興味を持ったのは……)

 王太子としての立場故に、これまで会った令嬢は私に気に入られようとしているのが透けて見えた。婚約者だったジョアンヌだって媚びなかったのは幼少期の最初の頃だけ。成長すれば彼女も私の関心を買おうとしていた。心の奥には別の男を住まわせていたのに、だ。

(……今の私に媚びても、旨味はないか)

 既に廃嫡され、毒のせいで起き上がることもままならなくなった私では、いくら関心を買っても得られるものは少ない。それに婿として押し付けられながら私には子が出来ないのだ。彼女にとっては厄介者でしかないだろう。
 それでも、彼女は毎日私の部屋に顔を見せに来て、その都度治癒魔術をかけてくれた。彼女の魔力は素っ気ない態度とは裏腹に温かく染み入るようで。そのギャップに益々興味を持つようになった。他に相手をする者がいなかったのもあるだろう。鬱陶しいほど私の周りには人がいたのに、今は数えるほどしかいないのだから。

(まぁ、悪くないな……)

 五年の療養生活に比べると居心地がよかった。雨や風の音に耳を傾けること、空と雲の動きで明日の天気を読むのだと教えてもらい、それを楽しむ生活は新鮮ですらあった。


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