番が見つかったら即離婚! 王女は自由な平民に憧れる

灰銀猫

文字の大きさ
36 / 85
連載

父王からの言葉

しおりを挟む
 ジーク様との結婚披露パーティー。他国の王族の挨拶で最初に現れたのは、同盟の相手でもあり、私の母国の代表でもある父王と義母に当たる王妃、異母兄と…このパーティーへの出席を禁止されていた異母姉のカミラでした。
 父王と王妃に関しては、つい先ほどジーク様に知らされたところです。実は昨夜、父王と王妃が急遽この国の王宮を訪れたのだそうです。一応事前連絡はあったものの、今まで何度も偽の書簡を送ってきているマルダーンなだけに、ジーク様も宰相様も半信半疑だったと聞きます。
 なんせマルダーンからこの王城までは二週間かかるのです。王太子でもある異母兄も既に来ているのに、この上国王と王妃まで国を空けるなど、通常ではあり得ません。これを機によからぬ事を考える者達も現れるかもしれないのですから…
 でも、予定通り現れた父王と王妃に、マルダーン驚きを感じながらも丁重に迎えたと言います。そもそも国王がこの様な形で訪問するなど、非常識の類に入るのは間違いありません。それだけ必要に駆られた…という事でしょうか…一体何が…
 そして私は、王妃とカミラを前に、言い知れぬ息苦しさを感じました。

「エリサ、私がいる」

 私がこの状況を何とか理解しようと、他国の前で非常識な行動に出るのではと不安に襲われていると、ジーク様がそっと私を励ます様に囁かれました。ベールのせいで私の表情は見えないでしょうに…ジーク様の存在に、私は胸がつかえるような息苦しさが薄れるのを感じました。母国でされた数々の事に、私はすっかり委縮する癖がついていたようです。

「ジークヴァルト陛下、我が娘との婚姻を心から歓迎し祝福する。そして、二人の婚姻が両国の絆と今後の発展に繋がることを切に望む。そして…どうか我が娘を頼む」

 陛下の前に歩み出た父王は、いつものやる気のない濁った目をしていた記憶とは別人のように、明瞭な口調でそう告げました。最後の言葉は…ジーク様に向けたものなのでしょうか。側に居た者にしか届かないほどのものでしたが、私はその言葉に、父王がこの結婚を良しとしているのを感じました。全く想像していなかった言葉に、私は一瞬何を言っているのかと父王を凝視してしまいました。

「あ、あなた?」
「な…!お、お父様、何を…」

 父王の言葉にはっきり動揺を示したのは、王妃とカミラでした。いえ、この点に関しては同感です。どうやら二人とも父王の言葉とは別のものを期待していたようです。
 でも、他国の王族たちもいるこの場で、それ以外の言葉を期待するなど正気の沙汰ではありません。それこそマルダーンの信用など一瞬で失わせてしまうでしょう。

「マルダーン王に感謝する。エリサは心優しくよき王妃となろう。私も彼女を慈しみ守ると誓おう。両国の民のためにも、これからはよき関係を望む」

 動揺する王妃やカミラなど眼中にないかのように、ジーク様は父王の言葉に力強く応えました。ジーク様がそう言い切った事で、王妃はさすがにこれ以上の発言はマズイと感じた様です。顔を歪めながらも、下唇を噛む事で自身を律しているようにも見えました。

「お父様っ!」
「やめぬか。他国の王族の前で恥をさらす気か?」
「…っ!」

 カミラが声をあげましたが、父王が珍しくカミラに対して諫めるような口調でそう告げました。いつもはカミラがする事に口を出さなかったので意外です。カミラも驚きの表情を浮かべていますが…さすがに他国の王族の存在を口にされ、更に父王が踵を返したため、それ以上言葉をつづける事は出来なかったようです。
 王妃とカミラは戸惑いながらも私に鋭い視線を向けた後、父王に続きましたが…毎度の事ながら、それ、ジーク様や宰相様に見られているの、理解出来ないのでしょうか…あまりにも進歩のない二人に、私は頭が痛くなるのを感じました。それでも、この場であれ以上騒がなかった事にホッとしました。最後に異母兄が申し訳なさそうに一礼して去っていきましたが、苦労しているのでしょうね…

 それからは、私は延々と参加者の皆さんからの挨拶を受けました。マルダーンの次はラルセンの一番の同盟国でもあるセーデンで、その後はフェセンなどの王族が続きました。既にお顔を知っている方からそうでない方など様々でしたが…人数が多くてとても覚えられそうもありませんでした。

 挨拶が一通り終わると、後はダンスや会話、立食での食事の時間です。ラルセンでは結婚披露パーティーといっても、王妃は直ぐに退席するので、あまりお披露目といった感じはありません。そのため、参加者の社交の場であり、各国がそれぞれの人脈を広げる意味合いの方が強いそうですが、獣人の国では概ね似たような感じなのだと聞きました。



 挨拶が一通り終わったため、私はそろそろ退席の時間です。重いドレスに普段運動しない私の足はとっくに限界です。式の前から高いヒールに慣らしていましたが、さすがにこれだけ長いと辛いですわね。靴擦れになっている足を今すぐ解放したい気分ですが、それもあと少しの我慢です。

「エリサ、そろそろ」
「はい、ジーク様」

 ようやくジーク様から退席を促されて、私はようやくこの重責から解放されると安堵しました。今のところこれといった失敗もしていないので、出来ればこのまま綺麗に終わりたいところです。
 ただ、心配な事もあります…それは…言うまでもなくカミラの存在です。私が退席した後、何かやらかさないかと心配なのです。カミラの狙いがジーク様なのは明白なので、私がいなくなったらこれ幸いと、よからぬ事をしそうな気がします。いえ、確実にするでしょう。

「…ジーク様、あの…」
「エリサ、あの王女が何を企んでも問題にはならない。そこは話が付いているから何も心配いらない」
「話が?」
「詳しくは後で話そう。ここではさすがに、な」

 ジーク様が困ったような表情でそう言いましたが…確かにここで話す内容ではありませんわね。父のあの言葉と言い、何か私が思いもしない何かがあったのかもしれませんし…それでも、父王がこの婚姻に異を唱えなかった事は、私の心に思った以上に安堵をもたらしました。政略結婚の場合、当事者の王同士の意見が第一になりますから。マルダーンからの書簡について、もしかしたら説明があったのかもしれませんね。

 ジーク様にエスコートされた私は、再び盛大な拍手と共に退場となりました。今はやっと解放されるとの安堵感でいっぱいです。足もすでに限界を超えていますし、素敵なドレスではありますが今は早く脱ぎたい思いでいっぱいです。

「エリサ、最後までよく頑張ってくれた。ありがとう」

 私をエスコートしながらジーク様がそう囁きました。自分の結婚式ではありますが、まだ気持ちも追いついていませんし、今はそれよりも国事の色合いが強かったのもジーク様は気にされているのでしょうか。でも、それは私も理解していましたし、謝って頂く事ではないのですが…それに、こんなに素敵なウエディングドレスを着られるなんて、以前の私では想像でも出来ませんでしたから。

「いえ、私の方こそ…ありがとうございました」

 まだ色んな事に決着は付いていませんが…それでも今は、無事に結婚式と披露宴を終えられた事への安堵と、満足感でいっぱいです。百点満点ではなかったかもしれませんが、王妃としての役目は出来たと思います。
 そして何よりも…カミラ達に絡まれる事なく退場出来た事に物凄くホッとしている自分がいます。カミラの姿を見た時から、突撃してきた彼女にワインを掛けられるんじゃないか…と冷や冷やしていたのです。せっかくジーク様が用意して下さった素敵なドレスを最後まで汚さずに済んだ事は、私にとって大きな収穫にすら思えました。




「エリサ様、お疲れさまでした!」
「無事に終わってよかったわ」

 部屋に戻ると、ラウラやベルタさん達がお祝いムードで出迎えてくれました。これは最後まで無事に役目を果たせたことへのお祝いですわね。私が転ばないか…というレベルから、ジーク様狙いの他国の王女の突撃やこの結婚を良しとしない者達の襲撃まで、色んな危険が想定されていた式でした。特に今日は朝から火矢を放たれて一騒動あっただけに、それを無事に終えられた事は、本当に幸運でした。

「エリサ、後はゆっくり休んでくれ」
「あ、はい…ジーク様は…戻られるのですね」
「そうだな、私はまだ招待客の接待が残っているから」
「そうですか」
「心配は無用だ。マルダーンの王女はそなたの父王が部屋に引っ込めた」
「え?そ、うなのですか?」
「ああ、また後で詳しく話そう。今はゆっくり休んでくれ」
「わかりましたわ」

 私がこたえると、ジーク様は会場に戻られました。会場にはカミラがいるので、私が下がった後でジーク様に突撃するのでは…と心配だったのですが、既に部屋に戻らされたのですね。という事は…父王の反対を押し切って出席したのですか…相変わらずやりたい放題ですわね。

 ジーク様が戻られた後、私はドレスを脱いで湯浴みをし、簡単なドレスに着替えました。さすがにまだ夕刻前ですし、初夜の予定がないのもあります。どうなるのかしら…時になっていましたが、侍女さん達からはそんな気配は感じられません。もしかしたら…ジーク様が何か言って下さったのでしょうか…

 その後、焼き菓子やフルーツを頂きながらお茶をして、今日の式の様子をみんなに教えて貰いました。私はベールを被っていて周りが殆ど見えなかったから、どうなっていたのか凄く気になったのです。

「エリサ様、お客様です」
「お客様…?」
「セーデンのマリーア様ですわ」

 何と、セーデンのマリーア様が来ていると言われて、私はラウラと顔を見合わせました。
しおりを挟む
感想 822

あなたにおすすめの小説

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。 彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。 自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。 「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」 異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。 異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。