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夜会の後

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 夜会は無事に終わった。誰かに絡まれたり刺されたりする事もなく、五体満足で会場を後にした時には感無量だった。初めて尽くしの夜で、私の狭いキャパはいっぱいだったと思う。それでも天敵の上司が王太子殿下だと判明した事と、殿下の承認付きで公文書が交わせたのは大きな収穫だった。

(…王太子殿下のご命令だったのなら、公文書なんて必要なかったんだけどなぁ)

 貴族の一員として王族への忠誠心は持っているし、王族の中でも王太子殿下は、そのお人柄の清廉さと公平さで賢王になられるだろうと言われている。お会いして忠誠を誓うに値するお方だとの思いは一層強まった。子供の頃にお会いした事があったのは驚きだったけれど、その時の事を覚えて下さっていて、今も愛称で呼んで頂けるなんて光栄ですらある。あるのだけど…

(あの求婚は…冗談、よねぇ…)

 さすがにあの言葉を真に受けるほど若くはないし、夢を見る性格でもない。既に行き遅れで結婚しようなんて思いはとっくの昔にどこかに置いてきた。今は家族のために働くのが私の生きがいなのだ。
 第一、どう考えても釣り合わなすぎる。うちはそこそこ由緒ある家だと聞いているけど、今は貧乏で没落寸前だ。十年ほど前に起きた水害とその後に流行った疫病のせいで、それなりに豊かだった我が家はあっという間に借金持ちになってしまった。
 母は領民のために尽くしてこその領主との考えだから、王都のタウンハウスを手放し、借金をして水害の対策と補償、更には疫病対策に勤しんだ。そのお陰で昔の酷い状態からは抜け出せたけど、それでも借金は残っているし、返済が長い道のりなのには変わりない。そんな家の私が王太子妃だなんて、世界がひっくり返ってもないだろう。

(それでも、冗談でも求婚して貰えたのは光栄な事よね)

 王子様が迎えに行くのは、若くて可憐なお姫様だと相場は決まっている。適齢期を過ぎた気難しい女文官なんか、お姫様と王子様の間を邪魔する役がいいところだ。いや、人の恋路の邪魔をするつもりはないけど。現実を嫌と言うほど理解しているので、これはもう妄想のネタとして大事にとっておく案件だろう。脳内に永久保存だ。



 殿下の事は置いておいて、私は次の問題にとりかかった。それは天敵の事だ。王太子殿下の暗殺計画を阻止するため、そしてその一味に狙われている私を守るために婚約者にしたというのは理解したけど、問題はそのやり方だ。最初からきちんと説明してくれればよかったのに。そんな思いを奴にぶつけたのだけど…

「正直に話して、お前は俺の話を信じたのか?」

 呆れた表情で奴はそう言った。

「あ、当り前でしょう!」
「へぇ。初日っから敵愾心丸出しで、胡散臭い物を見る目で見ていたお前が?」
(…ぇ?そ、そんな風に思っていたの、ばれて、た…?)

 背中を嫌な汗が流れるのを感じた。学園時代からの恨みには封をして、無の心で接していたつもりだけど…

「お前、わかりやす過ぎるんだよ。どうせ正直に話したって絶対に信用しなかっただろう」
「そんな事は…」
「ない、なんて言わせないぞ。お前が納得したのはあの方がいたからだろう?」
「……」

 悔しいけど、否定出来なかった。確かに殿下の存在がなかったら、今でも疑っていた、かもしれない…いや、疑っていただろう。でも、それは私のせいじゃなく、こいつ自身のせいで…

「でも、それは仕方ないでしょう。酔っていたからって、あんな事されたら…」

 そう、いくら酔っていたからって、酔っ払いの戯言を鵜吞みにして一夜を共にするなんて…そこは上司としてもさらっと躱してくれるべきだったんじゃないだろうか。いや、酔ってしまった私にも隙はあったけど…

「…そうは言っても、あの時抱きついてきたのはお前だったんだけど?」
「な…!」
「押し倒したのはそっちだろう。それでも俺が悪いのか?」
「え……ぇえええっ?!」

 思いがけない言葉に、私は思わず叫んでしまったけど…

(ちょ…全然記憶にないんだけど…何やったのよ、私…)

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