【完結】一夜を共にしたからって結婚なんかしませんから!

灰銀猫

文字の大きさ
29 / 116

豹変

しおりを挟む
「きょのわひん、おいひぃ~(このワイン、美味しい~)」

 目の前でこれまでに見た事もない満面の笑顔でワイングラスに口を付けているのは、約二か月前に俺の部下になった専属文官だった。

 事は団長が朝一番で出す予定だった書類が出来ていなかった事に始まる。担当者が書類を作らずに休暇を取ってしまったため、代わりにミュッセ嬢に頼んだのだ。こちらの予想に反して、短時間で完璧に書類を作り上げた彼女のためにと、団長から夜食とワインの差し入れを預かっていた。それを一緒に頂いたのだが…

「おい、飲み過ぎだぞ。この辺でやめておけ」
「ええ~こりぇくりゃいへいひれしゅ~(これくらい平気です)」

 歓迎会でも飲んでいたし、強そうだっただから好きに飲ませていたが…ちょっと席を外した間に呂律の回らない酔っ払いが出来上がっていた。もう何を言っているのか、意味不明だ…

「ああ、わかったわかった。ほら、帰るぞ」
「ええ~みゃだのみゅ~(まだ飲む)」

 酔っぱらった彼女は、にこにこと笑顔を浮かべ可愛くもあり微笑ましくもあった。何だこのギャップは…こうしてみると年よりも幼く見えてまるで子猫みたいだ。

「ふくらんひょ~きれひなおひゃおでひゅね~(副団長、綺麗なお顔ですね)」
「あ?そうか?」
「だいしゅきでひゅ~(大好きです)」

 次の瞬間、彼女が胸元に抱きついて頬をすりすりしてきた…



「……何、やってるんですか?」
「…俺が知りたい…」

 後始末を終えたジェラールが戻ってきて、俺とミュッセ嬢の姿を見て呆れた表情を隠しもせずにそう言った。彼女は俺にしがみついたまま眠ってしまっていた。どうしてこうなったのか、知りたいのは俺の方だ。
呼んでも起きないので仕方なく家に連れて帰る事にした。明日は休みだし、何とかなるだろう。客間を用意させてベッドに寝かせ、着替えを…と思っていると、そのタイミングで本人が目を覚ました。

(どうせならもっと早くに目を覚ませよ…)

 今更寮に連れて行くのも面倒だし、今日はこのまま泊めるしかないだろう。風呂に入りたいと言い出したが、さすがに泥酔したやつを風呂に入れるわけにもいかない。タオルと湯の入ったたらいと着替えを渡したまではよかったが…

「ちょ…待て、まだ脱ぐな!」
「ええ~だって、きゃらだふきゅのにふきゅがじゃま~(身体拭くのに服が邪魔)」
「わ、わかった。部屋から出るから待て」
「やだ。あちゅい…(暑い)」

 そう言って彼女は、ぽいぽい服を放り投げるようにして服を脱ぎ始めた。何なんだ、こいつは…酔うと露出狂になるタイプか?さすがにまずいと思い、背を向けて部屋を出ようとしたんだが…

「ぃやだぁ~とりぇにゃいぃ~~(いやだ、取れない)」

 後ろで彼女が何やら叫びだした。何だと思って振り返って絶句した。そこにいたのは、タオルらしい物が変な風に絡まりもがいている彼女だった。

(は?何であんなタオルが…?しかも…コルセット、か…?)

 情況が理解出来ないが、暴れるせいで益々絡まっていくように見えた。

「ふくらんちょ~たしゅけて~(副団長、助けて)」

 何とも情けない声で呼ぶ彼女に、俺はため息をついた。あんな格好の彼女の側に行くのは憚られた。だが、酔っ払いは何をするかわからないし、絡まった物は外しておかないと窒息しそうで危ないのは明白だ。

(頼むから…覚えているなよ)

 そう思いながら俺はベッドで戦っている彼女に手を貸した。彼女に絡まっていたのは厚手のタオルが二枚とバスタオルが一枚、そしてコルセットだった。何でこんなものが…と思って彼女を見下ろして絶句した。そこには…ほっそりした腰と、体の割に豊かな二つのふくらみを持つ、実に艶めかしい身体があったからだ。

(な、なんで……)

幼児のような寸胴体型で、騎士たちからは色気がない、太り過ぎだなんて影で言われていた彼女だったが、あの文官の制服の下にこんな女性らしい身体を隠していたのか…

「ふくらんひょ~ありやとぉ~(副団長、ありがとう)」
「あ、ああ…」

 混乱する俺ににこぉっと笑みを浮かべて礼を言ってきた彼女に、俺は益々混乱した。目の前にいるのは年よりも若く見える美女…だったからだ。いや、これなら美少女と言ってもいいだろう。翡翠色の少したれた大きな目、鼻筋はスッと通り赤みを帯びた口元は妙に色気がある。普段は大きめの眼鏡をしているから気が付かなかったが…

(何なんだよ、これ…『眼鏡取ったら美人』で『脱いだら凄いんです』を地でいくって…詐欺だろう?)

 


しおりを挟む
感想 218

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

処理中です...