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振り返れば…
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仕事を終えて寮に帰ってきた私だったけれど、食堂に行く気力も湧かず、ぼんやりとベッドの上で天井を見上げていた。部屋の暗さが、今は心地いい。
私にとってアレクサンドル=ランベールは、天敵だった。容姿端麗、性格も明るく常に笑顔を浮かべていて、裕福で王家との繋がりも深い公爵家の三男。学園で四年間ずっと首席をキープしていた彼は、何一つ欠けたところなどない、この世の理想をそのまま形にしたような人物だった。
学園でも常に周りに人が集まっていた。令嬢が多かったけれどそれだけじゃない。令息や先生方もだ。多くは彼の実家との伝を狙っての事だったかもしれないが、それでも彼はたくさんの人に慕われていた。
そんな彼の存在に、私も最初は目を奪われた。好みの顔だったからと言うのも大きかったけれど、気さくで下の者にも穏やかな物言いをする彼に、憧れを感じていた、と思う。最初は。
だからこそ、首席争いに加われた事を光栄に思い、試験結果が発表される時にはドキドキしたのだ。地味で没落した家の自分でも、この時だけは彼の隣に堂々と並べたから。だからこそ成績を必死に維持してきたのだ。でも…
「エリアーヌ=ミュッセ嬢?」
「まぁ、アレクサンドル様ったら。いつも次席にいる女生徒ですわよ」
「ああ、そうだっけ?」
「ふふっ、さすがアレクサンドル様、余裕ですわね」
「でも仕方ありませんわ。彼女、貴族なのか疑わしく思えるほどに地味ですもの」
「全くですわ」
図書室に向かう途中で聞こえたのは、彼と彼に取り入ろうとしているらしき女生徒の集団だった。急に自分の名が聞こえて驚いたけれど、その内容は決していいものではなかった。
(…そっか…私の名前も、覚えてないんだ…)
その頃には彼と私の名が並ぶのが常態化して、私は秘かに共に戦う仲間のような何かを感じていたけれど、それはこの時霧散した。私は必死に彼を追い越そうと、彼と名が並ぶようにと頑張っていたけれど、向こうには存在すらも認識されていなかったのだ。その事が苦くて惨めで、言い表しようのない虚しさが広がった。
(そう言えば、あの時から天敵と呼ぶようになったんだっけ…)
すっかり忘れていたけれど、思い出した。彼を天敵と呼んで敵視するようになったのはあの時からで、そのきっかけは些細でしかも酷く子供っぽいものだった。自分でもその過去を消し去りたいくらいに…幸いにも理由は知られていないようだけど、彼に敵意を持っていた事はばれてしまっていた。
(自分だったら…どうしたかしら?)
もし自分が彼の立場だったら、どう思っただろうか…そりゃあ、身分は下で相手は女だから、直接危害を加えられる心配はなかっただろう。公爵家の彼には級友という名の従者もいたし、護衛も付いていただろう。彼自身も武の心得があったから一介の女生徒に傷つけられる心配はなかったはずだ。
それでも…気持ちのいいものじゃないのは間違いない。話した事もない相手から睨まれるのだ。彼の家なら政敵も多いだろうし、逆恨みも少なくない。貴族社会は足の引っ張り合いが常だから。それに上の身分の者に敵意を向けるのなど、潰されても文句が言えないくらいの問題だったのだ。
(今にして思えば…凄い事してたのね、私…)
そう、公爵家から抗議されて、取り潰されてもおかしくない態度だった。それでも何もなかったのは…彼の恩情か、本当に興味がなかったからだろうか…
そして彼はそんな私を守るため、王太子殿下の命令とは言え、騎士団に異動して自分の専属文官にした。その方が見張りやすくて楽だったのもあるだろうけど…それでもそんな曰く付きの相手を部下にするなど、気が重かっただろうと思う。なのに彼は笑顔で私を迎えたのだ。私だったら…絶対に無理だ…
(こうして振り返ってみると…私ってかなり最低じゃない?)
益々職場に行くのが億劫に感じられた。
私にとってアレクサンドル=ランベールは、天敵だった。容姿端麗、性格も明るく常に笑顔を浮かべていて、裕福で王家との繋がりも深い公爵家の三男。学園で四年間ずっと首席をキープしていた彼は、何一つ欠けたところなどない、この世の理想をそのまま形にしたような人物だった。
学園でも常に周りに人が集まっていた。令嬢が多かったけれどそれだけじゃない。令息や先生方もだ。多くは彼の実家との伝を狙っての事だったかもしれないが、それでも彼はたくさんの人に慕われていた。
そんな彼の存在に、私も最初は目を奪われた。好みの顔だったからと言うのも大きかったけれど、気さくで下の者にも穏やかな物言いをする彼に、憧れを感じていた、と思う。最初は。
だからこそ、首席争いに加われた事を光栄に思い、試験結果が発表される時にはドキドキしたのだ。地味で没落した家の自分でも、この時だけは彼の隣に堂々と並べたから。だからこそ成績を必死に維持してきたのだ。でも…
「エリアーヌ=ミュッセ嬢?」
「まぁ、アレクサンドル様ったら。いつも次席にいる女生徒ですわよ」
「ああ、そうだっけ?」
「ふふっ、さすがアレクサンドル様、余裕ですわね」
「でも仕方ありませんわ。彼女、貴族なのか疑わしく思えるほどに地味ですもの」
「全くですわ」
図書室に向かう途中で聞こえたのは、彼と彼に取り入ろうとしているらしき女生徒の集団だった。急に自分の名が聞こえて驚いたけれど、その内容は決していいものではなかった。
(…そっか…私の名前も、覚えてないんだ…)
その頃には彼と私の名が並ぶのが常態化して、私は秘かに共に戦う仲間のような何かを感じていたけれど、それはこの時霧散した。私は必死に彼を追い越そうと、彼と名が並ぶようにと頑張っていたけれど、向こうには存在すらも認識されていなかったのだ。その事が苦くて惨めで、言い表しようのない虚しさが広がった。
(そう言えば、あの時から天敵と呼ぶようになったんだっけ…)
すっかり忘れていたけれど、思い出した。彼を天敵と呼んで敵視するようになったのはあの時からで、そのきっかけは些細でしかも酷く子供っぽいものだった。自分でもその過去を消し去りたいくらいに…幸いにも理由は知られていないようだけど、彼に敵意を持っていた事はばれてしまっていた。
(自分だったら…どうしたかしら?)
もし自分が彼の立場だったら、どう思っただろうか…そりゃあ、身分は下で相手は女だから、直接危害を加えられる心配はなかっただろう。公爵家の彼には級友という名の従者もいたし、護衛も付いていただろう。彼自身も武の心得があったから一介の女生徒に傷つけられる心配はなかったはずだ。
それでも…気持ちのいいものじゃないのは間違いない。話した事もない相手から睨まれるのだ。彼の家なら政敵も多いだろうし、逆恨みも少なくない。貴族社会は足の引っ張り合いが常だから。それに上の身分の者に敵意を向けるのなど、潰されても文句が言えないくらいの問題だったのだ。
(今にして思えば…凄い事してたのね、私…)
そう、公爵家から抗議されて、取り潰されてもおかしくない態度だった。それでも何もなかったのは…彼の恩情か、本当に興味がなかったからだろうか…
そして彼はそんな私を守るため、王太子殿下の命令とは言え、騎士団に異動して自分の専属文官にした。その方が見張りやすくて楽だったのもあるだろうけど…それでもそんな曰く付きの相手を部下にするなど、気が重かっただろうと思う。なのに彼は笑顔で私を迎えたのだ。私だったら…絶対に無理だ…
(こうして振り返ってみると…私ってかなり最低じゃない?)
益々職場に行くのが億劫に感じられた。
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