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書類と訪問者
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副団長の屋敷での生活も十日を過ぎた。相変わらず書類の山は低くなっていない。と言うのも、チェックを終わらせた分だけ新たな書類が追加されるのだ。十日経っても減らない書類に私の精神はゴリゴリとすり減っていくのを感じた。
(…何なの、これ…終わりが見えないんだけど…)
残業と休日出勤三昧の前職でも、仕事の終わりは見えていた。と言うか毎度短すぎる納期で「出来るかそんなもん!」と怒り心頭で片付けていたから、終わりが見えないという事はなかった。慌てなくてもいいと言われても、こうも次から次へと持って来られるとそんな言葉を鵜呑みに出来ない。第一これが片付かないと婚約の白紙どころか寮にも戻れないのだ。
最近は馬車で出勤中も書類チェックをするようになっていた。時間にすると十分程度だけど、一日で二十分、十日あれば三時間余りになり、決して馬鹿には出来ない。忙しい時は隙間時間を有意義に使うのは当然と言えよう。
そんな生活が続き、前職の感覚が戻ってきたある日。仕事が休みだったため朝から書類と格闘していると侍女がやってきた。何だか困ったような表情をしているので何事かと尋ねると、私を訪ねてきた人がいるらしい。私がここにいるのは、職場の一部と寮母さんくらいしか知らない筈で、クラリスにも話していないのだけど…
「一体どなたが?」
「そ、それが…王女殿下が…」
「……は?」
変な声が出たのは許して欲しい。だって王女殿下が訪ねてくるなんて誰が思うだろうか。王女殿下だなんて、そんな心当たりは…
(…あ、った…)
王女殿下は副団長との婚約を願っていたと聞く。となればどう考えてもそれしかないだろう。
『貴女には相応しくありませんわ!さっさと婚約を解消しなさい!』
やっぱりこのパターンしか思い当たらない。クラリスも王女殿下が副団長との婚約を望んでいると言っていたのだから。しかし困った…
「副団長は…」
「まだお帰りになっておりません」
残念ながらもう一人の当事者はいなかった。しかも王女殿下が訪ねてきたのは私らしい…となれば、無視する事も出来ないだろう。仕方なく客間にお通しして貰い、着替える事にした。さすがに普段着では失礼に当たる気がしたから。
「…お待たせして申し訳ございません」
応接間に入ると、王女殿下は優雅にお茶を飲んでいらした。王太子殿下と似た少し暗めの金の髪と、王太子殿下よりも少し薄い紫の瞳、儚げで守ってあげたくなる美少女は、座っているだけで絵になるんだな、と思った。
「いいえ、前触れもなく私が押しかけてきたのですもの。お寛ぎ中のところ、申し訳ございませんわ」
「いえ、とんでもございません…」
寛ぐどころか仕事していましたし、何なら出勤している時よりもハードなペースでしたが…そう心の中で呟いたけれど、声にする事はなかった。言ってどうにかなる話でもないから。
「初めまして。この国の第一王女のアリソンですわ」
「ミュッセ伯爵家のエリアーヌでございます。ご尊顔を拝謁出来て至極光栄にございます」
最上の礼で挨拶をするも、王女殿下は畏まらなくて結構よ、と鈴のなるような声で仰った。でも、それを額面通り受け取るなど出来ない。だって殿下の用件を私は受けられる立場でもないのだ。私には決定権がないから…
「…それで、ご用件は…」
聞かなくても見当はつくが、聞かない事には話が始まらない。仕方なく王女殿下のご用件をお聞きした。すると殿下はお連れになった侍女一人を残して、他の者は部屋を出るようにと仰った。これって…急に緊張感が増した。
「ええ。ミュッセ様はアレク様とご婚約なさったとか?」
「え、ええ」
私がそう答えると、王女殿下はやはり…と言った感じで眉を下げられた。悲しげな表情まで絵になり、こんなに麗しくて高貴な方を自分が悲しませているのかと罪悪感が一気に押し寄せてきた。
「ミュッセ伯爵令嬢。どうかお願いです。その婚約を…白紙にしては頂けませんか」
今にも泣きそうな表情で、王女殿下がそう懇願された。
(…何なの、これ…終わりが見えないんだけど…)
残業と休日出勤三昧の前職でも、仕事の終わりは見えていた。と言うか毎度短すぎる納期で「出来るかそんなもん!」と怒り心頭で片付けていたから、終わりが見えないという事はなかった。慌てなくてもいいと言われても、こうも次から次へと持って来られるとそんな言葉を鵜呑みに出来ない。第一これが片付かないと婚約の白紙どころか寮にも戻れないのだ。
最近は馬車で出勤中も書類チェックをするようになっていた。時間にすると十分程度だけど、一日で二十分、十日あれば三時間余りになり、決して馬鹿には出来ない。忙しい時は隙間時間を有意義に使うのは当然と言えよう。
そんな生活が続き、前職の感覚が戻ってきたある日。仕事が休みだったため朝から書類と格闘していると侍女がやってきた。何だか困ったような表情をしているので何事かと尋ねると、私を訪ねてきた人がいるらしい。私がここにいるのは、職場の一部と寮母さんくらいしか知らない筈で、クラリスにも話していないのだけど…
「一体どなたが?」
「そ、それが…王女殿下が…」
「……は?」
変な声が出たのは許して欲しい。だって王女殿下が訪ねてくるなんて誰が思うだろうか。王女殿下だなんて、そんな心当たりは…
(…あ、った…)
王女殿下は副団長との婚約を願っていたと聞く。となればどう考えてもそれしかないだろう。
『貴女には相応しくありませんわ!さっさと婚約を解消しなさい!』
やっぱりこのパターンしか思い当たらない。クラリスも王女殿下が副団長との婚約を望んでいると言っていたのだから。しかし困った…
「副団長は…」
「まだお帰りになっておりません」
残念ながらもう一人の当事者はいなかった。しかも王女殿下が訪ねてきたのは私らしい…となれば、無視する事も出来ないだろう。仕方なく客間にお通しして貰い、着替える事にした。さすがに普段着では失礼に当たる気がしたから。
「…お待たせして申し訳ございません」
応接間に入ると、王女殿下は優雅にお茶を飲んでいらした。王太子殿下と似た少し暗めの金の髪と、王太子殿下よりも少し薄い紫の瞳、儚げで守ってあげたくなる美少女は、座っているだけで絵になるんだな、と思った。
「いいえ、前触れもなく私が押しかけてきたのですもの。お寛ぎ中のところ、申し訳ございませんわ」
「いえ、とんでもございません…」
寛ぐどころか仕事していましたし、何なら出勤している時よりもハードなペースでしたが…そう心の中で呟いたけれど、声にする事はなかった。言ってどうにかなる話でもないから。
「初めまして。この国の第一王女のアリソンですわ」
「ミュッセ伯爵家のエリアーヌでございます。ご尊顔を拝謁出来て至極光栄にございます」
最上の礼で挨拶をするも、王女殿下は畏まらなくて結構よ、と鈴のなるような声で仰った。でも、それを額面通り受け取るなど出来ない。だって殿下の用件を私は受けられる立場でもないのだ。私には決定権がないから…
「…それで、ご用件は…」
聞かなくても見当はつくが、聞かない事には話が始まらない。仕方なく王女殿下のご用件をお聞きした。すると殿下はお連れになった侍女一人を残して、他の者は部屋を出るようにと仰った。これって…急に緊張感が増した。
「ええ。ミュッセ様はアレク様とご婚約なさったとか?」
「え、ええ」
私がそう答えると、王女殿下はやはり…と言った感じで眉を下げられた。悲しげな表情まで絵になり、こんなに麗しくて高貴な方を自分が悲しませているのかと罪悪感が一気に押し寄せてきた。
「ミュッセ伯爵令嬢。どうかお願いです。その婚約を…白紙にしては頂けませんか」
今にも泣きそうな表情で、王女殿下がそう懇願された。
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