42 / 116
新たな動き
しおりを挟む
それから数日後、今度は王太子殿下から謝罪の手紙が届いた。王女殿下の突撃に対するもので、立て続けの王族からの接触に恐れ多くて胃が痛くなりそうだった。
その手紙には、王女殿下は六歳の時に副団長に一目惚れして、それからずっと彼を慕っていたのだとあった。国王ご夫妻と王太子殿下は、遠回しに彼は無理だと諭し、王女殿下もそれ以上何かを言う事はなかった。
だが十五歳でデビュタントを迎え婚約者の選考に入った時、王女殿下は副団長を希望したのだという。これに驚いたのは国王ご夫妻と兄王子だった。王女殿下は彼が実の兄だとは知らされておらず、説得は空振りに終わった。結局陛下は王女殿下に真相を話したが、急に兄妹だと言われた王女殿下は納得せず、今に至るらしい。
(そりゃあ、ずっと好きだったのに兄だって言われてもねぇ…)
ほんの僅かだけど王女殿下にも同情してしまった。六歳からって事はざっと十年も想い続けていたのだから。だからといって肯定する気にはなれないけど。
それから半月ほどが経ったある日、書類の方で動きがあった。怪しい書類を見つけたのだ。それはラドン伯爵の縁者のものだった。ラドン伯爵は国王陛下の実弟のエリュアール公爵の妻の父で、野心家で孫にあたる公爵令息とアリソン王女を結婚させて、その子を王位につけたがっていると言われている。要は王太子殿下の暗殺計画の中心人物と目されている人物だ。
そのラドン伯爵のいとこが治める子爵領からの報告書で、他領との取引に関する部分が問題だった。領地の規模の割には取引額が占める額が大きく、その相手となる領との金額も合わない。多少の誤差は起きるけれど、それを大きく上回っていた。更に調べると相手の領地もラドン伯爵の妻の遠縁に当たる。そしてもう一つ気になったのが、その取引内容だった。
「…小麦の取引だろう?別に問題ないのではないか?」
副団長はそう言ったけれど、そこじゃないのだ。問題はその時期だった。
「小麦の取引自体は問題ありません。ですが、気になる点が。取引の時期と額です」
「時期と額?」
「はい。この領地は北にあり、元々小麦の栽培に適しません。そのため殆どの小麦を他領から購入しています。ですがこの報告書は購入ではなく売却になっています。元より小麦不足が常態化しているのに、小麦が一番不足する時期に売却している事があり得ません」
「…確かに…」
どうやら私の言いたい事は伝わったらしい。元々領民が飢えるかどうかと言う状態で、命綱とも言える小麦を売る事自体がおかしいのだ。
「別の報告書を調べてみましたが、この時期の前後にこの領地ではかなりの数の死者が出ているとの報告が上がっています。そんな時期に小麦を他領に売っているのも不可解ですし、もっと不可解なのは隣国との取引です」
「隣国との?」
「はい。あの領地は国境に接していて、隣国との交流がありますが、同じ時期にこれまでになかった取引がありました。報告書では家畜の売却となっていますが、小麦と同じ理由で売却は不可解ですし、そもそも売るほどの家畜がいるのが疑問です」
「なるほど…」
手渡した書類を見ながら副団長は考え込んでしまった。でも、この報告書は一見すると色んな物資を購入したように見えるのだけど、細かく売却が混じっていて、よっぽど注意してみないと見落とすレベルだ。実際、会計監査局はスルーした。この程度ならよくある事だし、…
「エリアーヌ嬢はどう思う?」
書類に一通り目を通した副団長が私に問うてきた。どうって、どういう意味で言っているのだろうか。
「どう、と申されましても…」
「この書類から想定出来る事はあるだろうか?」
そう来たか。確かに会計監査局にいたし、この書類から見えるものもあるのだけど…
「…何の根拠もありませんが、それでも?」
「ああ、忌憚ない意見を」
「それでは…」
その書類と彼の領地にまつわる諸々から想定出来るものを、私は思いつく限り並べてみた。
その手紙には、王女殿下は六歳の時に副団長に一目惚れして、それからずっと彼を慕っていたのだとあった。国王ご夫妻と王太子殿下は、遠回しに彼は無理だと諭し、王女殿下もそれ以上何かを言う事はなかった。
だが十五歳でデビュタントを迎え婚約者の選考に入った時、王女殿下は副団長を希望したのだという。これに驚いたのは国王ご夫妻と兄王子だった。王女殿下は彼が実の兄だとは知らされておらず、説得は空振りに終わった。結局陛下は王女殿下に真相を話したが、急に兄妹だと言われた王女殿下は納得せず、今に至るらしい。
(そりゃあ、ずっと好きだったのに兄だって言われてもねぇ…)
ほんの僅かだけど王女殿下にも同情してしまった。六歳からって事はざっと十年も想い続けていたのだから。だからといって肯定する気にはなれないけど。
それから半月ほどが経ったある日、書類の方で動きがあった。怪しい書類を見つけたのだ。それはラドン伯爵の縁者のものだった。ラドン伯爵は国王陛下の実弟のエリュアール公爵の妻の父で、野心家で孫にあたる公爵令息とアリソン王女を結婚させて、その子を王位につけたがっていると言われている。要は王太子殿下の暗殺計画の中心人物と目されている人物だ。
そのラドン伯爵のいとこが治める子爵領からの報告書で、他領との取引に関する部分が問題だった。領地の規模の割には取引額が占める額が大きく、その相手となる領との金額も合わない。多少の誤差は起きるけれど、それを大きく上回っていた。更に調べると相手の領地もラドン伯爵の妻の遠縁に当たる。そしてもう一つ気になったのが、その取引内容だった。
「…小麦の取引だろう?別に問題ないのではないか?」
副団長はそう言ったけれど、そこじゃないのだ。問題はその時期だった。
「小麦の取引自体は問題ありません。ですが、気になる点が。取引の時期と額です」
「時期と額?」
「はい。この領地は北にあり、元々小麦の栽培に適しません。そのため殆どの小麦を他領から購入しています。ですがこの報告書は購入ではなく売却になっています。元より小麦不足が常態化しているのに、小麦が一番不足する時期に売却している事があり得ません」
「…確かに…」
どうやら私の言いたい事は伝わったらしい。元々領民が飢えるかどうかと言う状態で、命綱とも言える小麦を売る事自体がおかしいのだ。
「別の報告書を調べてみましたが、この時期の前後にこの領地ではかなりの数の死者が出ているとの報告が上がっています。そんな時期に小麦を他領に売っているのも不可解ですし、もっと不可解なのは隣国との取引です」
「隣国との?」
「はい。あの領地は国境に接していて、隣国との交流がありますが、同じ時期にこれまでになかった取引がありました。報告書では家畜の売却となっていますが、小麦と同じ理由で売却は不可解ですし、そもそも売るほどの家畜がいるのが疑問です」
「なるほど…」
手渡した書類を見ながら副団長は考え込んでしまった。でも、この報告書は一見すると色んな物資を購入したように見えるのだけど、細かく売却が混じっていて、よっぽど注意してみないと見落とすレベルだ。実際、会計監査局はスルーした。この程度ならよくある事だし、…
「エリアーヌ嬢はどう思う?」
書類に一通り目を通した副団長が私に問うてきた。どうって、どういう意味で言っているのだろうか。
「どう、と申されましても…」
「この書類から想定出来る事はあるだろうか?」
そう来たか。確かに会計監査局にいたし、この書類から見えるものもあるのだけど…
「…何の根拠もありませんが、それでも?」
「ああ、忌憚ない意見を」
「それでは…」
その書類と彼の領地にまつわる諸々から想定出来るものを、私は思いつく限り並べてみた。
175
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました
Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。
そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。
「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」
そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。
荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。
「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」
行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に
※他サイトにも投稿しています
よろしくお願いします
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる