41 / 116
今度は、何?
しおりを挟む
(まさか副団長が…国王ご夫妻の御子だったなんて…)
騎士団の執務室。副団長は朝、一通り指示をした後出て行ったきりで、私は一人で今日の分の書類を片付けていた。とは言っても、副団長の屋敷で片づけている書類に比べたら、ここでの仕事は量も少なくて全く忙しくない。むしろ暇だ。ゆっくり片づけても多分時間が余るだろう程には。だったら早く帰ってあの書類の山を…と思うのだけど、あれは内々に進めている物なのでここでやるのも憚られる。誰かに見られたらちょっと厄介なのだ。
その為、今の私は職場で息抜きをして、屋敷に帰ってから全力で仕事をする、そんな状態になっていた。副団長もそれを知っているから、ここにいる間は楽にしていればいいと言ってくれる。
だから今はちょっといいお茶を飲みながら、仕事をしているように見える程度にサボっているところだ。心苦しいと感じるのは、就職してから身に付いた社畜根性だろうか…
(何か…深入りしつつある、わよねぇ…)
お茶を飲みながら、ため息をついた。婚約も形だけだし、深く関わるつもりはないのに、思いがけず秘密を知ってしまった。喋るつもりはないけど、もしかして一生監視されたりするのだろうか。怖くて深く考えたくない…
(それにしても、瞳の色くらいで我が子を死んだ事にするなんて…)
王妃様はどうお感じになったのだろう。お腹の中で大切に育てて命がけで産んだのに、瞳の色が違うだけでいなかった事にされるなんて、私だったら耐えられないな、と思う。
うちは家族仲がいいし、母は家族のためなら全力で戦う人だから、こんな世界は想像出来なかった。そして、その事実を知っている副団長はどう感じているのだろう…それも想像出来なかった。
その日もゆる~く仕事を終わらせ、定時になったらさっさと執務室を離れた。今は副団長が送迎用の馬車を出してくれるから、馬車に乗ったら仕事開始だ。さぁ、仕事だ、と気を引き締めて馬車乗り場に向かった。
「おい」
馬車に向かって歩いていると、誰かが人を呼ぶ声がした。聞き覚えのない声だし、私に用なら名を呼ぶだろう。そう思って気にしないでいたら、もう一度「おい!」と呼ぶ声がした。何だろうと思って声の方を見ると、そこには茶色の髪を短く刈り上げた、灰青色の瞳の騎士がこちらを見て立っていた。その様子からして私に声をかけたのは彼だろう。背は高くて鍛えられているけど、姿勢が悪いせいかだらっとして見えて小者感がする。覚えがないけれど…誰だろう…
「…何か、御用でしょうか?」
呼び止めたくせに、じろじろと私を見るだけで何も言わない。早く帰りたい私は、仕方なくそう尋ねた。
「…な、何でもねぇよ…」
暫く私をじっと見ていたけれど、結局それだけ言うとその騎士はそのまま走り去ってしまった。はぁ、何なの?
「あれ、エリアーヌ様、今帰り?」
「あ、エミール様もですか?」
「うん、今から婚約者と会う約束なんだ」
そう言って気の抜けた笑みを浮かべたけれど、それはそれで天使のような無邪気な笑みで尊い…エミール様の婚約者はまだ学生だと聞くが、きっと可愛らしい子なんだろうなぁと微笑ましく思ってしまった。
「そう言えば、さっきの騎士は知り合い?」
「え?いえ、声をかけられたのですが、覚えがない方です」
「そうなの?彼は確か、ジョエル=セルネさんじゃなかったかな?元伯爵家の」
「ジョエル…セルネ?」
「うん、確かそんな名前だったよ。あ、マズい!約束の時間に遅れちゃう。エリアーヌ様、またね」
そう言ってエミール様は颯爽と行ってしまった。けれど…
(ジョエルって…あのバカ男?)
思い出した。向こうから婚約の打診をして来たくせに、顔合わせの時にブスだの花がないだのと散々私を馬鹿にしたあの男だ。そう言えば、ここにいるって話だった。すっかり忘れていたけれど、奴がそうだったのか。
(今更…何の用なのよ…)
まさか廃嫡されたのを恨んでいるとか?こっちとしては二度と顔も見たくなかったのに。エミール様で癒された気分が急低下していくのを恨めしく思いながら、ため息をついてから馬車に乗り込んだ。
騎士団の執務室。副団長は朝、一通り指示をした後出て行ったきりで、私は一人で今日の分の書類を片付けていた。とは言っても、副団長の屋敷で片づけている書類に比べたら、ここでの仕事は量も少なくて全く忙しくない。むしろ暇だ。ゆっくり片づけても多分時間が余るだろう程には。だったら早く帰ってあの書類の山を…と思うのだけど、あれは内々に進めている物なのでここでやるのも憚られる。誰かに見られたらちょっと厄介なのだ。
その為、今の私は職場で息抜きをして、屋敷に帰ってから全力で仕事をする、そんな状態になっていた。副団長もそれを知っているから、ここにいる間は楽にしていればいいと言ってくれる。
だから今はちょっといいお茶を飲みながら、仕事をしているように見える程度にサボっているところだ。心苦しいと感じるのは、就職してから身に付いた社畜根性だろうか…
(何か…深入りしつつある、わよねぇ…)
お茶を飲みながら、ため息をついた。婚約も形だけだし、深く関わるつもりはないのに、思いがけず秘密を知ってしまった。喋るつもりはないけど、もしかして一生監視されたりするのだろうか。怖くて深く考えたくない…
(それにしても、瞳の色くらいで我が子を死んだ事にするなんて…)
王妃様はどうお感じになったのだろう。お腹の中で大切に育てて命がけで産んだのに、瞳の色が違うだけでいなかった事にされるなんて、私だったら耐えられないな、と思う。
うちは家族仲がいいし、母は家族のためなら全力で戦う人だから、こんな世界は想像出来なかった。そして、その事実を知っている副団長はどう感じているのだろう…それも想像出来なかった。
その日もゆる~く仕事を終わらせ、定時になったらさっさと執務室を離れた。今は副団長が送迎用の馬車を出してくれるから、馬車に乗ったら仕事開始だ。さぁ、仕事だ、と気を引き締めて馬車乗り場に向かった。
「おい」
馬車に向かって歩いていると、誰かが人を呼ぶ声がした。聞き覚えのない声だし、私に用なら名を呼ぶだろう。そう思って気にしないでいたら、もう一度「おい!」と呼ぶ声がした。何だろうと思って声の方を見ると、そこには茶色の髪を短く刈り上げた、灰青色の瞳の騎士がこちらを見て立っていた。その様子からして私に声をかけたのは彼だろう。背は高くて鍛えられているけど、姿勢が悪いせいかだらっとして見えて小者感がする。覚えがないけれど…誰だろう…
「…何か、御用でしょうか?」
呼び止めたくせに、じろじろと私を見るだけで何も言わない。早く帰りたい私は、仕方なくそう尋ねた。
「…な、何でもねぇよ…」
暫く私をじっと見ていたけれど、結局それだけ言うとその騎士はそのまま走り去ってしまった。はぁ、何なの?
「あれ、エリアーヌ様、今帰り?」
「あ、エミール様もですか?」
「うん、今から婚約者と会う約束なんだ」
そう言って気の抜けた笑みを浮かべたけれど、それはそれで天使のような無邪気な笑みで尊い…エミール様の婚約者はまだ学生だと聞くが、きっと可愛らしい子なんだろうなぁと微笑ましく思ってしまった。
「そう言えば、さっきの騎士は知り合い?」
「え?いえ、声をかけられたのですが、覚えがない方です」
「そうなの?彼は確か、ジョエル=セルネさんじゃなかったかな?元伯爵家の」
「ジョエル…セルネ?」
「うん、確かそんな名前だったよ。あ、マズい!約束の時間に遅れちゃう。エリアーヌ様、またね」
そう言ってエミール様は颯爽と行ってしまった。けれど…
(ジョエルって…あのバカ男?)
思い出した。向こうから婚約の打診をして来たくせに、顔合わせの時にブスだの花がないだのと散々私を馬鹿にしたあの男だ。そう言えば、ここにいるって話だった。すっかり忘れていたけれど、奴がそうだったのか。
(今更…何の用なのよ…)
まさか廃嫡されたのを恨んでいるとか?こっちとしては二度と顔も見たくなかったのに。エミール様で癒された気分が急低下していくのを恨めしく思いながら、ため息をついてから馬車に乗り込んだ。
166
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~
甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」
「全力でお断りします」
主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。
だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。
…それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で…
一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。
令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました
Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。
そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。
「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」
そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。
荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。
「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」
行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に
※他サイトにも投稿しています
よろしくお願いします
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる