【完結】一夜を共にしたからって結婚なんかしませんから!

灰銀猫

文字の大きさ
57 / 116

どうしてあなたが…

しおりを挟む
 目の前に現れた人物は、黒っぽいフードを目深に被っていたが、その顔は忘れようもない相手だった。その両隣には二十代後半くらいの男性が二人付き添っていて、彼らも黒っぽいコートを被っていたがフードは被らず顔が出ていた。整ったその姿から貴族なのは一目瞭然だった。

「アリソン王女殿下…」

 思わずその名を呟くと、彼女は微かに眉をしかめた。フードを被っているから自分だとわからないと思っていたのだろうか。でも、どうして彼女がこんなところに…いや、私を誘拐してどうしようと言うのか…恋敵を排除しようというのなら、こんな手を使う必要などない筈なのに…

「ふふっ、バレてしまったのなら取り繕う必要はないわね」

 どういって王女殿下は鬱陶しそうにフードを外した。金の髪が零れるように広がる。暗闇でも光を放つような髪に対して、顔は酷く憔悴しているようにも見えた。

「どうして…」

 この人がこんなところで、こんな事をしているのか…そんな思いから思わず漏れた言葉だったが、それは彼女の気に障ったのだろう。徐に表情が険しくなった。

「どうして、ですって?全て貴女のせいでしょう?!」

 激高したその姿は、前回会った時の淑女然とした態度が嘘のようだった。もしかするとこれがこの人の本質なのかもしれない。何度も断われ、説明をしても尚副団長に執着する姿は、あまりにも普段の王女殿下としての姿からはかけ離れていたからだ。

「あ、貴女さえ現れなければ、アレクは私のものだったのに!」

 そう叫ぶ王女殿下に、副団長はモノではないと言い返そうとしたが、寸でのところでその言葉を飲み込んだ。ここで煽ってしまうとどうなるかわからない。屋敷に帰らなければ副団長にも連絡が行くだろうし、そうなれば探してくれるはずだ。だったら今は時間を稼ぐためにも大人しくしている方がいいだろう。そう言えば、一緒にいた御者や侍女、護衛はどうしたのだろう…

「私を…どうなさるおつもりですか?」

 とにかく少しでも情報を集める方が先だろう。彼女が何を狙っているのか、それがわからなければ対処のしようもない。

「…貴女にピッタリの相手がいるわ。その方と既成事実を作って頂くの。そうすれば…もうアレクには嫁げないでしょう?」

 先ほどの険しさが嘘のように、今度は優しい表情でそう告げた。内容は全く優しくなかったが、なるほど、私が副団長に嫁げないようにするのが目的なのか…

「ぴったりの相手?」
「ええ。貴女に相応しい方よ」

 そう言って殿下が身体を少しずらすと、その後ろからフードを被った男性が現れた。

「…あなたは…」

 現れた男性は私の知る人物だった。私より幾分か濃いめの茶色の髪と、灰色がかった青い瞳のその人物は、先日騎士団の建物の前で私に声を掛けてきた人物だった。

「ジョエル殿…」

 母と弟の姿を見て勝手に私も美人だと勘違いして求婚し、挙句暴言を吐いて廃嫡された彼は、今は第一騎士団で騎士をしていた。確かに廃嫡される前なら釣り合いが取れていただろうが、今の彼はただの平民で一騎士でしかない。何の感情も伺わせないその表情からは、彼が何を考えているのかを察する事は出来そうになかった。

「彼、あなたのせいで実家から勘当されて平民に落とされたのですって?あなたったら随分と酷い事をしていたのね。そんな女がアレクの婚約者だなんて…!私は絶対に認めないわ!」

 そう叫ぶ王女殿下だったが、別に王女殿下に認めて欲しいとは思っていないし、副団長だってそうだろう。王族である彼女は、臣下である私達を自分の思うように扱えると信じて疑わないのだろう。その驕慢さが副団長に嫌気される一因でもあるような気がした。

「さすがにここで事に及ぶわけにはいかないでしょう。私は優しいからちゃんとそれにふさわしい場所を用意してあげるわ」

 全く余計な世話な事を、王女殿下は恩着せがましく言い放った。


しおりを挟む
感想 218

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

処理中です...