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二度目の治療
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「エリアーヌ様のご様子が変です」
屋敷の家令からそう連絡を受けたのは、王太子の元に報告に行った帰りだった。あの媚薬は副作用も強く、一週間は影響が残ると言われている。もしかするとそのうちまた…と思い、家令に注意深く様子を見るように頼んであったが、案の定だ。聞けばこの冬の真っただ中に水風呂に入っていたと言う。彼女らしいと言えばらしいが、この時期にそんな事をすれば命取りだ。そして、それでどうにかなる薬でもなかった。
「…ふ、副団、ちょ…」
彼女の部屋を訪ねると、水を張った浴槽で丸くなったまま苦しそうに表情を歪めた。何が起きているか自覚があるからだろう。冷たい水に身を晒せば熱が過ぎると思ったのだろうが、残念ながらそれで解決出来るものではなかった。先輩の最期の姿が蘇って、握りしめた手に爪が食い込んだ。
「…ち、りょうを…お願…します…」
長い沈黙の後、消え入りそうな声でそう乞われた。彼女が男遊びに長けた貴婦人だったらこんな罪悪感も湧かなかっただろうに…そう思わずにはいられなかった。
意識が朦朧としていた前回は、まだ気が楽だった。本能に忠実に悦楽を追う彼女の求めに応じればよかったからだ。だが今回は理性が残っている分、恥じらいや恐れが強いらしく、その初々しさに一層苦い思いがした。
疲れ果てて眠った彼女の体を清め、寝顔を眺めた。普段の隙の無い態度からは想像出来ない、あどけない程に無防備な寝顔に、どこかで警鐘が鳴った。気付いてはいけないと、深いところからそう言われている気がして思考を遮った。何も考えず、何も感じなくするのは子供の頃に覚えた処世術だ。そうしなければ生きていけなかった。
幸いだったのは、自分に子を成す力がなかった事だろうか。少なくともこれで子供が出来る心配はない。避妊薬はあっても身体に負担が全くないわけではないし、体質によっては体調を崩したり不妊になったりするという。彼女にそれを使わなくて済んだ事だけがせめてもの救いだった。
「エリーが無事でよかったよ」
人払いをした上で音を遮断する魔術も施した空間で、そう王太子殿下が呟いた。妹姫の暴挙のターゲットになった彼女の無事は、彼の心に僅かながらに救いをもたらしたのかもしれない。
「ですが、彼女の純潔を奪ってしまいました。申し訳ございません」
彼が彼女に求婚していたが、実は彼には長年想う相手がいた。ラドン伯に狙われるのを危惧してずっと隠し続けてきて、一刻も早くラドン伯を捕らえて彼女を妃に迎えようとしていた彼だったが、そうしている間に相手は別の男に嫁いでしまったのだ。そんな彼がエリアーヌ嬢に興味を持った以上、自分が手を出したのは不敬罪に問われかねない。だが…
「彼女のためだろう?だったら仕方ないよ」
「ですが…」
「気になるのなら、アレクが彼女を娶ればいい」
「な…!」
含みのある笑みを浮かべた彼だったが、それが無理な事は彼だって重々承知だろうに。
「アレクが望むなら、私が後押ししよう」
「…それが無理な事は、殿下も十分ご存じでしょう」
そう、俺がこの立場にある理由は、殿下も重々承知の上の筈だ。彼は俺が実弟だと知ってから何度も、両親でもある国王夫妻に俺の復籍を願い出ていた。だがそれも、今のところ無駄足に終わっている。国王陛下よりも、その父である前王陛下がお許しにならないからだ。
そう、俺を殺そうとしたのは、俺が生まれた当時はまだ国王だった前王陛下だった。苛烈で冷酷、圧倒的な力を誇った前王陛下に、第一王子でありながらまだ王太子に指名されていなかった父は逆らえなかったと聞く。
それでも父が命だけはと懇願し、ランベール公爵家に養子に出してその出自を徹底的に秘す事、子が出来ない様にする事、王家の影とする事を条件に許されたのだ。
「ねぇ、アレク。私はね、紫瞳の呪いを私の代で終わらせたいんだ」
屋敷の家令からそう連絡を受けたのは、王太子の元に報告に行った帰りだった。あの媚薬は副作用も強く、一週間は影響が残ると言われている。もしかするとそのうちまた…と思い、家令に注意深く様子を見るように頼んであったが、案の定だ。聞けばこの冬の真っただ中に水風呂に入っていたと言う。彼女らしいと言えばらしいが、この時期にそんな事をすれば命取りだ。そして、それでどうにかなる薬でもなかった。
「…ふ、副団、ちょ…」
彼女の部屋を訪ねると、水を張った浴槽で丸くなったまま苦しそうに表情を歪めた。何が起きているか自覚があるからだろう。冷たい水に身を晒せば熱が過ぎると思ったのだろうが、残念ながらそれで解決出来るものではなかった。先輩の最期の姿が蘇って、握りしめた手に爪が食い込んだ。
「…ち、りょうを…お願…します…」
長い沈黙の後、消え入りそうな声でそう乞われた。彼女が男遊びに長けた貴婦人だったらこんな罪悪感も湧かなかっただろうに…そう思わずにはいられなかった。
意識が朦朧としていた前回は、まだ気が楽だった。本能に忠実に悦楽を追う彼女の求めに応じればよかったからだ。だが今回は理性が残っている分、恥じらいや恐れが強いらしく、その初々しさに一層苦い思いがした。
疲れ果てて眠った彼女の体を清め、寝顔を眺めた。普段の隙の無い態度からは想像出来ない、あどけない程に無防備な寝顔に、どこかで警鐘が鳴った。気付いてはいけないと、深いところからそう言われている気がして思考を遮った。何も考えず、何も感じなくするのは子供の頃に覚えた処世術だ。そうしなければ生きていけなかった。
幸いだったのは、自分に子を成す力がなかった事だろうか。少なくともこれで子供が出来る心配はない。避妊薬はあっても身体に負担が全くないわけではないし、体質によっては体調を崩したり不妊になったりするという。彼女にそれを使わなくて済んだ事だけがせめてもの救いだった。
「エリーが無事でよかったよ」
人払いをした上で音を遮断する魔術も施した空間で、そう王太子殿下が呟いた。妹姫の暴挙のターゲットになった彼女の無事は、彼の心に僅かながらに救いをもたらしたのかもしれない。
「ですが、彼女の純潔を奪ってしまいました。申し訳ございません」
彼が彼女に求婚していたが、実は彼には長年想う相手がいた。ラドン伯に狙われるのを危惧してずっと隠し続けてきて、一刻も早くラドン伯を捕らえて彼女を妃に迎えようとしていた彼だったが、そうしている間に相手は別の男に嫁いでしまったのだ。そんな彼がエリアーヌ嬢に興味を持った以上、自分が手を出したのは不敬罪に問われかねない。だが…
「彼女のためだろう?だったら仕方ないよ」
「ですが…」
「気になるのなら、アレクが彼女を娶ればいい」
「な…!」
含みのある笑みを浮かべた彼だったが、それが無理な事は彼だって重々承知だろうに。
「アレクが望むなら、私が後押ししよう」
「…それが無理な事は、殿下も十分ご存じでしょう」
そう、俺がこの立場にある理由は、殿下も重々承知の上の筈だ。彼は俺が実弟だと知ってから何度も、両親でもある国王夫妻に俺の復籍を願い出ていた。だがそれも、今のところ無駄足に終わっている。国王陛下よりも、その父である前王陛下がお許しにならないからだ。
そう、俺を殺そうとしたのは、俺が生まれた当時はまだ国王だった前王陛下だった。苛烈で冷酷、圧倒的な力を誇った前王陛下に、第一王子でありながらまだ王太子に指名されていなかった父は逆らえなかったと聞く。
それでも父が命だけはと懇願し、ランベール公爵家に養子に出してその出自を徹底的に秘す事、子が出来ない様にする事、王家の影とする事を条件に許されたのだ。
「ねぇ、アレク。私はね、紫瞳の呪いを私の代で終わらせたいんだ」
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