【完結】一夜を共にしたからって結婚なんかしませんから!

灰銀猫

文字の大きさ
83 / 116

恋愛スキルは子供以下

しおりを挟む
 あの後、戻ってきた副団長は直ぐに王太子殿下に付き添ってどこかへ行ってしまった。どんな顔で会えばいいのかと戸惑っていたところなので、酷くホッとした私だった。
 クラリスの事も、副団長の気持ちも、子供が出来ない原因も、サラさんが男性だという事も、一つだけでも衝撃的なのにこんなに重なると、消化するのに時間がかかりそうだ…
 その後も殿下の訪問の影響で慌ただしく一日が過ぎたけれど、副団長と顔をわせる事はなかった。

 湯あみを済ませ、寝る準備を済ませたら一気に疲労感が押し寄せてきた。力なくベッドに倒れ込んだ。色んな新事実があったけれど、仕事中は忙しくて思い出す暇もなかった。こうして一人になってようやく、それらの事を考えられる…最初に浮かんだのは…やはり副団長の事だった。

(私を…好き…)

 心の中で繰り返してみたけれど、やっぱり信じられない気持ちだった。彼の態度から私への好意を感じた事がなかったからだ。そりゃあ、今は上司と部下としての関係は悪くないと思うけど、ふりとは言え婚約者というにはあまりにもドライな関係だと思う。ふりをする機会がないのもある。

(そう言えば、婚約はどうなったんだっけ?)

 先日、母達を交えて報酬の話し合いがあった。あの時は母が激高して、結局あの話は有耶無耶のまま…だ。母達は責任を取って結婚しろの一点張りだし、副団長はそれを拒否して話は平行線のまま終わっていた。あれから母達は舞踏会に行くと張り切っているけど…
既に目的は達したし、婚約も白紙になるのではないだろうか…もう終わる関係なら一緒に舞踏会に出るのもおかしな話だ…そう思うと一気に寂しさに襲われた。

(マズいなぁ…嫌な女になっちゃいそう…)

 はぁ…と大きなため息が出た。自覚したくなかったけれど、母達が責任をとれと副団長に詰め寄っているのを嬉しく感じる自分がいる。母を強く諫められなかったのは、私の弱さとズルさのせいだ。そんな形で結婚しても、誰も幸せになんかなれないのに…

(アリソン様だったら…喜んで受け入れたんだろうなぁ…)

 ふと、彼を慕っていた彼女を思い出した。今は幽閉されている彼女を哀れに思う一方で、一心に思いのままに突撃出来るあの行動力が羨ましくも思えた。私は色々考え過ぎて結局動けないから。今だって、こうしてうだうだ考えているだけだ…

(…そう言えば…)

 以前、副団長に貰った、首から下げているネックレスを手に取った。彼が魔術で作ったと言う青い石は彼の瞳の色と同じで、その中に彼と同じ髪色の金が煌めいていた。アリソン様に攫われた時、これのお陰で私の居場所が分かったと聞いて驚いたけれど…

(本当に、お守りだったわね)

 もしこれがなかったらあの破落戸たちに襲われて、殺されていたかもしれない。ジョエルも助からなかっただろう。そういう意味でも本物のお守りだ。そして、私と副団長を繋ぐ唯一の糸のようにも思えた。

(好き…好きです…)

 石を両手で包み込み、その手を口元に持ってきて、祈る様に心の中で呟いた。何となく、声に出すとこの石を介して彼に伝わってしまいそうだったから、それは出来なかった。でも、思うだけなら大丈夫だろう。

 ふと、殿下の言葉が蘇った。私を好きだと言うのが本当なら、この想いを諦めなくてもいいのだろうか…結婚しないで仕事に生きると決めていた。結婚どころか恋愛だって自分には無縁のものだと思っていたから。でも、思いがけず好きだと自覚して、二度も関係を持ってしまったから、その思い出だけで十分だと思っていたけれど…

「…好き、です。副団長、好き…」

 思い切って、声に出してみた。私にとってはとてつもなく勇気が要る事だったけれど、殿下に踊らされているような気もしたけれど、これは私の偽りのない本心だ。馬鹿馬鹿しいほどに小さな、小さすぎる一歩だったけれど、何だか清々しい、吹っ切れた気持ちになった。

(私の恋愛スキルって、子供以下かも…)

 十歳児の方がもっと恋らしい恋が出来ているような気がする。そう思ったけれど、これが私なのだから仕方がない。その日は副団長の事を想いながら眠りについた。どうかこの想いが通じますように…ポンコツな私が一歩を踏み出せますようにと願いながら。



しおりを挟む
感想 218

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

大好きだった旦那様に離縁され家を追い出されましたが、騎士団長様に拾われ溺愛されました

Karamimi
恋愛
2年前に両親を亡くしたスカーレットは、1年前幼馴染で3つ年上のデビッドと結婚した。両親が亡くなった時もずっと寄り添ってくれていたデビッドの為に、毎日家事や仕事をこなすスカーレット。 そんな中迎えた結婚1年記念の日。この日はデビッドの為に、沢山のご馳走を作って待っていた。そしていつもの様に帰ってくるデビッド。でもデビッドの隣には、美しい女性の姿が。 「俺は彼女の事を心から愛している。悪いがスカーレット、どうか俺と離縁して欲しい。そして今すぐ、この家から出て行ってくれるか?」 そうスカーレットに言い放ったのだ。何とか考え直して欲しいと訴えたが、全く聞く耳を持たないデビッド。それどころか、スカーレットに数々の暴言を吐き、ついにはスカーレットの荷物と共に、彼女を追い出してしまった。 荷物を持ち、泣きながら街を歩くスカーレットに声をかけて来たのは、この街の騎士団長だ。一旦騎士団長の家に保護してもらったスカーレットは、さっき起こった出来事を騎士団長に話した。 「なんてひどい男だ!とにかく落ち着くまで、ここにいるといい」 行く当てもないスカーレットは結局騎士団長の家にお世話になる事に ※他サイトにも投稿しています よろしくお願いします

結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた

夏菜しの
恋愛
 幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。  彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。  そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。  彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。  いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。  のらりくらりと躱すがもう限界。  いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。  彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。  これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?  エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。

処理中です...