【完結】一夜を共にしたからって結婚なんかしませんから!

灰銀猫

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久しぶりの残業

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 殿下からの要請をどうしようかと考えている間も、騎士団では引継ぎが続いていた。私が担当していた副団長の専属文官も、二週間ほど前にようやく後任が決まって、今はその引継ぎの最中だ。
 新たな専属文官はドナシアン=ギャロワといい、騎士団の中にある事務部門の文官で、私の親くらいの年代の男性だけど…

「ここと…ここが違うので訂正してください」」
「そんな筈はない!女のくせに生意気な…!」
「馬鹿になどしておりませんし、仕事に男女など関係ありません。会計監査局ではこの書き方では通らない、それだけです」
「な…!」

 さすがに監査局の名を出すと、顔を赤くしながらもそれ以上は何も言って来なかった。間違ったやり方に固執する上、一事が万事こんな感じなので引継ぎには時間がかかりそうだった。
 
 仕事の引継ぎが中々進まず悩ましい日々がそれからも続いたが、そろそろ殿下に異動の返事をしなければならない。色々考えた結果、やはり辞退する事にした。
 明日は王宮に寄ってから出勤することになったので、急ぎの仕事を片付けていたら遅くなってしまった。机周りを片付けて、最後は戸締りをして…と思っていたところで、ドアが開く音がした。そこにいたのは、帰った筈のギャロワ殿だった。

「どうされましたか?もう締めますけど、まだ残られるのなら施錠をお願います」

 そう言って声をかけると、足音とかちりと施錠される音がした。何が…と思ってドアに視線を向けて、身体が強張った。そこにいたのはギャロワ殿と、彼と同年代の男性だった。服装から同じ騎士団の文官だろう。

「何か?」

 嫌な予感がしたが、それを顔に出すほど子供でもない。努めて冷静にそう問いかけた。この状況はマズいが、騎士団で事を起こすほど馬鹿ではないだろう。

「いやいや、こんな時間まで仕事熱心ですな」
「ちょうど終わったところです。お先に失礼しますわ」

 そう言って彼らの横を通り過ぎてドアに向かおうとして、腕を取られた。

「放して下さい」
「いやいや、そう慌ててお帰りにならなくてもよろしいでしょう」
「そういう訳にもいきませんわ。明日は用事があるので遅れるわけには参りませんから」

 そう言って掴んで来る手から逃れようとしたが、思った以上に強い力で捕まれていて振り払えなかった。

「…どういうつもりです?」
「いゃあ、ミュッセ嬢にはお世話になっているのでね。色々とお礼をと思いまして」
「礼?」
「ええ。婚約がなくなってしまわれたミュッセ嬢を、お慰めして差し上げようと思いましてな」

 そう言ってギャロワ殿と一緒にいた男は卑猥な笑みを浮かべた。

(迂闊だったわ…)

 まさかギャロワ殿がこんな手を使ってくるなんて…そう思ったが後の祭りだ。まさか職場、それも上官の執務室で馬鹿をやらかすとは思わなかった。

「手を放しなさい」

 すっと頭の中が冷めて、思った以上に冷たい声が出た。この手の嫌がらせは王宮にいた時に何度も経験したが、やはり気持ちがいいものではないな、と思った。しかも今回相手は二人だ。一対一なら対処出来ても、この状況では逃げるのは難しいだろう。

「そう邪険になさることはあるまい。男性経験がなさそうなミュッセ嬢に、男のよさを教えて差し上げますよ」
「副団長との婚約が白紙になって、さぞやお寂しいでしょうからな」

 面倒なことに副団長との婚約が白紙になってからは、こうして関係を迫ってくる輩が増えたのだ。

「まさか。今はお役目を果たせてほっとしているところです。ご遠慮しますわ」

 暗にあの婚約は仕事だと臭わせた。実際そうだったのだから。実際、彼らは一瞬鼻白んで腕の力が弱まった。その瞬間に思いきり腕を引いて、ドアに向かって走った。

「逃がすか!」
「このアマぁ!」

 すかさず彼らが追ってきたが、ここで捕まるわけにはいかない。

「誰か!助けて!」

 大声でドアに向かって叫びながら鍵を解除して外へ出ようとしたが…

「逃がすかよ!」
「女の細腕で男二人から逃げられると思うな!」

 あと一歩のところでまた捕まってしまった。今度は二人に両腕を取られてしまった。絶体絶命だ。



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