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それから数日後、私は王宮にいた。団長の専属文官と王太子妃殿下の秘書文官のどちらも辞退しようと決めたのだ。理由は王子殿下と顔を合わせる機会があるからで、こうも引き摺るとは思わなくて自分でも驚いていた。
「久しぶりだね、エリー。いや、ミュッセ嬢と呼ばなければマズいか…」
半年後には国王に即位するのが正式に決まった王太子殿下だったが、その表情は酷く疲れているように見えた。色んな事が一気に露わになって、その為にやらなければならない仕事が増えたのは想像に難くない。あの夜会以来、王家への風当たりが強くなっただけでなく、ラドン伯の息のかかった者達で不正に関与していた者達が大々的に摘発され、その職から追われたからだ。お陰でどこの部署でも人手不足が顕著で、それが一層国内の混乱を招いていた。
そして…そんな中でも無意識に第二王子殿下の姿を探してしまう自分がいた。中々厄介だな、自分…と自嘲の念がこみ上げた。
「…随分、お疲れのようですね…」
「はは、そう見える?」
「はい」
「そう思うのなら…例の件、受けてくれるんだね?」
そう言って力なく笑みを浮かべた殿下に、罪悪感が一層増した。とはいえ、ここは私のメンタルを優先させてもらいたい。丁重に辞退し、前職の会計監査局への異動をお願いしてみた。あの超が付くほどのブラックな職場が今は懐かしくも恋しいのだ。余計な事を考える暇がないあの場こそ、今の私には必要な気がしていたのだけれど…
「却下。それなら輿入れする妃の秘書文官をお願いしたい」
「お妃様の…秘書文官、ですか?」
「ああ。輿入れされるマドレーヌ王女は優秀な方だと伺っているが、国が違えば色々とご苦労されるだろう?だから優秀な側使えが必要だと思ってね」
「ですが…」
「ルナール侯爵令嬢にも侍女として仕えて頂けないかと打診したんだ。二人が付いていてくれれば私も安心だからね」
そう言われてしまうと断れる気がしなかった。クラリスは応募してみようと言っていたのだから、きっとこの話に乗るだろう。彼女と一緒に働くのは悪くないけど…
「少し…考えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ。いい返事を期待しているから」
そういって力ない笑みを浮かべた殿下だったけれど…それでは命令と遜色ない気がした。能力を買ってもらえるのは素直に嬉しかったけど、王太子妃殿下の文官となれば第二王子殿下と会う機会もあるだろう。全く、どうして離れようとするのに、近い職場ばかり勧められるのだろう…こうも重なると意図があるように感じてしまう。ううん、自意識過剰になっているだけだろう…殿下は能力を買って下さっているだけだ。
「そうそう、アレクとはどうなっているんだ?」
「は、はい? ふくだ…第二王子殿下ですか?」
ちょうど彼の事を考えていたせいか、その名が殿下の口から出てきて思わず慌ててしまった。し、心臓に悪い…それに、どうと聞かれても返事のしようがなかった。
「ああ、あれから連絡を取っているんだろう?」
「ええっ?まさか……特にありませんが…」
「……え?」
どうして驚くのだろう…
「何度か騎士団で顔を合わせましたが…今は団長の仕事もありますし、忙しいので…」
騎士団で何度か顔は合わせたけれど、私は団長と副団長の仕事を掛け持ちしていて、業務連絡以外の話をする暇もなかった。以前お守りにと渡された魔力で作ったという石を返さないと、と思っているけど、そんな隙もないのだ。殿下が小声で何か言っているけれど…何だと言うのだろうか…
「……そうか」
何だか酷く残念そうにも見えたけど、さっぱり意味が分からなかった。そもそも会ったところで何だというのだ。彼は一伯爵から今や王族、しかも第二王位継承権を持つ王子なのだ。王族に戻る前ならまだしも、既に王族に復帰した彼と話す事など何もない。
(やっぱり…王女殿下の秘書文官は無理かも……)
仕事に私情を挟むのは職業人としてどうかと思うけれど、一向に収まる気配のない苦い思いに、やはり会計監査局こそが自分の居場所なのだろうとの思いが、一層強くなった。
「久しぶりだね、エリー。いや、ミュッセ嬢と呼ばなければマズいか…」
半年後には国王に即位するのが正式に決まった王太子殿下だったが、その表情は酷く疲れているように見えた。色んな事が一気に露わになって、その為にやらなければならない仕事が増えたのは想像に難くない。あの夜会以来、王家への風当たりが強くなっただけでなく、ラドン伯の息のかかった者達で不正に関与していた者達が大々的に摘発され、その職から追われたからだ。お陰でどこの部署でも人手不足が顕著で、それが一層国内の混乱を招いていた。
そして…そんな中でも無意識に第二王子殿下の姿を探してしまう自分がいた。中々厄介だな、自分…と自嘲の念がこみ上げた。
「…随分、お疲れのようですね…」
「はは、そう見える?」
「はい」
「そう思うのなら…例の件、受けてくれるんだね?」
そう言って力なく笑みを浮かべた殿下に、罪悪感が一層増した。とはいえ、ここは私のメンタルを優先させてもらいたい。丁重に辞退し、前職の会計監査局への異動をお願いしてみた。あの超が付くほどのブラックな職場が今は懐かしくも恋しいのだ。余計な事を考える暇がないあの場こそ、今の私には必要な気がしていたのだけれど…
「却下。それなら輿入れする妃の秘書文官をお願いしたい」
「お妃様の…秘書文官、ですか?」
「ああ。輿入れされるマドレーヌ王女は優秀な方だと伺っているが、国が違えば色々とご苦労されるだろう?だから優秀な側使えが必要だと思ってね」
「ですが…」
「ルナール侯爵令嬢にも侍女として仕えて頂けないかと打診したんだ。二人が付いていてくれれば私も安心だからね」
そう言われてしまうと断れる気がしなかった。クラリスは応募してみようと言っていたのだから、きっとこの話に乗るだろう。彼女と一緒に働くのは悪くないけど…
「少し…考えさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わないよ。いい返事を期待しているから」
そういって力ない笑みを浮かべた殿下だったけれど…それでは命令と遜色ない気がした。能力を買ってもらえるのは素直に嬉しかったけど、王太子妃殿下の文官となれば第二王子殿下と会う機会もあるだろう。全く、どうして離れようとするのに、近い職場ばかり勧められるのだろう…こうも重なると意図があるように感じてしまう。ううん、自意識過剰になっているだけだろう…殿下は能力を買って下さっているだけだ。
「そうそう、アレクとはどうなっているんだ?」
「は、はい? ふくだ…第二王子殿下ですか?」
ちょうど彼の事を考えていたせいか、その名が殿下の口から出てきて思わず慌ててしまった。し、心臓に悪い…それに、どうと聞かれても返事のしようがなかった。
「ああ、あれから連絡を取っているんだろう?」
「ええっ?まさか……特にありませんが…」
「……え?」
どうして驚くのだろう…
「何度か騎士団で顔を合わせましたが…今は団長の仕事もありますし、忙しいので…」
騎士団で何度か顔は合わせたけれど、私は団長と副団長の仕事を掛け持ちしていて、業務連絡以外の話をする暇もなかった。以前お守りにと渡された魔力で作ったという石を返さないと、と思っているけど、そんな隙もないのだ。殿下が小声で何か言っているけれど…何だと言うのだろうか…
「……そうか」
何だか酷く残念そうにも見えたけど、さっぱり意味が分からなかった。そもそも会ったところで何だというのだ。彼は一伯爵から今や王族、しかも第二王位継承権を持つ王子なのだ。王族に戻る前ならまだしも、既に王族に復帰した彼と話す事など何もない。
(やっぱり…王女殿下の秘書文官は無理かも……)
仕事に私情を挟むのは職業人としてどうかと思うけれど、一向に収まる気配のない苦い思いに、やはり会計監査局こそが自分の居場所なのだろうとの思いが、一層強くなった。
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