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若駒の唄
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青馬は翌朝になっても起きてはこなかった。部屋を覗くと目覚めている気配はあったが、頭まで夜着を被り、あるかなきかの呼吸を繰り返しているのが、夜着の薄いふくらみの下に見て取れるばかりだった。
「……青馬」
声を掛けると、ようよう生気のない目だけを覗かせて、ただぼんやりとこちらを見詰めていた。
大火の日、焼け野原に佇んでいた、抜け殻のような子供に戻ってしまったかのようだった。
午前の稽古がはじまると、もそもそと起き上がって耳を澄ませている様子だったが、一向に部屋から出てこようとはしなかった。
午前中の最後の門人を送り出し、稽古部屋を片付けていた久弥は、部屋の隅の衣桁の前で足を止めた。長着の後ろの薄暗がりで仄かに輝く、丸に剣片喰紋の金装飾で飾られた桐の長箱に目を落とす。少し考え込んだ末、絹のように滑らかな手触りの箱を引き寄せると、静かに蓋を持ち上げた。艶やかな江戸紫に同じ紋を白く染め抜いた、正絹の長袋が収められている。久弥はそれを慎重に取り上げ、畳に横たえて手早く紐を解いた。
長袋を開いていくと、見事な虎斑紅木の棹が覗く。やがて現れた三味線は、八つ乳の皮を張り、贅を尽くした高蒔絵と螺鈿象嵌を施した、美麗極まる一挺だった。
棹は、樫材の表面に紅木の薄材で面剥ぎを施してあった。貴重な紅木ゆえに、心材を樫にして、紅木で包むという手法を編み出したのだろう。名工が技術の粋を尽くしてはじめて可能となる、精妙この上ない細工だった。
金粉に目にも鮮やかな彩色を施した高蒔絵は、春の野に跳ねる愛らしい若駒を描いてあり、随所に螺鈿象嵌の蝶や草花が散りばめられ、天神には金漆で『春駒』の文字が踊る。
同じ長箱から正絹の錦も美しい胴掛けを取り出し胴に着け、象牙の撥を握ると、軽く絃を弾いて状態を確認した。
三下りに合わせ、青馬の寝間に向かって座り直す。背筋を伸ばして三味線を構えた。
半眼にした目を伏せる。
シャン、と撥を翻した途端、音が鮮やかに奔るのが見えた。
妄執の雲晴れやらぬ朧夜の、恋に迷ひしわが心
忍山、口舌の種の恋風が
吹けども傘に雪もつて、積もる思ひは泡雪と、消えて果敢なき恋路とや……
鋭利な間が落ちる度、奈落のような無が耳の奥底で鳴り響く。
宝暦十二年、市村座で初演された『柳雛諸鳥囀』の中で使われた『鷺娘』である。白鷺の精に娘の恋心を投影し、恋の喜び苦しみを幽遠に描き出す名曲だ。古色蒼然とした旋律に複雑な節回しが付く難曲だが、上質の三味線で奏でると際立った美しさを放つ。
隣室で青馬が息を飲むのが分かった。糸を弾く度、華麗で、それでいて胸を絞るように甘美な音色が体を走り抜けていく。
思ひ重なる胸の闇、せめて哀れと夕暮に
ちらちら雪に濡鷺の、しょんぼりと可愛らし
迷ふ心の細流れ、ちょろちょろ水の一筋に
怨みの外は白鷺の、水に馴れたる足どりも
濡れて雫と消ゆるもの、われは涙に乾く間も
袖干しあへぬ月影に、忍ぶその夜の話を捨てて
縁を結ぶの神さんに、取り上げられし嬉しさも、余る色香の恥かしや……
からりとしながら、部屋全体を共鳴させるほど遠音がさす音と、すすり泣くように繊細でありながら、深みのある余韻を引く音。ほっそりと優美な姿からは想像も出来ぬほど、豊穣に鳴り響く棹だ。『春駒』の銘に相応しい、躍動に溢れた若駒だった。
春駒が久弥の情感を吸い上げ、露にし、芳醇に歌い上げるのを聞きながら、いつしか久弥は凍える闇の中にあり、しんしんと降り積もる雪を透かし、命を燃やして舞う鷺の精を見詰めている。
須磨の浦辺で潮汲むよりも、君の心は汲みにくい
さりとは、実に誠と思はんせ
繻子の袴の襞とるよりも、主の心が取りにくい
さりとは、実に誠と思はんせ
しやほんにえ、白鷺の、羽風に雪の散りて
花の散りしく、景色と見れど
あたら眺の雪ぞ散りなん、雪ぞ散りなん、憎からぬ……
白く汚れのない鳥が翼を広げ、可憐に、しかし恋の恨みに絡み取られ、もがくように羽ばたく音を聞く。
鳥はやがて、傘を手にした、白無垢に綿帽子の寂しい女の姿に変わる。
その後ろ姿に、髪を島田に結い上げ、黒紋付に身を包む、ほっそりとした柳橋芸者の面影が重なった。
ーー不意に、がたりと音を立てて唐紙が開いた。驚愕に目を見開いた青馬の顔が覗く。
久弥はふつりと唄うのを止め、撥を下ろした。
顔色を失い、しかし熱病に浮かされたような目で、青馬は久弥と春駒を凝視している。
「……お師匠様。それ」
青馬の声が震えた。
「それは、何ですか?」
久弥はかすかに目を細めると、黙って撥と三味線を膝の前に置いた。
「これは『春駒』という。母が死んだ時に、父から贈られたものでな。二代前の当主が手に入れた名器で、父は母に与えたかったらしいが、見向きもされなかったらしい。母をむざと殺させたのがよほど堪えたのだろうよ。どうしても受け取れと言って残して行った」
静かに言うと、青馬が躊躇いながら、しかし衝動に抗えぬ様に躙り寄り、息を詰めて三味線に見入った。
絢爛でありながら気品のある姿に、青馬が瞠目する。
「……三味線というのは、こういうものなんですか。こんな音がするものなんですか」
「この三味線は、石村近江という名工の一族の、五世の手による逸品だ。サワリがないのだが、素晴らしくよく響くだろう。紅木という、非常に珍しくて硬い材を使っているせいであるらしい。……だが、腕のないものが弾いても、手に負える代物ではない。これは荒馬でな」
久弥はちらりと微笑んだ。
「弾いてみたいだろう」
青馬の頬に血の気が差す。膝に置いた小さな両手が、思わず動くのが見て取れた。
「まだ、駄目だ。お前にこれは扱えない」
心の中を読まれたのを恥じるように、青馬が俯くのを見下ろしながら、穏やかに続ける。
「まずは技倆を高めて、自分の棹を自在に弾きこなせるようになることだ。お前の紫檀の棹も極上の音で鳴るはずだ。お前の腕次第で、いくらでも音色は豊かになる。精進しさえすればな」
真摯な表情で頷く青馬に、久弥はやわらかく笑んだ。
「では、お前の棹が仕上がったら受け取りに行くとするか」
「……はい」
紅潮した顔で返事をした青馬は、しかしすぐに額を翳らせた。
伏せた目に怯えの色が浮かぶ。
外を出歩いたら、父親に見つかってしまうのではないかという恐怖に竦んでいる。
「青馬。連中も馬鹿じゃない。白昼堂々、嫌がるお前を連れていったりはできないし、私がさせないから安心しなさい。腕っ節は強い方だからな、そこらの破落戸なんぞに負けたりはしない。まして、浅草は回向院とは比べ物にならぬ繁華な所だ。お前を探し出すのは至難の業だろうよ」
落ち着いた声で語りかける内、青馬の緊張が少しずつ緩んでいった。
春駒を見下ろす双眸に、憧憬と昂りが蘇る。切ないほどに自分を呼ぶ音色が、青馬の耳の奥に鳴り響いているのが聞こえるようだ。
「柳橋に出て、舟で山谷堀まで行ってしまおう。山谷堀で降りれば菊岡は目と鼻の先だ。そうすれば、誰とも行き合うこともない」
「舟、ですか」
青馬が弾かれたように顔を上げ、素っ頓狂な声を発した。
うん、と頷くと、子馬のような双眸が輝いたので、久弥は肩を揺らして小さく笑った。
***
それから卯月の終わりまで、青馬はふとした拍子に不安気な表情を見せながらも、憑かれたように三味線の稽古に没頭していた。父親への恐怖心に負けまいとするかのように、鬼気迫る、という表現をする他にない勢いで、菊岡へ出向く日のことだけを考えて、朝から晩まで三味線をかき鳴らしていた。己と格闘するかのような気迫で、凄まじい上達を見せる少年に、久弥は黙って稽古をつけつづけた。
青馬を案じて幾度かやってきた真澄は、そんな青馬の様子を見ると自ら師匠役を買って出て、久弥が門人らに稽古をつけている最中、青馬の気が済むまで手ほどきをしてやってくれていた。
「あらまぁ、すっかり糸道ができてしまって」
ある日二人の様子を見に行くと、真澄の耳に心地いい声が聞こえてきた。
廊下から見れば、居間で向き合った青馬の左手を取って、娘が愛おしげに目を細めているのだった。
三味線弾きは左の人差し指の爪で糸を押さえることが多いため、爪の先が磨り減って凹んでくるのだが、これを糸道と呼ぶ。爪以外にも指先を酷使するから、人差し指をはじめほとんどの指先の皮が分厚くなる。右手には撥たこだってできる。
「三味線弾きの手ね。とても、一生懸命な手よ」
青馬の右手もそこに重ね、さらに上から己の手でそうっと包むと、小さな手を幾度も撫でた。幾度も幾度も、ゆっくりと、息をひそめて、まるで痛むところをさすってやっているかのように、心を込めて撫ぜていた。
「……真澄さんもそうですか?」
「ええ、もちろん。ほらね」
美しい指先を青馬の目の前に差し出すと、青馬はまじまじと目を凝らし、やがて目に光を浮かべてにこりとした。
「本当だ。一緒ですね」
「ね。一緒でしょう」
「お師匠様も、一緒ですね」
そうね、と慈しむように娘が答える。
ーー糧にしろ。そう真澄が教えているのだと思った。
苦しみも、悲しみも、己の芸の糧にしろ。
芸の道にある者は、そうして生きていくのだ。……けれども、見守っている。お前は一人ではないのだと、小さな両手を包んで、ぬくもりを伝えようとしている。
「真澄さんとお師匠様と同じだ」
頬を染めて嬉しそうに笑う青馬の頑是ない顔が、なぜか少し大人っぽくなったような気がした。
卯月も終わりというある日、菊岡へ向かった。
眩しい午後の日差しが大川の面に反射する。猪牙舟の舳先に身を乗り出して風を顔に受けながら、青馬は見入られたように水面と河岸の風景を眺めていた。
吉原通いのために、遊客が猪牙舟を使って大川を遡って吉原の大門近くまで行くことを、俗に「山谷通い」という。柳橋の渡し場から猪牙舟に乗り、山谷堀までは一四八文ほどであるから、往復すれば結構な費えとなる。それゆえに、船での吉原行きはお大尽の証で、徒歩よりも粋とされた。
とはいえ、二人の目的地は吉原などではない。分限者にも見えぬ子連れで、わざわざ舟で山谷堀まで行くとは何の酔狂か、と若い船頭はいかにも不思議そうであった。しかし、子供は舟が初めてだと久弥が告げると、船頭は俄然張り切り、行き交う船や河岸の景色を指差しては、あの筏は武州秩父の材木を運んでいるところだとか、あの広大な堀と蔵は、天領から運ばれてくる米を貯蔵する浅草御蔵で、六十七棟も蔵があるんだぜとか、四番堀と五番堀の間に見えるのが、かの有名な『首尾の松』だとか、あれが大川橋で、左手に見えるのが浅草寺の五重塔だとか、櫓を操りながらこまごま語って聞かせた。
「大川橋を過ぎたら浅草川って呼ぶんだぜ。堀まではもうすぐよ」
ゆったりと流れる川の面を、猪牙舟は水を蹴立ててかなりの速度で進む。猪牙舟の船頭は粋で鯔背が身上で、いかに高速で舟を操るかを他の船頭と競い合っているから、おそるべき速度に青馬は最初凍りついたものだった。まして、大川は猪牙舟のみならず、荷足や高瀬舟、艀などで常にひしめいている。威勢のいい船頭とは対照的に、船頭が櫓を操って行き交う船とすれ違う度、青馬は揺れる舟の上で顔を引き攣らせ久弥の袂を掴んだ。
しかし、青馬の緊張も大川橋を過ぎる頃には大分解けて、船頭の話に聞き入る余裕が生まれたようだった。時には思い切って身を乗り出して、水に触れようと川面を覗き込んだりするので、かえって久弥が焦ったほどだ。風と光を受けて、青馬は底抜けに晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
山谷堀に入り、堀に沿って立ち並ぶ船宿と、その前の川面にずらりと並んだ猪牙舟を横手に眺めながら、山谷堀橋の袂に着いた。
舟を降りて日本堤に上り、堀に沿って少し下り、田町へ至る。
青馬は舟に揺られていた感覚が抜けないのか、しばらくふわふわとした足取りで歩きながら、船宿や料亭の合間に覗くきらめく堀を盛んに眺めては、猪牙舟がいかに速かったかを興奮気味に語った。
田町の賑やかな通りに入ると、青馬は急に無口になった。じっと頬を強張らせ、脇目もふらずに足を運び、久弥の隣を黙々と歩いていく。やがて、見覚えのある菊岡の看板が見えてくると、憑かれたような眼差しで店を見詰め、吸い寄せられるように店の戸口へ一直線に近づいて行った。
暖簾を潜って狭い店の土間に入る頃には、青馬の顔はすっかり青ざめ、期待と不安で猪牙舟のことも頭から吹っ飛んでいるのが見て取れた。
「先日はどうも」
久弥の声に、若い職人が顔を覗かせる。
「岡安様、坊ちゃんも、いらっしゃいまし」
職人が言った途端、奥から庄兵衛が待ちかねたように出て来た。
「お待ちしておりやしたよ。さ、どうぞお掛けになってくだせぇまし」
小上がりに腰を下ろすと、職人が心得たように錦の袋に入った三味線を捧げて戻って来た。
「さぁさ、どうぞ」
手渡された袋を膝に置くと、久弥はなめらかな手つきで紐を解き、片手で袋をたぐって天神の下辺りをそっと掌に載せた。ひんやりと滑らかで、重みのある紫檀の手触りが肌に心地良い。濃い紫に近い、黒々と輝く細めの棹と、象牙の糸巻の白さとの対比に、匂うような気品があった。皮を張られた胴を引き出して行くと、棒立ちになっている青馬が大きく息を飲んだ。
絹絃の黄色が紫檀の上を走る様は美しく、花梨の胴に張られた、目に痛いような皮の白と、音緒の紫が艶やかだった。
「……見事ですね」
無駄を削ぎ落とした、簡潔きわまる姿でありながら、職人が技術の粋を注ぎ込んだ楽器の輝きに、久弥は感嘆の吐息を漏らしながら、誰に言うともなく呟いた。
三味線を持ち上げて、青馬に向ける。青馬がびくりと肩を揺らし、束の間躊躇うと、やがて近付いて来た。
小上がりに座らせ、胸元に三味線を差し出すと、神々しく輝く美しい楽器に青馬の頬が紅潮した。息をするのも憚られる様子でそっと棹を左手に取り、右手で胴を支えると、幾度も天神から音緒の先まで目を往復させる。
羽化登仙の様子で、ほう、と息を吐くのを見て、久弥と職人たちはさざ波の様に笑った。
職人が、真新しい象牙の丸撥を差し出す。
青馬はそろそろと撥を手に取ると、象牙の滑らかな感触に目を丸くした様だった。普段は樫の撥を使っているから、象牙の感触とは大きく異なるはずだ。軽くて撥先が硬く、繊細な音が出る上、手汗を吸うので滑らないのだ。
しげしげと撥を眺めた後、青馬はじっと久弥を見た。
久弥が目で糸巻を指すと、あっ、と我に返った様に糸巻の方を向いて、調弦を始めた。
おそるおそる撥先を絃に当て、開放絃を弾いて行く。ぴいんと澄んだ音に、青馬が息を詰めて聞き入っている。三下りだ。
すっと青馬の背が伸びる。
右手が軽やかに翻り、チンチンチン、トチチリチン、と切れ味よく絃が歌いはじめる。
糸を鳴らす度、予想外の繊細な反応が返って来るのに驚いた様子で、幾度も三味線に目を落としている。どこか躊躇いがあった手技が、前に乗り出すように熱を帯びて来る。
青馬の唇から、不意に細く透き通る声が響き渡った。
打つや太鼓の音も澄み渡り、角兵衛角兵衛と招かれて
居ながら見する石橋の、浮世を渡る風雅者
うたふも舞ふも囃すのも、一人旅寝の草枕……
旅芸人の角兵衛が、太鼓を叩き、軽々と舞い踊る。早春の、冷たく凍える、しかし晴れやかな空気を頬に感じる。軽妙な芸を披露する男の周りで、集まった人々が手を叩いたり掛け声を掛ける。
久弥は両手を膝に置くと、後を引き継いだ。
おらが女房をほめるぢゃないが、飯も炊いたり水仕事
麻撚るたびの楽しみを、独り笑みして来りける
越路潟、お国名物は様々あれど、田舎訛の片言まじり
しらうさになる言の葉を、雁の便りに届けてほしや
小千谷縮の何処やらが、見え透く国の習ひにや
縁を結べば兄やさん、兄ぢゃないもの、夫ぢゃもの……
素朴で情感漂う浜唄の後、一転して華やかな晒しの合方へと続く。
素早い撥捌きと、大胆に移動する勘所は見せ場でもあり、難所でもある。
撥が翻る度、豪華で濁りのない音色が、体を心地良く打つ。青馬が瞼を閉じ、もっと出来る、もっと鳴らせる、と試すように糸を弾き、返ってくる反応に感嘆しながら、三味線との対話に没入して行くのがわかる。
店の外には、突如高らかに流れ始めた『越後獅子』に、驚いたように足を止めて聞き入る人々が見えた。
晒す細布手にくるくると、晒す細布手にくるくると
いざや帰らん己が住家へ
お囃子が去っていく。賑々しい祭りの余韻が空気に溶けると、三絃店の、木と皮の匂いの漂う土間が目に映る。
じっと聞き入っていた庄兵衛と職人が、金縛りが解けたかのように息を吸った。
ゆるゆると撥を下ろし、青馬がしげしげと三味線を見下ろした。夢でも見ていたのかという目で、撥を握った右手を見詰める。やがて、自分に視線を注ぐ職人たちと、久弥の気配に気付いたのか、はっとしたように顔を上げた。
こちらを見る青馬の目が、一点の憂いもない幸福に輝いているのを見て、久弥は深い笑みを浮かべた。
青馬が職人たちを振り返ると、二人とも満足そうに、顔をくしゃりとさせて笑っている。
青馬は夢見るように唇を綻ばせ、言葉もなく三味線に見入った。そうして久弥をもう一度見上げると、今にも笑い出しそうな表情で、袂で大切そうに三味線を包んで見せた。
「……青馬」
声を掛けると、ようよう生気のない目だけを覗かせて、ただぼんやりとこちらを見詰めていた。
大火の日、焼け野原に佇んでいた、抜け殻のような子供に戻ってしまったかのようだった。
午前の稽古がはじまると、もそもそと起き上がって耳を澄ませている様子だったが、一向に部屋から出てこようとはしなかった。
午前中の最後の門人を送り出し、稽古部屋を片付けていた久弥は、部屋の隅の衣桁の前で足を止めた。長着の後ろの薄暗がりで仄かに輝く、丸に剣片喰紋の金装飾で飾られた桐の長箱に目を落とす。少し考え込んだ末、絹のように滑らかな手触りの箱を引き寄せると、静かに蓋を持ち上げた。艶やかな江戸紫に同じ紋を白く染め抜いた、正絹の長袋が収められている。久弥はそれを慎重に取り上げ、畳に横たえて手早く紐を解いた。
長袋を開いていくと、見事な虎斑紅木の棹が覗く。やがて現れた三味線は、八つ乳の皮を張り、贅を尽くした高蒔絵と螺鈿象嵌を施した、美麗極まる一挺だった。
棹は、樫材の表面に紅木の薄材で面剥ぎを施してあった。貴重な紅木ゆえに、心材を樫にして、紅木で包むという手法を編み出したのだろう。名工が技術の粋を尽くしてはじめて可能となる、精妙この上ない細工だった。
金粉に目にも鮮やかな彩色を施した高蒔絵は、春の野に跳ねる愛らしい若駒を描いてあり、随所に螺鈿象嵌の蝶や草花が散りばめられ、天神には金漆で『春駒』の文字が踊る。
同じ長箱から正絹の錦も美しい胴掛けを取り出し胴に着け、象牙の撥を握ると、軽く絃を弾いて状態を確認した。
三下りに合わせ、青馬の寝間に向かって座り直す。背筋を伸ばして三味線を構えた。
半眼にした目を伏せる。
シャン、と撥を翻した途端、音が鮮やかに奔るのが見えた。
妄執の雲晴れやらぬ朧夜の、恋に迷ひしわが心
忍山、口舌の種の恋風が
吹けども傘に雪もつて、積もる思ひは泡雪と、消えて果敢なき恋路とや……
鋭利な間が落ちる度、奈落のような無が耳の奥底で鳴り響く。
宝暦十二年、市村座で初演された『柳雛諸鳥囀』の中で使われた『鷺娘』である。白鷺の精に娘の恋心を投影し、恋の喜び苦しみを幽遠に描き出す名曲だ。古色蒼然とした旋律に複雑な節回しが付く難曲だが、上質の三味線で奏でると際立った美しさを放つ。
隣室で青馬が息を飲むのが分かった。糸を弾く度、華麗で、それでいて胸を絞るように甘美な音色が体を走り抜けていく。
思ひ重なる胸の闇、せめて哀れと夕暮に
ちらちら雪に濡鷺の、しょんぼりと可愛らし
迷ふ心の細流れ、ちょろちょろ水の一筋に
怨みの外は白鷺の、水に馴れたる足どりも
濡れて雫と消ゆるもの、われは涙に乾く間も
袖干しあへぬ月影に、忍ぶその夜の話を捨てて
縁を結ぶの神さんに、取り上げられし嬉しさも、余る色香の恥かしや……
からりとしながら、部屋全体を共鳴させるほど遠音がさす音と、すすり泣くように繊細でありながら、深みのある余韻を引く音。ほっそりと優美な姿からは想像も出来ぬほど、豊穣に鳴り響く棹だ。『春駒』の銘に相応しい、躍動に溢れた若駒だった。
春駒が久弥の情感を吸い上げ、露にし、芳醇に歌い上げるのを聞きながら、いつしか久弥は凍える闇の中にあり、しんしんと降り積もる雪を透かし、命を燃やして舞う鷺の精を見詰めている。
須磨の浦辺で潮汲むよりも、君の心は汲みにくい
さりとは、実に誠と思はんせ
繻子の袴の襞とるよりも、主の心が取りにくい
さりとは、実に誠と思はんせ
しやほんにえ、白鷺の、羽風に雪の散りて
花の散りしく、景色と見れど
あたら眺の雪ぞ散りなん、雪ぞ散りなん、憎からぬ……
白く汚れのない鳥が翼を広げ、可憐に、しかし恋の恨みに絡み取られ、もがくように羽ばたく音を聞く。
鳥はやがて、傘を手にした、白無垢に綿帽子の寂しい女の姿に変わる。
その後ろ姿に、髪を島田に結い上げ、黒紋付に身を包む、ほっそりとした柳橋芸者の面影が重なった。
ーー不意に、がたりと音を立てて唐紙が開いた。驚愕に目を見開いた青馬の顔が覗く。
久弥はふつりと唄うのを止め、撥を下ろした。
顔色を失い、しかし熱病に浮かされたような目で、青馬は久弥と春駒を凝視している。
「……お師匠様。それ」
青馬の声が震えた。
「それは、何ですか?」
久弥はかすかに目を細めると、黙って撥と三味線を膝の前に置いた。
「これは『春駒』という。母が死んだ時に、父から贈られたものでな。二代前の当主が手に入れた名器で、父は母に与えたかったらしいが、見向きもされなかったらしい。母をむざと殺させたのがよほど堪えたのだろうよ。どうしても受け取れと言って残して行った」
静かに言うと、青馬が躊躇いながら、しかし衝動に抗えぬ様に躙り寄り、息を詰めて三味線に見入った。
絢爛でありながら気品のある姿に、青馬が瞠目する。
「……三味線というのは、こういうものなんですか。こんな音がするものなんですか」
「この三味線は、石村近江という名工の一族の、五世の手による逸品だ。サワリがないのだが、素晴らしくよく響くだろう。紅木という、非常に珍しくて硬い材を使っているせいであるらしい。……だが、腕のないものが弾いても、手に負える代物ではない。これは荒馬でな」
久弥はちらりと微笑んだ。
「弾いてみたいだろう」
青馬の頬に血の気が差す。膝に置いた小さな両手が、思わず動くのが見て取れた。
「まだ、駄目だ。お前にこれは扱えない」
心の中を読まれたのを恥じるように、青馬が俯くのを見下ろしながら、穏やかに続ける。
「まずは技倆を高めて、自分の棹を自在に弾きこなせるようになることだ。お前の紫檀の棹も極上の音で鳴るはずだ。お前の腕次第で、いくらでも音色は豊かになる。精進しさえすればな」
真摯な表情で頷く青馬に、久弥はやわらかく笑んだ。
「では、お前の棹が仕上がったら受け取りに行くとするか」
「……はい」
紅潮した顔で返事をした青馬は、しかしすぐに額を翳らせた。
伏せた目に怯えの色が浮かぶ。
外を出歩いたら、父親に見つかってしまうのではないかという恐怖に竦んでいる。
「青馬。連中も馬鹿じゃない。白昼堂々、嫌がるお前を連れていったりはできないし、私がさせないから安心しなさい。腕っ節は強い方だからな、そこらの破落戸なんぞに負けたりはしない。まして、浅草は回向院とは比べ物にならぬ繁華な所だ。お前を探し出すのは至難の業だろうよ」
落ち着いた声で語りかける内、青馬の緊張が少しずつ緩んでいった。
春駒を見下ろす双眸に、憧憬と昂りが蘇る。切ないほどに自分を呼ぶ音色が、青馬の耳の奥に鳴り響いているのが聞こえるようだ。
「柳橋に出て、舟で山谷堀まで行ってしまおう。山谷堀で降りれば菊岡は目と鼻の先だ。そうすれば、誰とも行き合うこともない」
「舟、ですか」
青馬が弾かれたように顔を上げ、素っ頓狂な声を発した。
うん、と頷くと、子馬のような双眸が輝いたので、久弥は肩を揺らして小さく笑った。
***
それから卯月の終わりまで、青馬はふとした拍子に不安気な表情を見せながらも、憑かれたように三味線の稽古に没頭していた。父親への恐怖心に負けまいとするかのように、鬼気迫る、という表現をする他にない勢いで、菊岡へ出向く日のことだけを考えて、朝から晩まで三味線をかき鳴らしていた。己と格闘するかのような気迫で、凄まじい上達を見せる少年に、久弥は黙って稽古をつけつづけた。
青馬を案じて幾度かやってきた真澄は、そんな青馬の様子を見ると自ら師匠役を買って出て、久弥が門人らに稽古をつけている最中、青馬の気が済むまで手ほどきをしてやってくれていた。
「あらまぁ、すっかり糸道ができてしまって」
ある日二人の様子を見に行くと、真澄の耳に心地いい声が聞こえてきた。
廊下から見れば、居間で向き合った青馬の左手を取って、娘が愛おしげに目を細めているのだった。
三味線弾きは左の人差し指の爪で糸を押さえることが多いため、爪の先が磨り減って凹んでくるのだが、これを糸道と呼ぶ。爪以外にも指先を酷使するから、人差し指をはじめほとんどの指先の皮が分厚くなる。右手には撥たこだってできる。
「三味線弾きの手ね。とても、一生懸命な手よ」
青馬の右手もそこに重ね、さらに上から己の手でそうっと包むと、小さな手を幾度も撫でた。幾度も幾度も、ゆっくりと、息をひそめて、まるで痛むところをさすってやっているかのように、心を込めて撫ぜていた。
「……真澄さんもそうですか?」
「ええ、もちろん。ほらね」
美しい指先を青馬の目の前に差し出すと、青馬はまじまじと目を凝らし、やがて目に光を浮かべてにこりとした。
「本当だ。一緒ですね」
「ね。一緒でしょう」
「お師匠様も、一緒ですね」
そうね、と慈しむように娘が答える。
ーー糧にしろ。そう真澄が教えているのだと思った。
苦しみも、悲しみも、己の芸の糧にしろ。
芸の道にある者は、そうして生きていくのだ。……けれども、見守っている。お前は一人ではないのだと、小さな両手を包んで、ぬくもりを伝えようとしている。
「真澄さんとお師匠様と同じだ」
頬を染めて嬉しそうに笑う青馬の頑是ない顔が、なぜか少し大人っぽくなったような気がした。
卯月も終わりというある日、菊岡へ向かった。
眩しい午後の日差しが大川の面に反射する。猪牙舟の舳先に身を乗り出して風を顔に受けながら、青馬は見入られたように水面と河岸の風景を眺めていた。
吉原通いのために、遊客が猪牙舟を使って大川を遡って吉原の大門近くまで行くことを、俗に「山谷通い」という。柳橋の渡し場から猪牙舟に乗り、山谷堀までは一四八文ほどであるから、往復すれば結構な費えとなる。それゆえに、船での吉原行きはお大尽の証で、徒歩よりも粋とされた。
とはいえ、二人の目的地は吉原などではない。分限者にも見えぬ子連れで、わざわざ舟で山谷堀まで行くとは何の酔狂か、と若い船頭はいかにも不思議そうであった。しかし、子供は舟が初めてだと久弥が告げると、船頭は俄然張り切り、行き交う船や河岸の景色を指差しては、あの筏は武州秩父の材木を運んでいるところだとか、あの広大な堀と蔵は、天領から運ばれてくる米を貯蔵する浅草御蔵で、六十七棟も蔵があるんだぜとか、四番堀と五番堀の間に見えるのが、かの有名な『首尾の松』だとか、あれが大川橋で、左手に見えるのが浅草寺の五重塔だとか、櫓を操りながらこまごま語って聞かせた。
「大川橋を過ぎたら浅草川って呼ぶんだぜ。堀まではもうすぐよ」
ゆったりと流れる川の面を、猪牙舟は水を蹴立ててかなりの速度で進む。猪牙舟の船頭は粋で鯔背が身上で、いかに高速で舟を操るかを他の船頭と競い合っているから、おそるべき速度に青馬は最初凍りついたものだった。まして、大川は猪牙舟のみならず、荷足や高瀬舟、艀などで常にひしめいている。威勢のいい船頭とは対照的に、船頭が櫓を操って行き交う船とすれ違う度、青馬は揺れる舟の上で顔を引き攣らせ久弥の袂を掴んだ。
しかし、青馬の緊張も大川橋を過ぎる頃には大分解けて、船頭の話に聞き入る余裕が生まれたようだった。時には思い切って身を乗り出して、水に触れようと川面を覗き込んだりするので、かえって久弥が焦ったほどだ。風と光を受けて、青馬は底抜けに晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
山谷堀に入り、堀に沿って立ち並ぶ船宿と、その前の川面にずらりと並んだ猪牙舟を横手に眺めながら、山谷堀橋の袂に着いた。
舟を降りて日本堤に上り、堀に沿って少し下り、田町へ至る。
青馬は舟に揺られていた感覚が抜けないのか、しばらくふわふわとした足取りで歩きながら、船宿や料亭の合間に覗くきらめく堀を盛んに眺めては、猪牙舟がいかに速かったかを興奮気味に語った。
田町の賑やかな通りに入ると、青馬は急に無口になった。じっと頬を強張らせ、脇目もふらずに足を運び、久弥の隣を黙々と歩いていく。やがて、見覚えのある菊岡の看板が見えてくると、憑かれたような眼差しで店を見詰め、吸い寄せられるように店の戸口へ一直線に近づいて行った。
暖簾を潜って狭い店の土間に入る頃には、青馬の顔はすっかり青ざめ、期待と不安で猪牙舟のことも頭から吹っ飛んでいるのが見て取れた。
「先日はどうも」
久弥の声に、若い職人が顔を覗かせる。
「岡安様、坊ちゃんも、いらっしゃいまし」
職人が言った途端、奥から庄兵衛が待ちかねたように出て来た。
「お待ちしておりやしたよ。さ、どうぞお掛けになってくだせぇまし」
小上がりに腰を下ろすと、職人が心得たように錦の袋に入った三味線を捧げて戻って来た。
「さぁさ、どうぞ」
手渡された袋を膝に置くと、久弥はなめらかな手つきで紐を解き、片手で袋をたぐって天神の下辺りをそっと掌に載せた。ひんやりと滑らかで、重みのある紫檀の手触りが肌に心地良い。濃い紫に近い、黒々と輝く細めの棹と、象牙の糸巻の白さとの対比に、匂うような気品があった。皮を張られた胴を引き出して行くと、棒立ちになっている青馬が大きく息を飲んだ。
絹絃の黄色が紫檀の上を走る様は美しく、花梨の胴に張られた、目に痛いような皮の白と、音緒の紫が艶やかだった。
「……見事ですね」
無駄を削ぎ落とした、簡潔きわまる姿でありながら、職人が技術の粋を注ぎ込んだ楽器の輝きに、久弥は感嘆の吐息を漏らしながら、誰に言うともなく呟いた。
三味線を持ち上げて、青馬に向ける。青馬がびくりと肩を揺らし、束の間躊躇うと、やがて近付いて来た。
小上がりに座らせ、胸元に三味線を差し出すと、神々しく輝く美しい楽器に青馬の頬が紅潮した。息をするのも憚られる様子でそっと棹を左手に取り、右手で胴を支えると、幾度も天神から音緒の先まで目を往復させる。
羽化登仙の様子で、ほう、と息を吐くのを見て、久弥と職人たちはさざ波の様に笑った。
職人が、真新しい象牙の丸撥を差し出す。
青馬はそろそろと撥を手に取ると、象牙の滑らかな感触に目を丸くした様だった。普段は樫の撥を使っているから、象牙の感触とは大きく異なるはずだ。軽くて撥先が硬く、繊細な音が出る上、手汗を吸うので滑らないのだ。
しげしげと撥を眺めた後、青馬はじっと久弥を見た。
久弥が目で糸巻を指すと、あっ、と我に返った様に糸巻の方を向いて、調弦を始めた。
おそるおそる撥先を絃に当て、開放絃を弾いて行く。ぴいんと澄んだ音に、青馬が息を詰めて聞き入っている。三下りだ。
すっと青馬の背が伸びる。
右手が軽やかに翻り、チンチンチン、トチチリチン、と切れ味よく絃が歌いはじめる。
糸を鳴らす度、予想外の繊細な反応が返って来るのに驚いた様子で、幾度も三味線に目を落としている。どこか躊躇いがあった手技が、前に乗り出すように熱を帯びて来る。
青馬の唇から、不意に細く透き通る声が響き渡った。
打つや太鼓の音も澄み渡り、角兵衛角兵衛と招かれて
居ながら見する石橋の、浮世を渡る風雅者
うたふも舞ふも囃すのも、一人旅寝の草枕……
旅芸人の角兵衛が、太鼓を叩き、軽々と舞い踊る。早春の、冷たく凍える、しかし晴れやかな空気を頬に感じる。軽妙な芸を披露する男の周りで、集まった人々が手を叩いたり掛け声を掛ける。
久弥は両手を膝に置くと、後を引き継いだ。
おらが女房をほめるぢゃないが、飯も炊いたり水仕事
麻撚るたびの楽しみを、独り笑みして来りける
越路潟、お国名物は様々あれど、田舎訛の片言まじり
しらうさになる言の葉を、雁の便りに届けてほしや
小千谷縮の何処やらが、見え透く国の習ひにや
縁を結べば兄やさん、兄ぢゃないもの、夫ぢゃもの……
素朴で情感漂う浜唄の後、一転して華やかな晒しの合方へと続く。
素早い撥捌きと、大胆に移動する勘所は見せ場でもあり、難所でもある。
撥が翻る度、豪華で濁りのない音色が、体を心地良く打つ。青馬が瞼を閉じ、もっと出来る、もっと鳴らせる、と試すように糸を弾き、返ってくる反応に感嘆しながら、三味線との対話に没入して行くのがわかる。
店の外には、突如高らかに流れ始めた『越後獅子』に、驚いたように足を止めて聞き入る人々が見えた。
晒す細布手にくるくると、晒す細布手にくるくると
いざや帰らん己が住家へ
お囃子が去っていく。賑々しい祭りの余韻が空気に溶けると、三絃店の、木と皮の匂いの漂う土間が目に映る。
じっと聞き入っていた庄兵衛と職人が、金縛りが解けたかのように息を吸った。
ゆるゆると撥を下ろし、青馬がしげしげと三味線を見下ろした。夢でも見ていたのかという目で、撥を握った右手を見詰める。やがて、自分に視線を注ぐ職人たちと、久弥の気配に気付いたのか、はっとしたように顔を上げた。
こちらを見る青馬の目が、一点の憂いもない幸福に輝いているのを見て、久弥は深い笑みを浮かべた。
青馬が職人たちを振り返ると、二人とも満足そうに、顔をくしゃりとさせて笑っている。
青馬は夢見るように唇を綻ばせ、言葉もなく三味線に見入った。そうして久弥をもう一度見上げると、今にも笑い出しそうな表情で、袂で大切そうに三味線を包んで見せた。
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