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第三話『こんなところにいつまでもいられるか。オレは自分の世界に帰らせてもらう』
しおりを挟む「釣り……?」
ポカンとついていけていないように赤髪の少年は首を傾げる。
「そうよ。ここ、聖ウトガルド王国の王族は成人の折に国宝の釣竿を使って結婚する相手を異世界から召し上げる決まりがあるの。それであなたはあたしに釣り上げられたわけ」
元来の負けず嫌いな性格も相成って、エイルの虚勢はブレーキのかけどころを見失ってなおも続く。
「あなたはあたしの婿殿としてこの国の王族の一員になれるの。あたしが釣り上げてあげたおかげでね!」
エイルは慎ましやかな――けれど形はいいと密かに自負している――胸を大きく反らして言った。
本当はこんな恩に着せるような言い方をするつもりはなかったのだが。
彼の纏う強者の雰囲気に飲まれまいと張り合う気持ちが先行してついつい高慢な口調になってしまった。
これではただ身分を鼻にかける嫌な女だ。
自分で言って恥ずかしく思った。
いつもは王族であることを笠に着て威張るような真似はしないというのに。
この少年が相手だといつものペースが乱される気がする。
「王族? 婿? 異世界? ……まあ、春だからなぁ」
赤髪の少年はぽつりと呟いた。
意味はよくわからないが軽く馬鹿にするようなニュアンスが感じ取れる。
それとあまりエイルの話を信じていないことも。
「つーか、お前遠くね? 何でそんな離れたところで座ってんの? オレにびびってんのか」
あっさり内心を見抜かれ、距離感について指摘をされたエイルは頬を紅潮させる。
「う、うるさいわね! 違うわよ! 人には適正なパーソナルスペースってものがあるのよ!」
「とりあえず、オレは帰るぞ」
エイルの反応には興味はないらしくマイペースに目の前の彼は言う。
「いや、無理だって」
ゲートを使って呼び出したのだからそんな気軽な調子ではいかない。
そのことを知っているエイルはそう忠告した。
「どうやって連れてきたのかは知らんが、帰るったら帰る」
「だから無理よ」
「…………」
少年はしばし無言になる。何をやろうとしているのか。何を考えているのだろうか。
帰りたいなら扉の出口に向かうはずだが。
まあ、出口に向かったところで帰れたりはしないのだけど。
「…………?」
「もしかして本当なのか……?」
数秒間の逡巡の後、愕然としたように少年はそう言った。
「だから言ってるじゃない。何で急に納得したのか知らないけど。言ったでしょ、あなたは釣竿によって王国の王族であるあたしの婿に選ばれたの」
「……ふざけるな。何が婿だ」
「詳しい起源はわからないけど昔からそういうしきたりなのよ。王族は異世界から運命の相手を黄金の釣竿で釣り上げて伴侶とするっていう」
「意味がわからん。お前らはみんな、今まで一回も会ったことがないやつと結婚するっていうのか?」
「そうよ?」
「意味がわからん」
「何でもう一回言ったの?」
「何回聞いてもわからないからに決まってるだろ」
赤髪の少年はくだらないとばかりに吐き捨てる。
「このロマンがわからないなんて……」
エイルは唖然とした。自分の常識が全否定されたことに衝撃が走った。
「ロマンでもマロンでもなんでもいい。とにかくオレは帰るぞ。ここが異世界っていうなら今すぐオレを元の世界に帰せよ」
「無理よ」
礼儀のない横柄な言い方にむっとしながらエイルは言った。
「どうしてだよ」
「だってゲートは一方通行で、これまでこっちに来た人はいるけど帰った人は皆無だもの。大体帰りたいと思う人なんてこれまで――」
「約束したばっかりなのに畜生め……」
赤い髪の少年はぶつぶつと独り言を言っている。
何の話をしているのだろうか?
「ねえ、あんたは元の世界に帰りたいの?」
「当たり前だろ」
少年はエイルの目をまっすぐに見据え、はっきりと断言した。
「……おかしいわね」
「おかしかねーよ。自分の場所に帰りたいと思うことの何がおかしいんだ?」
「いや、それはそうなんだけど。でも――」
「とりあえず、どうやってオレをこっちに呼んだんだ。同じことをすれば帰れるかもしれない」
「どうやってって。聖水を注いだゲートに黄金の釣竿を垂らして……」
「ゲート……。そいつはどこにあるんだ!」
ベッドから這い出てつかつかと歩み寄ってきた少年はエイルの肩を掴んで激しく前後に揺さぶる。
「あ、あんたが最初に入っていた煉瓦の囲いがそうよ」
肌に直接触れる少年の手の平の感触にエイルは身を強張らせた。また無遠慮に顔を近づけてこられて動揺し、視線が合わせることができなくなる。厳めしい顔をしているくせに何気に綺麗な肌をしていてムカつく……という感想もおまけで覚えた。
「あの井戸みたいなやつか。よし、わかった」
情報を聞き出すなり、用済みとばかりにぱっと手を離すと少年はエイルの横を通りぬけて扉へ向かっていく。
「ちょっと、どこ行くのよ」
「こんなところにいつまでもいられるか。オレは自分の世界に帰らせてもらう」
「それ、何かよくないことが起こりそうな気がする言い回しね」
ふと思った感想が口を衝いて出る。
どうしてそんなことを思ったのかはわからないけれど。
エイルは不思議とそれが決まり事のような気がしたのだった。
「この世界にもフラグってあるのか?」
少年はなぜかぴたりと足を止め、不安げに振り返ってきた。
「え、フラグ? 旗?」
「……いや、なんでもねえ」
「そ、そう?」
そしてバタンと音がして、木製の扉が閉まるのを見送る。
「――って、待ちなさいよ!」
あまりの聞く耳の持たなさと強引さにそのまま流されてしまったエイルだったが、我に返って慌てて後を追いかける。
「……あれ、いない?」
ドアを勢いよく開けて長い石畳の廊下を見渡すも、すでに彼の目立つ赤い髪はどこにもありはしなかった。
※※
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