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第十三話『明日はきっと、寝不足だ』
しおりを挟む「んじゃ、オレは床にでも寝るかな」
それぞれが寝巻に着替え後は寝るだけとなった頃合い。
オレは伸びをして就寝の体勢に入ろうとする。
ちなみに各部屋に別れて着替えを行う際、
「覗かないでよ」
「覗くかよ」
「本当に?」
「本当だ」
「気にならない?」
「ならん」
「嘘でしょ?」
「んだよ、そんなら覗きゃいいのかよ」
「最低、この変態!」
とかいった茶番もあったりしたがそこは割愛する。
「……あんた本気なの?」
レースのふわふわした感じのネグリジェに身を通したエイルが呆れ顔で言った。
「本気だ」
「あのね、あたしが協力したって前例のまったくないことをやろうとしてるのよ? 明日どころか二、三日で帰れる保証だってないんだから。これから毎日床でなんて寝てたら身体壊しちゃうでしょ」
「それはそうだが。雨野だってそうしてるんだろ」
「マヒト君は喜んでやってるみたいだし……それに藁は敷いてるらしいし」
なんだ、その微妙な労りは。気持ち悪っ!
「けどなぁ……」
どうしてもよぎる姫巫の顔。いくらあいつに知られることはないとはいえ、知られなきゃ何をしていいというわけでもあるまい。
「それとも何? あんたはあたしに床で寝ろって言うの?」
「そんな鬼畜なこと言うわけないだろが」
女を固い床に寝かせて自分は寝床を独占するとかどんな畜生野郎だ。どこからそういう発想が浮かぶんだよ。
「じゃあ諦めてベッドで寝なさい」
言質を取ったとばかりに強い口調でエイルはマットレスを指差す。
「おかしいだろその理屈は」
その二つをイコールで結ぶのは飛躍がすぎるぜ。
「選択肢はその二つだけよ。あんたの良心が傷まない方を選びなさい」
エイルは理不尽な二択をオレに押し売って放り投げてきた。どうにも二言は許さない構えのようだった。
「……わーったよ」
前髪を掻きながらベッドに潜り込む。オレは断腸の思いでおよそ人道に反しない方の選択肢を選択したのだった。
頑固な女だ。
慎ましさや貞淑さは欠片もないが、お節介で芯が通っているところは姫巫と少し似ているかもしれない。
……なんてな。
オレは正反対とも言える二人に共通項を見出し、ありえないと心中で笑う。
「おやすみ」
照明を落とし、訪れた暗闇の中で左隣からエイルの小さな囁き声が耳に届く。
「おう、おやすみ」
そう返し、驚くほど柔らかな枕に後頭部を埋めて瞼を下ろすと――きっと疲労がたまっていたのだろう――オレの意識は数秒立たずに刈り取られ、結局その翌朝まで目覚めることはなかった。
※※※
床で寝るなんて意地を張っていたが、カクマジゲンは目を閉じるなり軽やかな寝息を立てて熟睡してしまった。
エイルはその眠っている横顔を眺めながら、
「寝顔は怖くないのね……」
元の世界では悪魔とさえ言われていた少年の意識のない表情をそう評する。
無論エイルがそんなジゲンの元の世界での風評を知るわけもないが。
「ぐっすり眠っちゃってまあ……」
やはり疲れがあったのだろう。
本来なら数日は目が覚めないこともある召喚酔いからたった数時間で起き上がったとはいえ、彼だって体力が無尽蔵なわけではない。
いろいろ難癖をかまして言いくるめ、ベッドに寝かせた判断はやはり正解だった。
「まったく、しょうもない蛮人なんだから……」
しかしその難癖はジゲンの人柄のよさにつけ込んだもので、ジゲンの印象がエイルの中で無自覚のうちに善人扱いされているがゆえに用いられた手法であることに彼女自身は気付いていない。
「ほんと、ぐっすり眠ってる」
ジゲンには元の世界に大切な人がいる。愛する人がいる。
まだ誰も好きになったことのないエイルにはわからない何かが見えていて、大事な想いを胸に抱えている。
彼を好きにならなくてよかった。好きになる前でよかった。
そうでなければあんな申し出は絶対にできなかっただろう。
運命の相手だと思って釣り上げた相手が自分の方を振り向くことなく、一刻も早く目の前から消え去ろうとしていることには少しばかり寂しさを覚えるけれど。
でも、これでいいのだ。
別の世界には彼を求めている少女がいて、あたしは別にジゲンでなくてもよくて。
ジゲンが特別な人でもない。
たまたま釣り上げた相手が彼だっただけなのだから。
なら自分のところではなく、彼を必要としている人のもとに返したほうがいいに決まっている。
ジゲンらの想いを引き裂く権利なんてあたしにはない。
……そう答えを出したはずなのに。
どうにも釈然としないもやもやが片隅に残る。
「なんか。ムカつくなあ。……あたしが釣り上げたのに」
ジゲンには相手を釣り直すと話したが、実際のところ一人の人間が釣竿を使うことができるのは一生に一度きりだ。
気に入らなかったからもう一回なんて都合のいいことなどできはしない。
エイルが今後異世界から誰かを呼び寄せることは二度となく、それは同時に運命の相手とのロマンスの夢を捨てること同意義だ。
それでも、目の前の彼の愛する人の元へ帰りたいと願う真摯な瞳にエイルは言葉にし難い何かを感じた。
そして力になってあげたいとそう思ってしまった。
嘘を吐いたのは本当のことを言ったらジゲンは自分の協力を受けないような気がしたから。
ジゲンの想いを聞いた時、エイルはかつてないほどに心臓が高く跳ねた。
ドキドキとした気持ちになった。
あれほどまでに誰かを強く想えているジゲンがすごく羨ましく思えた。
そうして急に親近感が湧き、放ってはおけないと感じてしまった。
「はぁ……」
この胸のちくちくとした苦しさは、きっと隣の彼が自分の知らない恋というものを知っているから。
そのことを羨む感情の表れ。
そうに違いない。
まったく、どこまでも迷惑をかける男だと頬を突いてささやかな復讐をする。
止まない煩いを一生懸命に抑え込みながらエイルは無理矢理に目をつぶった。
だが、なかなか眠りの深淵は訪れない。
寝息が届くほど近くに感じる異性の気配が追い打ちをかけて睡眠を妨げてくる。
キングサイズであるため二人で使っても十分な広さはあるが、同じマットの上に並んで同衾していることに変わりはないのだ。
何の気負いもせず、ぐっすりと眠りこけている隣の少年が腹立たしい。
自分ばかり意識してしまって、まるで馬鹿みたいだ。
そういえばジゲンの躊躇いは元の世界にいるミコという人物に対する罪悪感ばかりが透けて見え、エイルという異性についてはまったく意識しているように見えなかった。
別にジゲンによく思われたいとかそういう希望はないものの、まったく袖にされるのは自分に魅力がないと安く見られたようで気に入らない。
(ひょっとしてあたし……いや、そんなことはない!)
好きになった人とは一緒にいたいものだというのはジゲンの様子を見ても自明の理。
あいつを元の世界に帰してやりたいと思っているのだから、あたしはジゲンのことなど何とも思っていない!
間違いない!
なのにどうして、こんなにもヤキモキしているのだろう。
一種の警戒心に近いものだろうか。
顔が熱く感じるのも警戒による緊張で興奮しているから?
エイルは自分の中で納得のいく理屈見つけ出せずに悶々とし続ける。
――ああ、明日はきっと、寝不足だ
それから数時間。
エイルは一人、ベッドの上で煩悶としながら眠れぬ夜を過ごしたのだった。
※※※
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