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第二十三話『――恋に恋している』
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「ふんふんふーふーん、ふんふんふふーん」
水着の紐を外し、砂場に敷いたタオルケットの上でうつ伏せに寝ながらエイルはエアにオイルを塗ってもらっていた。
「随分とご機嫌だな」
「え? そう? 割と普通よ?」
鼻歌交じりに気を抜いていたエイルは何気なく返事を返した後、ジゲンが唐突に目の前に出現していたことに驚き、自分の状態を顧みず飛び起きてしまいそうになった。
「あわわっ……あんたいつの間にっ!?」
危ういところでエアに上からむぎゅっと押さえつけられ、事なきを得る。
エイルは失態に軽く赤面しつつ、首だけ上向きにして音もなく現れたジゲンを見上げてみた。
「……それ、何塗ってんだ」
彼はなぜかけったいなものに向ける顔をしてエイルを見ていた。
「え、オリーブオイルだけど?」
エイルはジゲンの問いの意図が掴めないまま答える。
自分はただ、水辺で遊ぶときにはオイルを背中に塗って寝転ぶと美容にいいという異世界の知識聞いてエアにオリーブオイルを塗ってもらっていただけである。
何もおかしいところはないはずだ。
なのにジゲンの表情は冴えない。
どういうことだろう? エイルは小さく首を傾げる。
「……オリーブオイルは代用になんのか? そもそもここに紫外線あるのか……? 太陽じゃねえし……。でも光は発してるしなぁ」
ジゲンはブツブツとよくわからないことを呟いている。
(あ、ひょっとして……)
エイルの頭に一つの仮説が思い浮かぶ。
もしかしたら、ジゲンは自分が水着の後ろ紐を外して無防備に背中を晒していることが嫌なのではないだろうか。
仮にも婿がいる身で、そうそう大勢の前で肌を見せるなと、そういう意思の表れなのではないだろうか。
つまりある種の独占欲が彼の中に芽吹いた結果、今の態度を引き出された……。
「ぐふふふ……」
なかなか、どうして。
――ジゲンもあたしの魅力に気が付いて意識するようになったということかしら。いや、別に嬉しいとかそういうあれじゃないけれどね!
どこが発端になったのかわからないくらいの拡大解釈をしながら口元を押さえ、一人にやけるエイル。
……その姿を正座で隣に座したエアに無表情で熟視されていることにも気づかず。
彼女の頭の中身はそんな妄想で埋まっていたのだった。
「それにしても随分早かったわね」
水着の紐を締め直してもらって起き上がったエイルはジゲンから鞠を受け取る。
エイルたちの部屋まで行ったというのに門まで行った程度の時間しか感じさせぬ早業だった。
「あんた、足がすごく速いのね」
エイルは感心して素直に称賛の言葉を贈る。
「あ、そういう解釈でくるんだな」
「どういうこと?」
「いや、こっちの話さ」
「……そう」
ジゲンは時々あたしにわからないことを言う。
その『わからない』があると最近は何だか胸の奥がちくりと痛む。
そしてジゲンのいた世界にいる姫巫さんという人ならちゃんとわかってあげられるのかな、なんて考えてしまう。
あたしはジゲンのことがまだよくわからない。
わかってあげられないから伝えなきゃいけない伝えるべきことを躊躇っている。
ジゲンが元の世界に帰るのに協力すると言っておきながら、あたしはあたしが知っている中で一番大きな手掛かりをまだジゲンに言っていない。
恐くて、言えないでいる。
『あの人たち』について、意図的に口を噤んでいる。
黙っていることは彼に対する裏切りに違いないのに。
ジゲンがあの人たちの存在を知ったらどう動くのかわからない。
あたしたちを振り返らず城を出て行く可能性も大いにある。
そのジゲンを引き留められる自信があたしにはない。だから後回しにして罪悪感に苛まれている。
元の世界に帰って姫巫さんのところへ戻って好きな人の場所に納まるのなら。
それでジゲンがいなくなるのならそれはいい。
最初に決めたことだし、あんなに一途な想いは誰だって応援したくなるものだ。
だけど、この世界にいながら別の場所へ行ってしまうの嫌だ。
同じ地平の上にいながらわかりあえずにすれ違ったままになってしまうのは耐えられない。
どうしてそう考えるのかはわからない。だけどジゲンが好きな人の元へ帰る瞬間を見届けるときには傍にいたい。
――恋に恋している
従妹のルナにはそう言われた。
きっとあたしは自分がまだ本当の恋をしていないから、身近にあった憧れの体現を綺麗な風景を押し止めるように囲っていたいんだと思う。
あたしはジゲンが胸に宿す心に感情移入して勝手に共有した気になっているんだ。
これはあたしの我が儘。あんまりいいことじゃないよね?
だから早く言うべきなのかもしれない。でもジゲンがわからないから勇気が出ない。
もっとわかるようになれれば勇気が出せるのかな。
わかるように。見えるように素顔を見せてくれれば楽に決断できるのに。
半分嘘を吐いているこの状態を抜け出せるのに。
「……もう少しわかりやすくして欲しいんだけど」
ぼそっと完全にこっちの都合で愚痴ってみる。
「何の話してんだ?」
するとジゲンはわけがわからないと怪訝な顔になった。
こういうところはわかりやすくて面白い。
そこから先の奥深くは決して容易くは見せてくれないのに。
「ふふん、こっちの話よ」
でも簡単に理解できるようじゃつまらなかったかもしれないから。
ジゲンが元の世界に帰る前に彼のことを少しでも汲み取れるようになれたらそれでいい。
勇気は自分の力で捻り出そう。不透明でも出るもんは出る。
きっとあたしなら大丈夫。近いうちにきっと。
明日明後日今日。……どーんと言ってやる。
悩んでる雰囲気なんておくびにも出さないでさらっと言ってやる。
「それじゃあ鞠回し、始めよっか?」
「あ、そういう名称なのな」
あたしは鞠を掲げて、異世界から自分の手で釣り上げた『運命の相手』に悪戯っぽく微笑んだ。
※※※
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