異世界に釣られたら婿殿にされた件について

のみかん

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第三十四話『そして彼女は――エイル・スカンディナヴィアは、』

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「何よ、どうしたの? 不安げにしてると思ったら今度はピリピリして。情緒が不安定すぎるわよ」

 エイルに落ち着きを促しながらヴェスタはそっと手紙の内容を覗き込み、あらまあと声を漏らす。

「どうした。何が書いてあるんだ?」

 二人を二つの意味で唸らせる文がそこには記されているらしい。
 さすがにオレも気になって訊ねるぜ。そもそもオレ宛の手紙だしな。
 中身を知る権利ランキングではトップに君臨してる。


「『決闘状』 カクマ ジゲン殿  聖なるゲートの前にて待つ。必ず一人でくること」


 ヴェスタが隣のエイルの爆発を気にするようにそろそろと距離を取りながら内容を音読してくれた。
 それを聞いたアキレスはあちゃーと額を押さえて天を仰いだ。
 そして「ジゲン殿はまだ文字が読めなかったのかー」とか言っていた。

 おい、それどういう意味だ。
 お前一枚噛んでるな?
 小一時間くらい問い詰めたかったが、今はそんな状況ではない。

 オレは冷静に判断して言葉を飲み込んだ。
 ただ、冷静ではいられない人間だっている。


「ちょっと、アキレス。あんた何か知ってるの? 今の反応、この内容が書かれてるってわかってたわよね」


 しっかりとアキレスの動作を視界に入れていたエイルはドスの効いた声で糾弾する。
 この厄介な状況の時に内輪で揉め事とか愚か以外の何でもないぞ……。
 そりゃロキが大事なのはわかるけどさ。

 ……保護者的な意味で。

「まあまあ、今はそれどころではないですし。ここで揉めている場合ではありませんよ?」

 お前は自分で言うな。馬鹿なの? エイルをわざと煽ってんのか?

「ロキに変なこと吹き込んだんじゃないでしょうね! あんたの入れ知恵なんでしょ、これ!」

 アキレスのまずい対応もあってエイルは割とマジでぷっつんした。
 この状況で余裕あんなぁ……。
 ルナもヴェスタも誰も止めようとしない。

 諦観の体勢に入ってしまっている。
 お前らはカカシか? それともエア子なのか? ……これは失言だな。

「エイル、とりあえず今は鞘を納めといてくれ。埒が明かないし、何よりロキの身が危ない」

「……うん、ごめん」

 エイルはしゅんとなってそう言った。

「別にお前を庇うわけじゃねえからな」

 念のためにジト目を送ってアキレスを牽制しておく。
 これで調子に乗られたらたまったもんじゃないからな。

「フフッ、知っていますよ。そういうのはそちらの世界ではツンデレというのでしょう?」

「…………」

 お前、ばりキモいなッ!

「とりあえず居場所はわかった。事態が事態だ。オレが単独で迎えに行ってくる。お前らは部屋に戻ってろ。アキレスがいればいざという時も何とかなるだろ」

 時々だが、外からは爆発音や興奮したような叫び声が響いている。
 裏切った連中はワールドカップのにわかファンよろしく暴徒と化しているのだろうか。
 例えが現代風なのは勘弁してくれ。

 こちとら数日前までれっきとした現代人だったのだ。

「じゃあ行ってく――」

 オレがロキの元へ向かおうとすると、

「ちょっと待って。エアの話だと使用人たちが何人も食堂で拘束されているって話なの」

 エイルがオレたち以外の城の人々の状況を語った。

「わかった。じゃあそいつらもオレがどうにかする」

「どうにかできるわけないでしょ! それに王族のあたしたちだけが安全なところでぬくぬく身を隠しているなんてみっともなくてできないわよ! あたしたちが交渉に乗れば助けられるかもしれないんだから」

「あのなぁ……」

 今にも食堂に飛んでいきそうなエイルの剣幕。

 オレがどう納得させようかと周囲を眺めると、驚いたことにヴェスタやルナも同じように決意のこもった表情をしていた。

「……お前ら、大したやつらだよ」

 だが、だからといってこいつらを連れ回すわけにはいかない。
 それだけは絶対にありえない。

「加隈君、いいのかい? この様子だとエイルちゃんにも、誰にも話していないんだろ」

 オレの向こうでの素性をこの世界で唯一知る雨野はそう言って気遣いを見せる。
 本当にこいつはいいやつだ。
 こっちに来ていた知り合いが雨野でよかったと改めて思った。

「言わなかっただけで隠していたわけじゃないしな。構わねえよ。……って、ここでは不思議とそう思えるからさ」

「そうか……。君がそう決めたんだったら。いいよ、わかった。なら全部君に任せるよ」

「ちょっと、マヒト! 何を言っているの! あんたそんな情けない男だったわけ!? ジゲン一人に押し付けて恥ずかしくないの!?」

「違うんだよ、ヴェスタ。彼は特別なんだ。この四面楚歌の状況をどうにかできるとしたら彼の力以外にはありえない。そして、僕らが介入することはその可能性を削ることと同意義なんだよ」

 雨野は激しい剣幕で迫るヴェスタを冷静に諭した。
 いつも椅子になっている男とは思えないクレバーな口調だった。

「それどういう意味? わけわかんないわよ」

「僕の口からは言えないんだ。ごめんね」

 雨野がヴェスタの髪を柔らかく撫でると、ヴェスタは頬を赤らめて無言になって俯いてしまった。
 いつも椅子になっている男とは思えない包容力だった。
 エア子は明後日の方向を向いて何もない空間を凝視していたので異論はないようだ。

 ルナは何も考えてなさそうなドヤ顔でサムズアップを向けてきた。

 そして彼女は――エイル・スカンディナヴィアは、


「ねえ、ひょっとしてあんたのその自信ってさっきのやつが関係してるの?」


 エイルは心許ない声音でオレの服の裾を掴む。
 彼女は確かな答えを欲しているのだと、オレは悟った。
 ここで全てを白状してから行くべきだろうか。

 いや、だが……。

「まあ、見てろや」

 トンっとエイルの額を小突いてオレは笑った。
 誤魔化すように微笑んだ。
 とどのつまり、結局は勇気が出せなかったことを隠すための格好つけに過ぎないのだが。

「ジゲン……」

 悪いな、後でちゃんと全部話すから。
 拒絶されるかもしれないとわかっててもちゃんと話すから。
 だからもうちっとだけ、我慢してくれよ。


「楽しみにしていますよ」


 オレは目的の位置を脳内でイメージし、ロキの待つゲートのある場所へと移動した。
 最後の言葉がアキレスとか勘弁してくれ……。
 心の声に呼応する台詞を投げてくるんじゃないよ。気色悪い。


 さて、何はともあれ。


 元の世界で『次元の悪魔(ディメンション・デビル)』と、そう呼ばれた男の無双劇の開園だ。


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