異世界に釣られたら婿殿にされた件について

のみかん

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第三十八話『世界を壊す』

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「私はこの世界を壊さなくてはならないのだ。そのためにはこの世界を牛耳る王族を消し、覇権をこの手に納める必要がある」

 空にかざした手の平を握りしめてアンナは恍惚な表情を見せる。

「世界を壊す……? まさか、お前の目的は――」

 オレの頭をよぎったのは現界教の定めるという元の世界に帰るために必要なプロセス。
 彼女の発した言葉にオレはアンナがまだ正気を失っていなかったことを認識した。
 復讐心に溺れて見境がなくなったうえでの乱心のほうがまだマシだと思った。

 彼女の頭は冷静だ。
 それも狂気を宿しながら冴え渡って駆動している。

「そう、君には昨日話したばかりだったな? 私はこの偽りの世界を破壊し、神へと奉還する。そして母の悲願であった故郷への帰還を果たしてみせるのだ……」

 アンナの母親が召喚者だというなら、彼女はオレや雨野と同じく異世界から連れてこられた人間の血を引いているということになる。

 王族を憎み、この世界に希望を持たないなら、母親のいた自らのルーツとも言える世界に羨望を抱いてもおかしくはない。

「本当は君も誘うつもりだった。共にこの世界から脱却することを願う者として手を差し伸べてやるつもりだった。だが、君はさほど元の世界に帰ることに執着を見せていないようだ」

「オレが元の世界に執着していないだと?」

「君は言ったな。泥をかけて跡を立つのは嫌いだと」

「それがどうした」

「甘いのだよ。そんなことでは一生かかっても元の世界に帰ることなどできはしない」

「…………」

「私はどんなものに泥をかけてでも母の無念を晴らそうという覚悟がある。この世界の何ものをも犠牲にすることを厭わない。全てを破壊して、この地を焦土に変えようとも気に病みはしない。できれば君にもそれくらいの気概を見せて欲しいところだった」

「それが覚悟だって言いたいのか? 自分の都合に他の誰かを巻き込むことが?」

「人の形をしたまがい物や、憎き仇に対して何を躊躇う必要がある?」

 アンナはつまらなそうに鼻を鳴らす。

 くだらないことを訊ねるなという意思表示が見て取れた。

「お、おい。アンナのやつは何を言っておるのだ……?」

 ロキはアンナの言っていることが何一つ理解できないようで、不可解な深淵を眺めるように彼女を見ている。

「わかんねーならわかんないままでいいよ。覗こうとしたらロクな目にあわねーから」

 オレは淡白な口調を意識してそう言った。
 深淵を覗く時には深淵もまたこちらを覗いているのだから。
 迂闊にその奥を知ろうとすれば同様に闇に取り込まれてしまう。

 復讐に駆られた者の狂気など知らなくてもいい。
 誰だって。どんな人間でも。
 その胸の奥には黒く渦巻く種を宿しているのだから。

 些細なことでその芽は芽吹くのだから。

 触れずに遠くに置いておけるならそれに越したことはない。

「お喋りはここまででいいただろう。そろそろ始末をつけさせてもらうぞ」

 アンナが指を鳴らすと周囲の茂みや木々の狭間から続々とフルアーマーで武装した騎士たちが姿を現した。

「アンナ隊長のために……」「アンナ隊長のために……」「アンナ隊長のために……」

 連中はヘルムに覆われた顔の下でまるで憑りつかれたかのようにぶつぶつと一様にそう唱えていた。

「こ、こやつらは城の兵士たちではないか! それもあの鎧の徽章はアキレスの隊のもの……。まさかアンナのみでなく騎士団全員が反乱を……?」

 突如現れて自分たちに敵意を見せながら近づいてくる軍勢にロキは目を白黒とさせる。自分の想像以上の規模の反乱を目の当たりにして騎士たちの様子がおかしいことに意識が向いていないようだった。

「こいつらはアキレスの隊のやつらじゃねえよ。アンナの部下がアキレスの隊の鎧を着て所属を偽っているだけだ」

「そ、そうなのか? よかった……いや、よくはない」

 オレの言葉を受け、一瞬安堵を見せるがすぐにかぶりを振って否定する。
 そりゃそうだ。少なくとも一定数の裏切りはあるんだから。
 楽観視できる状況でないのは変わらない。

「それよりも、こいつらは洗脳でもされてるんじゃねえのか? どうにも様子がおかしいぜ」

 オレは生気を感じさせない殺伐とした行進してくる鎧の集団を指して言った。
 まるで操り糸で動かされているかのような動作。
 夢遊病者を彷彿とさせる身体の揺らめき。

 どう見ても正常な精神状態にあるとは思えない。

「洗脳……? もしや現界教の奇術か!」

 ロキがハッと目が覚めたように食いついてきた。

「現界教はそんなことまでできるのか?」

 これだけの手勢を一度に寝返らせるというのはよほど上手く立ち回らなければ敵陣のど真ん中で嗅ぎ取られずに画策できることではない。

 持ちかけた相手が拒否しないとは限らないのだ。

 だが、自由に他者を操る術を持っているのならそこにかかるリスクや労力は一切鑑みる必要はなくなる。

「フッ、そんなものを使うまでもない。これは貴様らが国民どもに恒常的に強いている呪縛と同じものを利用しただけに過ぎない」

 ……そんなもの、か。
 つまり現界教が奇術を操ること自体については否定しないというわけだ。
 この間は眉唾物だと言って笑っていたが、あれも確信性をオレに持たせないための方便だったのだろう。

「この世界は次元の隙間に作られた虚構。そして虚構なのははそこに住まう人々も右に同じ。そんな彼らに実体のある真の人間が発する言葉は言霊として強く心に作用する」

「何を……何を言いたいのだ貴様は……」

 ロキが震えた声で訊ねる。
 その先にどんなことをのたまおうとしているのか、彼の頭の中では寒気がする予感がちらついているのだろう。

 そしてその予感は恐らく正しい――

「ふむ。わからんか? 国民という名の舞台装置たちは貴様らの祖先に刷り込まれて貴様らを王族と認識しているだけでしかないのだ。だからこうやって実態のある我々が強く意志を持って命令すれば彼奴らは従順に従う」

「待て、これ以上何を言うんだ! やめろ……やめてくれ……」

 ロキにしてみれば今までの常識をひっくり返すような受け入れがたい事実が許容量を超えて提示されているのだ。恐々とするのは仕方ないだろう。

「国民が貴様らに忠実なのも。好意的な視線を向けるのも。それは全てそう動くように仕組まれているに過ぎないのだ。貴様らが有能な為政者なわけでは断じてない」

「嘘だ……あぁ……そんな……」

 思考の処理がオーバーヒートを起こし、ガクリと膝を着いて項垂れてしまった。
 ……ここいらが限界か。
 オレはロキの肩に手を置いて前に出る。

「何が正しいのか、ちゃんと自分で考えろ。掟だ、しきたりだなんて既存の概念に頼ろうとするな。信じるべきものは周りの意見に流されないでテメェの眼で見定めて判断するもんだ。それは王でなくても、一人の人間として背負うべき大前提の責任だ」

 ぞろぞろと鈍い足取りで進軍してくる騎士たちの正面に相対した。

「ふん、大層な口を叩いているがこれだけの手勢を相手にどう立ち向かうつもりだ? 逃げるにしても王族のお守りをしながら、この多勢に無勢をどう切り抜ける?」

 蠢く兵の一人から剣を受け取りながらアンナは余裕に満ちた表情で見据えて言った。
 オレは股を開いて腰を落とし、地面に拳を突きつけながら愚蒙な女騎士を睨みつける。
 オレが向こうの世界で一番嫌いだったやつらがしていた表情を彼女は今オレの目の前で見せている。

 オレがそういうものはないと思っていたこっちの世界でそれを晒している。
 気に入らねえよ。余計なもんを見せるな。
 そんなものをオレの前に出してくるんじゃねえよ!

 オレは拳を引き戻し、地面を殴りつけて叫んだ。

「多勢に無勢ならなぁ……消しちまえばいいんだよッ!」

 オレの足元に亀裂が走り、大地が割れた。


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