異世界に釣られたら婿殿にされた件について

のみかん

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第三十九話『能力』

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※※※


「な、なんなのよ。今のは」

 エイルは愕然としながら先程までカクマジゲンがいたはずの場所を凝視して言葉を震わせた。

 騎士たちに襲われた時も瞬く間に普通ではありえない距離を移動したので奇怪に思っていたが、目の前ではっきり見せつけられるともう気のせいでは済まされない。

「マヒト、あなたは何か知っているのね?」

 ヴェスタが訳知り顔でジゲンを見送ったマヒトに詰問する。

「まあ、それは同じ世界にいたからね……」

 歯の奥にものが挟まったような言い方でマヒトは答えた。

 なぜ彼はこうも頑なにジゲンのことを語りたがらないのだろうかとエイルは疑問に思った。

「マヒト君。あんたさっき、この状況をどうにかできるのはジゲンだけって言ってたわよね? いくらなんでもあいつ一人でアンナや騎士団の一個隊を相手にどうこうできるとは思えないんだけど」

「いや、そこについては絶対に大丈夫だよ。そもそも、彼には人数差というのはあまり関係がないんだ」

 詳細を明らかにしようとしない割に、ジゲンがこの騒動を収める力量があるというその点だけは力強く答えてくる。

 彼にはそう思えるだけの確信があるのだ。

 普通ではありえないことでも、ジゲンならひっくりかえせるという確証が。

 エイルには持てなくて、マヒトが安心感を持てる理由。

 それは向こうの世界でのジゲンを見ているか見ていないかではないのか?

「ねえ、さっきの。あいつがいきなり消えたのって何なのよ。あんた、同じ世界にいたなら知ってるんじゃないの?」

「……それは」

 言い淀むマヒト。

 そして何かに気が付いたようにハッとした表情を見せるヴェスタ。

「ふむ。そういえば彼は訓練場で剣を交えた時、奇妙な術を使って私の剣を避けていましたね」

 アキレス曰く、剣先がジゲンの鼻先に軽く刺さるように突いたはずが謎の障壁に阻まれて防がれてしまったらしい。そして気がつけばジゲンは頭を逸らしており、剣は地面に突き刺さっていたというのだ。

「あんた今さらっととんでもないこと言ったわよね。……後でしっかり話を聞かせてもらうわよ」

 エイルが白い眼を送って凄むとアキレスは肩を竦めた。

「…………」

「ひょっとしてあんたがジゲンのことを話そうとしないのって、あいつが向こうであんまりよく思われてなかったからなんじゃないの? あいつは言ってたわ。むこうじゃ幼馴染みの子以外は皆が敵意を持った視線を向けてきてたって。最初はあの厳めしい顔で愛想のない性格だから、そのせいで遠巻きにされてるのを大げさに言ってるんだと思った。でもさっきの急に消えたやつ。……あれができるせいでジゲンは向こうで嫌な目にあっていたんじゃないの?」

 エイルはマヒトに答えを求める。知っておきたいと思ったから。
 好奇心や興味本位ではない。
 ただ、ジゲンが抱えているものを聞いたうえで何も変わらないということを示して見せたかった。

 こちらの世界に来てからは一番近くにいたはずの自分にもひた隠しにしてきたものを、隠してきた理由を知っても、なお変わらずにいられたら。

 そうしたらきっと、自分は世界で――次元は違うけれど――彼の二人目の理解者となってあげられるはずだ。
 唯一信じられる相手だという幼馴染みと離れてしまったジゲンはきっと孤独なのだ。
 こっちの世界も悪くはないと言ってはいたが、こちらには絶対的に足りないものがある。


 ――姫巫さんという理解者がいないんだ。


 エイルはここで、本人の口から聞いても動じないということを確認しておきたかった。

 卑怯かもしれないが、あらかじめ耳にしておけばもし仮に動揺したとしてもジゲンにはその様を晒すことはしなくても済むという打算もあった。

「あ、あたしは今さら何を聞いてもあいつに対して態度を変えたりするつもりはないから。……だから教えて欲しい」

 だんまりを決め込んでいるマヒトにエイルは震え交じりの声で問う。
 唇を固く結んで。
 内心ではどう自分が感じるのか確定が持てず、怯えながら。

 アキレスやルナ、エアの視線も彼に集まる。
 マヒトは深く息を吐き、考え込むように視線を下げて俯いた。
 ヴェスタはそんな彼を不安そうな目で見つめていた。

「確かに彼の評判を貶めるような話はしたくはなかった。でも、僕が話したくなかった一番の理由は自分のためなんだ」

「…………?」

「でも、こういう状況じゃ仕方ない。全部話すよ。そうしないとエイルちゃんも安心できないだろうし」

 観念したような口調でマヒトは言うのだった。

「マヒト、ちょっと待ちなさい。別に話さなくても彼がどうにかしてくれるのでしょう? だったら何も余計なことは言わなくてもいいはずだわ」

 しかしヴェスタはマヒトに考え直すようにと諌める。
 やはり彼女は何かに勘付いているのだろう。
 ジゲンが単身で乗り込むと言った時と違って明らかに訳知り顔だった。

 マヒトはそんなヴェスタを安心させるようににっこりと笑う。

 そして彼は口を開いた。

「加隈君はね、向こうの世界では五本の指に入る強力な超能力者として危険視されていたんだ。彼の能力の恐ろしさや彼を倒して名を上げようというならず者たちを完膚なきままに叩きのめす非情さから、次元の悪魔(ディメンション・デビル)と、そう呼ばれていた」

「え、ちょっと待ってよ。超能力ってそれじゃまるで……」

 エイルはぐっと身構える。

 目の前で見た現象から想像はしていたが、直接言葉にされて耳にするその単語からは、やはり『彼ら』を連想してしまう。

「……現界教の扱うとされている奇術と同じだというんだろう?」

 マヒトは柔和な表情を崩さなかったものの、諦観したような雰囲気を醸し出した。

 ヴェスタは不機嫌そうな表情で視線を横に反らす。

「向こうの世界……僕や加隈君がいた世界では八割以上の人間が何らかの特殊能力を備えている。力の大小はあれど、老若男女問わずね。そしてその中には加隈君のように世界から危険視されるコードをつけられた能力者もいる」

「つまり、マヒト様も何か能力をお持ちになられているということですか?」

 それまで大人しく聞きに回っていたアキレスが目敏くその可能性に気が付く。

「あのねえ、あなたにそこまで……」

 ヴェスタが余計なことに勘付きやがってといったような顔でアキレスを睨んだ。
 この反応はつまりそういうことなのだろう。
 そしてマヒトが自分のためと言った理由もわかった。

「そうです。僕も能力を持っています」

 こちらの世界では常識では考えられない奇術を扱うのは異端の民である現界教のイメージが強い。
 きっと彼はあらぬ言いがかりをつけられないためにその事実を秘匿していたのだろう。

「マヒト……」

 ヴェスタが切なげに声を絞り出してマヒトの服の袖を掴んだ。
 普段、彼を椅子にして超然としている彼女からは考えられない貞淑さであった。

「いいんだよ。彼のことを話して自分のことだけを隠すわけにはいかないよ」

 こちらも普段、物理的に尻に敷かれている人物とは思えない頼りがいのある態度でヴェスタに微笑みかけて安心させる。

「なあ、マヒトの能力はなんなんだ?」

 ルナがこんな状況にも関わらずマイペースな雰囲気で訊ねた。

「僕の能力はアーティクラフトメーカー。仕組みや素材のわかる道具ならなんでも生み出すことができる。ルナちゃんのグローブもその力を使って作ったんだよ」

「ほえー。そうだったのか。じゃあその能力のおかげでわたしは道具の心配をしないでベスボーができてるんだな! 隠してたのにグローブとか作ってくれて、ありがとうだぞ!」

 ルナの邪な計算を一切含まない感謝にマヒトは目尻を下げた。

「ヴェスタ。あんたマヒト君が奇術を使えるって知ってたの?」

「そりゃあ、まあね」

 未だ不機嫌そうにそっぽを向きながらヴェスタは答えた。
 恐らくは彼女が黙っているようにとマヒトへ言い含めていたのだろう。
 現界教との結びつきを邪推されてマヒトがこの国で生き辛くならないように。

「それで、あいつの……ジゲンの能力っていうのは一体何なのよ? 危険だ危険だって言うけど、見た感じ瞬間移動ができるだけよね? そんな危なっかしいことができるとは思えないんだけど……」

「ああ、それはね――」

 マヒトの口から語られた、ジゲンの力の真髄を聞いてエイルは驚嘆する。
 そしてアキレスは実に愉快気にニヤけていた。
 ……この戦闘狂め、とエイルは鼻白んで不謹慎な騎士を睨みつけた。


※※※
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