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第四十三話『すべてを終わらせるために』
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目の前で戦いが終わる。
カクマジゲンが理解の追いつかない奇術を用いてアンナ・エンヘドゥを手玉に取り、戦闘と呼べるのか疑わしい一方的な蹂躙でその幕は閉じた。
結局私は何の区切りもつけられず、ただ愚かな反逆者のもたらした言葉に翻弄をされただけで終わった。
いや、一つの区切りはつけられた。
本来の意図とは違う方向での決着のつけられかたであったが。すっかり理解して気持ちを整理することができた。
それは戦いが終わった後に訪れた。
「もう、ロキったら心配かけて! このおバカ!」
まずエイルは私の元へ駆け寄ってきて、私を抱きしめた。
次にカクマジゲンに対してありがとうと、涙ながらに礼を述べた。
最初はエイルが真っ先に自分の元へ来たことに優越感を覚えた。
優先順位においてカクマジゲンよりも上にあるのだとそう思って。
だが違ったのだ。
エイルの表情や仕草から理解した。
ただ単に決定的に望みがない事実を突きつけられただけなのだということを。
私は可愛がられるだけの年下の従弟でしかない。
だがカクマジゲンは頼るべき力がある身を預けられる相手として認識されている。
――ああ、そうなんだな
その瞬間。
私の全身から力が抜け、全てのことが腑に落ちた。
腑に落ちてしまった。
気に入らなかったはずのことすべてが走馬灯のように瞼の裏を駆け巡る。
カクマジゲンがエイルに選ばれたことも。
長年、儀式を心待ちにしていたエイルの気持ちを踏みにじるように突っぱねるカクマジゲンの態度も。
気に入らなかったことのすべてが。
頭だけで理解して、心の底では納得できていなかった何もかもがさらさらと溶け出して、無の彼方へと消え去って行く。
――これで終わったんだ
『どうしてそんなに気難しい顔で勉強ばかりしているの?』
幼き日の私は毎日書物庫にこもってひたすら知識を詰め込んでいた。
それは国を背負わなくてはいけないという未来がやって来るという重圧が恐ろしく、何かしていないと耐え切れなかったから。
『私は父上の後を継いでこの国の王にならなければいけないのだ』
将来にただ恐怖しか感じていなかった私に彼女は……エイルはいつもニコニコと心が温かくなるような笑顔を振り撒いてくれた。
そして私が一番欲しかった言葉をすとんと心にぴったり納まる形でくれた。
『たまには一緒に地下に泳ぎに行かない?』
『私は忙しいんだ』
『ロキはきっといい王様になれるわ』
『そうだろうか?』
『そう、きっとよ。だってこんなに一生懸命なんだもん』
『そうかな……』
『だから一緒に水源に行きましょうよ』
『なぜそうなるんだ!』
ただ年上の姉ぶりたかっただけなのかもしれない。
彼女には何気なく言っただけの一言だったのかもしれない。
それでも、私にはその一言が掛け替えのないものとして記憶に残った。
忘れられない方向指針、支えになったのである。
「だから、いっそ――全てを終わらせてしまいませんか?」
あの日、アキレスに提案された企みはカクマジゲンに決闘を申し込んで、エイルに対して抱く気持ちに白黒つけてはどうかというものだった。
『ロキ様が想いを告げるつもりがないのなら、どこかで踏ん切りをつけなくてはならないでしょう? エイル様が儀式を行っても深層心理の奥ではけじめをつけられなかった。しかし、どこかで区切りをつける契機を持たなくてはいけない。そうしなければその気持ちは呪いのようにあなたの心に巣食い続ける』
もちろん最初は断った。
そのような個人の事情で私闘を演じるなど、秩序を守り、国を統べる王族としていかがなものかと思ったからだ。
『大丈夫ですよ。剣を交えてわかりましたが彼は相当に戦い慣れている。実力差があっても遺恨を残さない綺麗な戦い方ができるのは強者の証です。ジゲン殿はそれなりに加減をする方法もわきまえていますから、ロキ様の御顔が不細工に変形して戻らないなんてことにもなりません』
『別にそんなことは心配してない! 私は女子ではないのだぞ! というか貴様、そのことを見極めるためにあんな無茶な条件で戦いを挑んだのか』
『まあ、ジゲン殿の焦った顔を見るのもなかなか楽しくはありましたがね』
『そんなふうだから貴様はいまいち人望が集まらんのだ』
『私のことはいいじゃないですか。それよりも、いいですか、ロキ様。頭ではなく心身で断ち切るのです。あのお方に滅多打ちにされて吹っ切れさせてもらいなさい。エイル様を彼から奪い取るのは絶対的に不可能だと身を持って挑み、心に刻んでもらうのです』
『……すべてを終わらせるために?』
幼少の頃に抱いて今日まで抱え続けてきた気持ちを投げ捨てるその時期がやってきた。
そうしなくてはいけないときがやってきたのだ。
『そう、始めるためではなく、終わらせるために』
私は頷いた。
王族として責務を果たすには前に進むしかないのだから。
立ち止まっていることが許されていた日々はもう遠い郷愁の彼方に置き去ってきたのだから。
『……ジゲン殿にはとばっちりかもしれませんがね』
そして、私はカクマジゲンに果たし状を渡した。
状況にそぐわない満面の笑みを浮かべるアキレスに仲介してもらって……。
「私は儀式を受けることにするよ」
アンナ・エンヘドゥによる反乱が起こった翌日。
私はカクマジゲンをゲートの前に呼び出して自分の決めた覚悟を告げた。
「ああ、そうかい」
やつは特に興味もなさそうに言った。
「うむ。……予想通りだが、あまり驚かないんだな」
「お前はそういうやつなんだと思ってたからな。あの日、決闘で自分の気持ちにケリをつけようとしてたんだろ。結局うやむやになっちまったけど」
この男が私の意図を把握してたことを知り、逆に驚かされてしまった。
あの読めない文字で書かれた果たし状だけで察することができるとは。
存外、カクマジゲンという男は見た目とは異なる理知的な思考回路をしているのかもしれない。
「このことはまだ父上にも話していない。騒動が治まっていないこのタイミングでは儀式を行うと言っても困らせるだけだからな。だから、お前にも然るべき時まで黙っていてもらいたい」
現在の城内は父上たち遠征隊の帰還と騒動が重なり、さらには騎士団の再編成などといった懸案事項が山積みとなって混迷を極めてしまっていた。
ここでさらなる騒動の種を撒くわけにはいかない。
「エイルには話したのか?」
「まだだ。話すのはお前が初めてだ」
「なら、話してないついでだ。ロキ、あの日アンナが言っていた話は誰にも言うなよ。異世界から人を呼ぶ理由やアンナの母親のこと。それら諸々に関してな」
「だが、本当の話なら皆もいずれ知るはずだ」
知っていながら真相を隠しているのは悪ではないのだろうか?
「知らなくていいことなら知らなくていい。知っても知らなくても生き続けることに変わりはないんだ。だったら余計な十字架を背負うのは後回しにすればいい。嫌なことを抱えるのを先延ばしにできるならそれが一番いいだろ」
「確かに皆を不安にさせるのは本意ではない。だが、我々の言葉が国民には絶対的な命令になるという事実。あれだけは……」
「それな。そっちは多分あいつの嘘だ」
「なんだと?」
「あいつは自分の力を増幅だと言っていた。きっとその力は物理だけでなく心理的にも作用するものだ。アンナは自分の能力を使って部下たちの忠誠心を引き上げて意のままに操る駒にしていたんだ」
もともとアンナの隊には彼女個人に強く惹かれて集まった者が多かった。
アンナはそこを上手く利用したのだとカクマジゲンは言った。
「それは推測でしかないではないか……」
「そんな都合よく誰彼かまわず言いなりにできるなら、なぜ最強の剣士であるアキレスを排除する必要があったんだ? あいつを使えばもっと効率よくことを実行できたはずだろ。つまりはそういうことさ」
そういうことなのだろうか。
しかしそう考えたほうが幾分か楽になれそうだった。
私は彼が言ったことを信じることにした。
そのほうが安心できるから。
真実をはっきりさせず、都合の良いほうだけを見て有耶無耶にさせる。
心の弱さからくる選択に激しく自己嫌悪した。
「ところでお前はアンナの言ったことを聞いて何も思わなかったのか? ひょっとしたら自分も城を放り出されてしまうとか、勝手に呼び出して許せないとか……。我々に不信感を抱いたりしなかったのか?」
「オレはまだ何もされていないし、裏切られたりもしていない。なのにどうして何かを思わなきゃいけない?」
「なら、裏切られたら思うのか? それはあまりに楽観的すぎるのではないか? 普通は裏切られる前に何かをするものでは?」
「オレは後出しでも誰にも負けることはないし。裏切られたら心置きなく全部をぶっ壊すだけだから。実際に危害が加えられるまでは何もする気はねえよ」
特に邪気もない口調で、気まぐれな心持ちひとつでいつでもどうにでもできるから、取り留めないことにすぎないと、その男、カクマジゲンはそう言ったのだった。
「…………」
ひょっとしたらこの男はいずれ、現界教などとは比較にならないような我々の脅威となる存在になり得るのではないか。
私の従姉はとんでもない怪物をこの世界に呼び出してしまったのではないのか。
彼のはみ出して垣間見えた異常性に私はただ戦慄を覚え、恐怖を抱いたのである。
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