どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第一章 夜の女王とミミズク

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 学校にあるサロンは相変わらず人が少ない。
 窓の外に広がる麗らかな春の日差しを熱心に浴びる花園の方が、人数が多いのではないだろうか。

 かちゃりと音を立てて、ティーカップを置く。向かいにいるリストと立っているダンへ視線をなげる。
 一晩経ち、報告のために集まった。
 ギスランが私の足元に傅き、唇にお菓子をつきつけてくる。
 それを口に含みながら、冷ややかな男達の眼差しを無視する。ギスランの腕を揺らし、もっとと催促する。こんな、微妙な空気、いたたまれない。

「カルディア姫、苺タルトはいかがですか?」

 ギスランはフォークできりわけ、私の口へと砂糖漬けされた苺を運んでくる。

「美味しい」
「は、はい!」
「ギスランは食べないの? お前が用意したものでしょう」

 ギスランはいつも通り、毒味をしてから口にしようとしない。リストの話で意外にも、はかなりの健啖家らしい。なぜか、私の前では小鳥のようにしか食べないのだが。
 私もギスランの唇にタルトをつきつける。ルビーのような苺の塊にギスランが困ったように眉を下げる。

「あーん」

 ぐいぐいとギスランにおしつけると、覚悟を決めたようにえいっと口に含まれた。もごもごと口を動かしている。

「美味しい?」

 何度も頷き、ギスランが私の腕を揺らす。もっとくれないの? と小首を傾げ訴えてきた。
 しかたなく、口に運んでやると、素早く食べて、私の手を揺らす。何度かそれを繰り返していると、呆れた顔をしたリストが止めに入った。

「俺は無価値な食事風景を観劇しにきた覚えはない」
「観劇しているつもりならばお金とるわよ」
「品性をどこに置いてきた。第四王女が金などと下品なことを口にするな」

 ばちばちと睨み合う。そうしたら、困り眉をしたダンがあいだに入ってきた。

「お二人とも、気をしずめられてはいかがか」
「俺には余暇を過ごす暇がない。報告がないならば退出するが?」
「お待ちを。まずはこちらから報告させていただく。ですので、そう血気盛んにならずに」

 ダンがリストをたしなめているあいだも、ギスランは私の手を揺らし続けた。そんなにお菓子が美味しかったのだろうか。口に運んでやると瞳がきらきらと輝き、情熱的な熱を孕んだ。実は苺タルト、好物なのか?

「さて、ではしばしお耳を汚しますこと、お許し下さい」

 ダンはギスランを見て、しばし胡乱げな視線をやっていたが、咳払いひとつをして、本題を話し始めた。

「あの化物……鳥人間の核となっていたのは、自動琴のシリンダーとよく似た形状をしていた」
「自動琴?」

 たしか、自動琴にはシリンダー式とディスク式の二つがあるはずだ。リストの部屋に置かれていたのはディスク式のもので、ディスクを変えると曲も変えることができる。
 ディスク式の方が安価で、大衆向きだ。シリンダー式は時に家やオートモービル(馬車のかわりに走る車)、飛行船と同じ値段で売買されている。
 十二のシリンダーに植え付けられたピンが、十三の櫛歯を弾き音を鳴らすというのが一般的なはずだ。

「シリンダーにプログラムがあったと?」

 口の中のものをのみこみ、ギスランが尋ねた。
 プログラムって、なんだ?
 リストも知った顔で悩んでいる。
 恥を忍んで、ギスランに尋ねた。私だけ知らないのは、悔しい。

「行動の情報源です。例えるならば、楽譜でしょうか。この通りに弾きなさいと楽譜が音の旋律を指し示すように、鳥人間の行動が記されていたのです」
「なるほど、つまり行動指示書ね」

 でも、どういうことだ。なぜ、音楽を鳴らす自動琴が行動指示書になれる? 音楽で、あの鳥人間が動いていたとでも言うのだろうか。

「そう。科学の発展は目覚ましい。末恐ろしいほどです。あんな巨体の指示系統が外部ではなく、自律して行われているとは」

 ダンは恥ずかしそうにうなだれた。
 機械を嫌悪していたダンが認めた?
 衝撃だった。魔術は科学の上位互換。科学は劣ったものだとばかり。なのに、清族の頂点であるダンが、それほど、科学の力は凄まじいのか。

「機械が優れたものだということ?」
「今の清族ではあんな高能な生物を創造できない。もちろん、清族が神に牙を剥き、生物体を創り出さぬよう、法が整備されているからということはもちろんありますが。だが、そのことを抜きにしても、おそらく我らの術では精製しえぬ生物だ。鳥人間はとても優れたものです」
「でも、私と他の令嬢の区別がついていないようだったけれど?」

 そういえば、侍女が最初に私を殺しにきた意味が、今ならば想像できる。おそらく、鳥人間が私を髪型でしか判別できなかったからだ。それに気が付き、侍女を差し向け、確実に殺そうとした。とり逃せば、待機していた鳥人間が殺す。そういう計画だったのだろう。

「ええ、だが、髪型という区別はついていた。そちらの方が重要です」

 わからないと首を傾げると、斜め下からギスランが言葉を付け足した。

「カルディア姫、人が無機物に知識を与えたのです。ダン達には、それはできない」

 よく、理解ができない。
 それが、なんだと?

「例えば、カルディア姫。本が自ら、物語を紡げるようになる?」
「まさか、本は書き手の指示通りにしか記されないわ」
「では、本が物語を作り出したら、驚かれる?」
「それはそうでしょう」

 ギスランはにっこり笑った。
 そういうこと?
  本が物語を紡げるようになったような驚きが、ダンには生まれているのか。

「おい、そもそも、あれはどうやって動くんだ」

 リストは顰めっ面でダンを睨みつけた。

「簡単に申しますと、油です」
「油だと?」
「油と空気に火をつけると、大きな力を産み出すことができます。その力を使い、全身を動かしているのです」
「待て。分かるようで、分からない。なぜ、動ける? 心臓がないだろう。生物ではないのに、なぜ、動く?」

 リストを嘲笑するように、ギスランが白い歯を見せた。

「散水器具や飛行船、オートモービルの進化系とでも思えばよろしい」
「だが、知能があると。機械に、知能があるのか?」
「自らの頭で考える、それは生物に限られた話ではない」
「意志を持つ機械など、危険ではないか」

 現に鳥人間は、人を襲っているわけだしな。リストの懸念は的外れではないはすだ。

「意志ではなく、知能です」
「同じだ」
「思想と知識が違うように、全く別物です。理解力が追いつけぬようなので、稚児に物を教えるつもりで噛み砕いて説明して差し上げる」

 言葉で殴り合っているのか? 物騒な顔つきでお互いを睨みつけている。
 私とダンは、呆れたように肩を竦めた。

「鳥人間は、髪の区別はつきます。これは、認識ーーつまり視覚情報を整理できるのです。一方、カルディア姫と同じ髪を持つ女を殺せというのは知識ではありません。命令です。つまり、プログラムのなかには、脳と命令機関が埋め込まれている。命令が大層不快ですが、善良さを植え付ければ、それほど危機を覚える必要はない」

 リストが受け入れ難いという顔をしていたせいだろうか、ダンが助け舟を出した。

「今はまだ意志を持ったように見える機械なのです、リスト様。実際には刻み込まれた命令のみを実行する機械だ。だとしても、狂気の代物だといえるでしょう。その命令が悪質過ぎる」
「……なるほど。一応は納得出来た。だが、危険なのには、変わりない。ダン、なにか分かったことはあるか?」
「残念ながら、わたしにはさっぱり。機械は、得手ではありません」
「ダンでも分からないの?」

 口惜しそうな顔をしてダンは黙り込んだ。
 わからないのか。ダンでも。ならば、誰ならば分かる?

「ヴィクター・フォン・ロドリゲス」

 光電機械の生みの親だ。そういえば、ヴィクターが鳥人間を精製したのではないかと話していたな。

「ヴィクター・フォン・ロドリゲスならば分かる?」
「おそらく」

 ならば、ヴィクターを呼ぶべきだ。
 幸い、ヴィクターは王都に身を寄せている。呼び出すのに、苦労はないはずだ。

「ヴィクターは王とともに隣国にいる。帰国は半月後だ」

 タイミングの悪いことだ。父王は隣国へ協定を結びに行っている。ヴィクターはそれに同行しているらしい。

「ヴィクター・フォン・ロドリゲスが帰ってきたら、すぐに調査させなさい。たとえあいつが精製したのだとしてもね。ダン、お前が付き添いとして見守るように。怪しい行為をしたら、すぐにギスランかリストに知らせなさい」
「は、かしこまりました」
「問題は、解析が終了しても、私を殺そうとした犯人がわからないことね」
「そのことですが」

 ギスランが立ち上がり、ダンとリストにも見えやすいところに移動した。

「侍女に問いただしたところ、雇い主は女だということはわかりました。しかし、その後、自決してしまい……申し訳ございません。名までは」

 私としてはどうやって女だと知ることが出来たのか、そのことが気になるぞ。
 普通、王族を狙う刺客は捕まえ死ぬまで黙秘を貫く。それをどうやって口を開かせたんだ。

「女、ね。想像はつく。相変わらず、私を殺したくて仕方がないようね」

 女で、私を殺したくて殺したくて仕方がない人間。
 ギスランの恋人達という可能性も、なきにしもあらずだが、彼女達よりも資金という意味で、その女は条件が揃っている。何と言ってもこの国の正妃なのだから。

「あの女ならば、私がどれだけじたばたしても処分できないわね。忌々しいこと」

 首を摩り、気持ちを落ち着ける。
 怒りを爆発させ、この場を混乱させるのはよくない。

「鳥人間の調査は続けること。場合によっては新しく法を整備しなおさなければならないわ」
「わかりました。カルディア様」

 ダンは頭を深く下げ、挨拶をすませ、そそくさとサロンから出て行った。分からないまでも解析は続ける気があるらしく、新情報があれば書面で伝えると言っていた。熱心なことだ。探究心の深さ。それは私にはないものだ。だからこそ、どうしてそこまで固執するのか分からない。
 わからないものは分かる人に任せたほうがいいのではないだろうか。それともこれは、向上心のない考えか?

「カルディア」

 ダンの勢いに乗っかり、出て行こうとしていたリストが私の名を呼び、振り返る。

「お前の部屋が荒らされた理由を考えておけ」
「私の部屋が荒らされた理由?」
「盗品はなかったのだろう? ただ、部屋が荒らされただけ」

 部屋のなかにあった童話本は稀覯本が多く、闇市に出せば高額で取引される。物取り目的ではなかった。

「お前を殺そうとした侍女が荒らす必要はどこにもない。なぜならば、部屋を荒らすことによって、お前に警戒心を持たせることになるのだからな。実際、お前はギスラン・ロイスターのところに身を置いていた」
「そうね、いったいどういうことなのかしら」
「お前を狙うのはもしかしたら、あの侍女や鳥人間達だけではないのかもしれんということだ」

 おい、なぜ危機感を煽るようなことを。
 厳しい視線で私を一睨みし、リストは赤髪をなびかせて去っていった。
 物騒な言葉を残し、去るリストを恨みながら、背凭れにもたれかかった。

「カルディア姫」

 ギスランが私に近付き、その場に傅く。
 純白に金の刺繍で縫われた高級そうな上衣。
 上衣と同じ色をしたズボンはすっきりとした印象だ。

「……」

 ギスランの声に耳を傾けようとしたとき、この部屋に入ったときと同じ、嗚咽が耳に入ってきた。その嗚咽に、息がつまった。
 嗚咽を溢した先には、いつもの三人の令嬢達がいるーーはずだった。
 席には二人しかいない。その二人は真っ赤に目を腫らせ、じくじくと鼻を鳴らして泣いている。
 マリカ。そう呼ばれていた令嬢がいない。
 彼女の髪型は私と同じだった。
 唇がひりひりとした。前歯で噛んでいたらしい。口の中が酸味が広がる。
 もう、あの三人の姦しい声が聞けないのか。
 自分に対する怒りが強くなる。

 ーーどうして私が死んでいない。どうして、彼女達に謝れない。私が殺した彼女の友人に頭を下げられない!

 見栄と自尊心が肥大化すると、人間の感情がなくなるのか。私は内心、自分を罵りながらも椅子から立ち上がり、近寄ろうともしない。
 悪魔とは私のことを言うのだろう。
 王族でありたい。その一心から、泣いている彼女らの慰めもできない。
 それどころか、開き直っているところさえある。私が殺したのではない。あの鳥人間が、どうしようもない化物が襲った。私はなにも悪くない。

「カルディア姫?」

 ドレスを両手で握り、ギスランが私の顔を覗き込んだ。
 はっとギスランへ視線を戻す。
 へにゃりとだらしのない顔で微笑まれた。
 二人の令嬢達が見えなくなるように位置を変え、ギスランが再び私に傅く。
 その細やかな気遣いに安堵してしまう。
 もう、悲しむ彼女達を見なくていい、そう言われたようだった。

「……ギスラン、お前に言わなくてはいけないことがあったわ」
「なんでしょう?」
「今後、私に無断で薬を飲ませないこと」

 ギスランは誤魔化すようにはにかんだ。
 こいつ、笑えば許して貰えると思っている?
 とんだ、驕りだ、正してやる。

「次、そんなことをしたら、私の寝室で童話本の朗読をしてもらう」
「ご褒美ですか?」
「違う! お前の感性が他の人間とは違うことを失念していたわ。では、毎日、朝と夜、必ず女神を讃える聖歌を歌いなさい」
「それが行われているとどう確認を? カルディア姫が確認して下さるのか」

 ギスランの近くにいる奴はギスランに懐柔される恐れがあるし、私が確かめる他ないだろう。

「信仰など欠片もないが、カルディア姫に捧げるのでしたら。毎日、初めと終わりをともに出来るのですね。良きことです」
「お前ね、なぜさきほどからする前提なの。やらないことを誓いなさい」

 指先にギスランの指が絡まる。もそもそとギスランの指が奇妙に動いた。綺麗な指だ。傷一つない。滑らかで、しなやかな絹のような指。
 馬鹿にされた気分になった。機嫌をとっているよう。

「もう、お前など知らない。なぜ約束も出来ないの?」

 むりやり、指から手を引き抜くと、腕組みをした。まだ、奇妙な動きが指先に残っていた。
 そもそも私に知らせないためだけに睡眠薬を使うこの男の良識に頼るのは無駄なのではないだろうか。そんな気持ちにさえなってきた。
 ギスランは自分の指をじっとりと見つめ、こちらににじり寄ってくる。

「カルディア姫は私を殺すおつもり? そんな残忍なことを言われないでください。ギスランを構われないおつもりですか」
「構って欲しい?」
「ええ、カルディア姫に構われないと、寂しくて死んでしまいます」

 精神が弱すぎる!
 だいたい、貴族の男が、女々しすぎる。もう少し、居高に振る舞えないのか。
 頬を撫でてやる。こいつの構うとは動物的なものと考えて、いい?
 傷も黒子もない完璧な肌は今、ぽおっと赤くなっていた。

「カルディア姫、今日は私の贈った服を着ていらっしゃいますね」

 侍女の強い勧めで、鮮やかな葡萄色のドレスを身に纏っている。深い緑というよりは深い赤色だ。茶色やくすんだ緑色のドレスが着たい。

「ええ、侍女が選んだの。お前の家のものだったわ」
「護衛をさせております。カルディア姫を狙う不届き者が出たばかりなので」
「これがよく似合うと。華美な服。私には似合わないわ」
「いいえ、よくお似合いになる。カルディア姫は何を着ても、絵になります」
「過剰に褒めなくてもいいのに」

 今日のギスランの格好は、白い。
 並ぶと赤薔薇と白薔薇みたいではないだろうか。馬鹿なことを考えつつ、重要なことを言葉に出せないもどかしさに悶える。
 犠牲になった令嬢の親族に謝罪したのか、それを聞き出せずにいた。やはり私もついていったほうがいいのでは。
 そう思うのに、どうしても舌の上で言葉が消える。女々しい。その言葉は自分にも当てはまる。うじうじと、悩んでしまう。
 そのとき、複数の靴音が聞こえてきた。
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