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第二章 王子殿下の悪徳
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しおりを挟むギスランと一緒にとる食事は美味しい。
それに、こういってはなんだか、楽しい。
気持ちが落ち着くというか、安心感があって、食べることが苦しくない。
ギスランも私といちゃいちゃと絡むのが好きなのか、食事をよくとらせようとする。
少しずつ、体重が戻ってきているのが自分でもわかった。ろくに食事をとらずにいた頃よりも、力が出るし、動き回るのが楽だ。
苺を口渡しで食べ終えた私は、ギスランの顔を見つめた。
生気を取り戻していく私とは裏腹に、ギスランの顔色は優れない。この頃、特にギスランの体調は思わしくないようだ。
それとなく探っているのだが、上手にはぐらかされてしまう。深夜に聞こえる咳と謎の音と関係があるのだろうか。
イルにきいても、知らないと突っぱねられる。
「カルディア姫?」
「ギスラン、明日が夜会よね?」
「はい。……やはり、ドレスはギスランが選んだものにしませんか? お揃いにしたいです」
「お前は、お揃いにするのが好きよね」
「一緒にいると番のようでうれしいです」
そう言われて頬を染められると、反応に困る。
ギスランの言う通りお揃いにしてもいいかもしれない。
だが、せっかくテウが服を用意してくれたものだ。それを無下にするのもよくない。
「また、次の機会にね」
「……本当?」
「夜会はあまり参加するの好きではないけれど、お前と一緒なら今シーズン、一度ぐらいは付き合ってあげる」
人が少ないところが望ましいのでそうしてくれると助かるけれど。
「そのときのために、新しく服を仕立てましょう。宝石も新しく作るか」
わくわくと興奮を隠しきれないギスランに苦笑する。私とお揃いになってなにがそんなに嬉しいのだろうか。ちっともわからない。けれど、嬉しそうにしてるギスランの顔を見つめているのは好きだ。悪かった顔色が少しだけましになるから。
血の気のひいた頬が赤くなると、良いことをした気分になる。
拘束されることにも慣れた。このまま慣れていけば、不自由を感じなくなるかもしれない。
目の前で、ギスランが楽しそうに宝石の種類について話している。
宝石にも、花言葉のように花言葉が存在しているらしい。ダイヤモンドならば不変。ルビーなら情熱といった風に。宝石商達は商売上手だとギスランは笑う。確かに、そういわかりやすい言葉をつけられると、買ってしまいたくなるかもしれない。
「マラカイトはどうでしょうか。魔よけの石としても有名ですよ。緑色の濃淡が美しく、艶があります。孔雀のような幻惑するような美しさがある石です」
「……お前の目の色の宝石はないの?」
「私の目の色の宝石、ですか?」
「そう。お前の瞳は綺麗だから」
「……カルディア姫だったらいつでも見てくださって構いませんけど! というか、ずっと見つめていてくださってもいいです。だから、宝石はいりません」
それもそうかと妙に納得した。
宝石としていつでも見れて手元に置いておけるものは味気ない。
ギスランの瞳として見つめるから、もっとも美しく見えるのかもしれない。
必要なのは、ギスランという人間で、宝石だけでは、きっとそこまで綺麗とは思ないだろう。
まるで、ギスランが特別だと言っているような気がした。
へにゃりと変な顔をして笑って、その感情を誤魔化すことにした。そうでないと、気恥ずかしい。
夜会当日。夕方頃から準備をし始めたのだが、問題が発生した。
ドレスが学校に届いていなかったのだ。学校まで取りに行ったイルの言うことには、サガルがくれた屋敷の方に誤って届けられているのだという。
ギスラン達はこのあいだの一件からますます中に入るのが難しくなっていた。だから、私が取りに行かなくてはならない。
渋るギスランを説き伏せて、手錠を外して、身支度をしたのち、馬車に乗り込んだ。
馬車に乗り込んだギスランはすでに夜会服に着替えていた。茶色のベストの上に灰色のコートを羽織り、首元には青いタイを巻いている。
カフスは小振りのサファイアだ。銀のリーフの縁取りがされている。
銀色の髪は軽く結われていた。
溢れた髪を耳にかけてやる。
手が拘束されなくなった分、こういうことが出来て、少しわくわくする。
やっぱり自由はいいものだ。
「お前、似合っているわ」
「……カルディア姫に褒められると、調子に乗ってしまいそうです」
「お前、銀色の髪が綺麗だし、紫色の瞳は澄んでいて、覗き込んでいるとうっとりする」
「……ひえ」
ギスランが頭を抱えて変な悲鳴を上げた。なんだ、褒めてやったのに!
「カルディア姫が私に優しい。これは夢? 覚めなくともいいかも……」
「今から夜会だというのに夢の話?」
「現実があまりにきらきらして直視できません。ギスランの瞳を覗くとうっとりするって、凄い殺し文句……」
顔を手のひらに埋めるギスランの耳は真っ赤だ。
どれだけ赤くなっているか確認したいような、したくないような。
ぐっと頭を下げて、ギスランの顔を覗き込む。
茹ったように真っ赤な顔だった。目の縁には大きな涙のようなものが溜まって今にもこぼれ落ちそうだった。
「お、お前っ!」
「見ないで下さい。カルディア姫のせいです!」
純情過ぎではないか?
沢山女を相手にしてきたくせに、どうしてこういう時だけ!
騙されているような気がする。
でも、どうしてだろう。心臓がばくばくとうるさい。
ギスランを馬車に押し込めて、屋敷に戻る。
邪険にされているのに、付いて来ようとする胆力だけはすごいな、ギスランは。
使用人達は私を見るなり、わらわらと集まってきた。よく見ると、目の下に隈が出来ている。そのなかの近くにいた一人の目の下をそっとなぞると、頬をおさえて悶え始めた。
それを見て、はかなげな眼差しをして使用人達が迫ってくる。な、なんだ?
しかたなく、使用人達を撫でながら、口をとがらせる。
「お前達、きちんと食事はしているの?」
ふるふると首を振られ、むっとする。きちんと食事しないと体が動かないだろうに。
「きちんと食事しなくちゃだめじゃない」
ぐっと圧が滲む瞳で見つめられる。私には言ってほしくないと言わんばかりの顔だ。
「私の出迎えはいいから、さっさと食事すること。ドレスを着るために寄っただけだし」
ぱくりと使用人の口が開く。不明瞭でまったく発音が違ったが、口の形が私の分の食事を用意していると言っていた。
「いいの。特に今はお腹空いていないし」
ふるふると首を振られ、袖を子供のように引っ張られる。
どうしても食べて欲しいようだ。だが、食欲は本当にないのだ。ギスランのところで毎日のように食べているし。
「お前達の主人は夜会で食べるらしいぞ」
私の背後を使用人達は覗き込んだ。その様子が無垢な子供のようで、庇護欲のようなものが沸き上がる。
「夜会は大量に食事が出るからな。それともお前達は、ぷっくり腹が膨らんだドレスを主人に着せたい?」
ぶんぶんと首を振り、使用人達が誤解してないよね? といわんばかりに私を見つめてくる。くすりと笑えてきた。
「この男の言う通りよ、夜会で食べるからいらない」
「ほら。俺の言葉が正しかった。罰として、食事してくるべきだ」
「この男と二人で話したいこともあるし、お前達は食べに行くといいわ。屋敷を出るときには、お前達の姿を見に食堂に行くからね」
迷っている様子の使用人達の背中を押す。すると、使用人達がわたわたと駆け足で去っていった。
「……貴族は使用人の食堂に立ち入ることはできないのだろう?」
「屋敷の主は私だし、ある程度の融通はきくわよ」
「あいつら、お前が食堂に入らないようにさっさと食べて扉の前で出迎えようとするんじゃないか」
くっと喉を鳴らして笑うラーは、相変わらず、異国風の服を着ていた。
今日は、耳飾りに長細いガラス棒をつけている。笑うたびにそれがゆらゆらと揺れて、つい目で追ってしまう。
「それで、どうしてここに? 国外逃亡したくなったの?」
「違う。お前のドレスを持って来たんだ。買った仕立て屋はランファの旦那の傘下の店だからね。運び屋としてこき使われているわけ」
「学校に届けて欲しいと言っていたはずなんだけど」
「そうなのか? 俺は届けてほしいとだけ言われたから。着るのを手伝えとは言わないよな?」
「一人で着れるわよ」
ならよかったと言って、ラーは瞳を細めて笑った。
「そうだ。旦那から伝言」
「旦那って、お前の雇い主ということ?」
「そう、王都の流通の三分の一を取り仕切る蘭王様」
きいたことがない名前だ。少なくとも、知り合いではない。
「『あなたの美貌にも興味はあるが、一番興味があるのはあなたがよく見る夢ですよ、お姫さん。夢見をするあなたと語りあいたいものです。ひいては、今夜の夜会で、あなたと会う名誉をお与え下さい。あなたの知りたい貧民の男のことも私は知っていますので、お役に立てるかと』ってさ」
「……ハルのことをどこで知ったの?」
ラーは答えない。指先が寒くなる。いったいどの場面を見られていたのだろうか。
「会って旦那に尋ねてみたらいい。あの人は王都のことで知らないことはないから」
「……今日の夜会に来るの」
「目元を覆う仮面の男に会ったら、旦那だと思うといい。でも気を付けろ。道化のような仕草で懐に入り込んできたと思ったら、もう終わり。蜘蛛の巣に引っかかった蝶みたいに貪られるだけ」
私の髪を掻きまわして、ラーは手を振った。
「では、またのご利用をお待ちしております」
そして、凄まじい速度で走ると、塀を軽々と越えて行ってしまった。
ランファの仮面の男。知らない男はハルの居場所を知ってるのだろうか。
ラーの去っていった方角を一瞥して、歩き出す。とにかくドレスに着替えないといけない。
それから先を考えるのは、それからだ。
ドレスに着替え、装飾品をつけて使用人達の顔を見に行く。ラーの言う通り、使用人のための食堂には入れてくれなかったが、笑顔で送り出された。
彼らが私のことを慕ってくれているのが、苦しかった。
そんなに優しくされるような人間ではないのに。彼らは主人と言うだけでああも慕えるものだのだろうか。
馬車に戻るとギスランが、不機嫌な顔を隠さずに誉めてくれた。似合っているから、なおさらむかつくと憤っている。
ギスランは、本当に。
怒っているギスランを見ていると、安心してきた。
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