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第二章 王子殿下の悪徳
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しおりを挟む施設からトーマとともに抜け出してきた。
階段を上がり、図書館の方へと向かう。
途中でトーマは振り返り、壁に寄り掛かった。杖も一緒に壁に立てかける。
「知りてえんだろ、答えてやる」
「……殊勝ね」
「無駄口叩くな。さっさと質問しろ、馬鹿姫」
真摯な眼差しにのまれる。どうやらトーマははぐらかすことなく教えてくれるようだった。
「トーマはヴィクターのやっていることを知っていたのでしょう? 少なくともお前はあの部屋に入ったことがあった」
「どうしてそう思う?」
「とても馴染んでいたから。それに物珍しそうにもしていなかった。トーマは死者蘇生に関わっているのでしょう?」
「ヴィクターに誘われた。俺も面白いと思って乗った。それだけ。ダン様から調べろと言われた時には仰天した」
「ダンが知らなかった様子だったから?」
ヴィクターのやっている研究は父王が主導していた。
ならば、清族の頂点であるダンが知らないはずはない。トーマはそう思っていたようだ。実際にはダンには知らされておらず、トーマが調査員として調べることになってしまった。
トーマがそっけなく私に接していたのは、もちろん私が気に入らないというのはあったのだろうが、それ以上に私が調査を断れば、これ幸いと断る気だったからではないだろうか。
残念ながら、天邪鬼な私は髪が切れてもやめようとしなかった。だから仕方がなく、あの施設に連れて行った。
「ダン様は清族の頂点に君臨する人間だ。しかも、国王とは幼少の頃からの付き合い。だってのに知らされていなかった。ダン様の影響力が落ちてる証拠だ。あの人はもうすぐ死ぬのかもしれない」
「穏やかじゃないわね。暗殺されるとでも言いたいの?」
「違えよ。清族は死ぬ。ライを見てただろ」
「ライが血を吐いていたのね? あれ、清族がかかる病気のひとつなの?」
ギスランが、前に清族特有の呪いを教えてくれたことがあったが、それと同じように清族限定で罹患する病気があるのだろうか。
「……病気、ね。間違ってねえな。清族は魔術を使う。だが、それは人体にとって多大な負荷をかける。魔力が強大になるほど、体が異常をきたす。体が耐えられる寿命があんだよ」
「……どうにかできないの、それ」
「だから妖精を飼うんだよ。少しでも魔力を食べされるためにな。だが、そうやって延命処置をしても伸びるのはせいぜい一年か二年だ」
「――ライがもうすぐ死ぬと食堂にいた清族が噂していたわ。あれ、本当なの?」
トーマは私と目を合わせた。それだけで、肯定されたのが分かった。
あんなに元気そうだったのに?
信じられない。
「ダン様は長生きな方だ。清族はだいたい短命だからな。でも、そろそろ体にガタが来てるんだろ。だから、国王陛下はダンを軽視し始めた」
できるだけ情を排除して淡々と述べているようだ。
トーマは純粋にダンを慕っていたようだった。実際は、歯噛みしたいような苦しい気持ちを抱いているのではないのか。
「ダンにはどう報告するつもりなの?」
「お前はどうしたい?」
トーマはこのことを訊くために立ち止まったのだとわかった。
ダンは知らなかったが、先導していたのは国王だ。
それを知った時のダンの動揺は計り知れないだろう。権力の衰えは陰謀渦巻く王城では命とりだ。
「……あれは、死者が復活しているわけではないと思うの。なにか別のものよ。トーマは感じなかった?」
「それは、ヴィクターを含め、俺達の総意でもある。だが、死者が復活したとしか思えないんだよ。この間、秘密裏に国王があれに会った。その時、いくつか昔の質問をしたんだとよ。そのすべてに正しい答えを示した。お前の母親でなければ知りえないことも知っていた」
「そんな……じゃあ、本当に母の魂があの人形のなかに定着しているとでもいうの?」
「少なくともヴィクターはそう思い込むようにしているみてえだな。否定する材料がねえから」
それはつまり国王が母だと認めたということと同義だ。そうなれば、たとえあの人形の中身がもっと醜悪ななにかだとしても、母ということになる。国王が決めたことに違うとは言えない。
「ヴィクターはどこかで発表するつもりなの、あの人形を」
「さあ、あの人形については極秘扱いなのに変わりはねえ。表に出ればこの世の理ごと破壊しかねないからな」
「……ダンへの報告はまだしない方がいいのではないかしら。私やトーマが介入するよりも、きっと父王様から説明すべきことだろうから」
「分かった。報告は伏せる。もしダン様になにか聞かれても、お前ははぐらかせ」
口裏を合わせ対策を練るだなんて、まるで悪徳官僚のようだ。お互いに頷き合って、トーマは再び歩き始めた。
「……ああ、そうだわ、もうひとつ尋ねてもいい?」
「なに」
「ダンが言っていたでしょう。死体が沢山あるはずだって。私の目には死体なんてどこにもなかったように思うけれど」
ヴィクターが人形の肌は死人のものを使っていると言っていたが、それ以外は死体ではなかったように思う。人形らしい滑らかな木材らしきものでできていた。
「分からなかったのか」
トーマの濃い紫色の瞳は私の無知を嘲笑うかのように鋭かった。
「あの人形の骨格は人の骨を削って作られた。本当は死体の中に入れたかったが、腐るからな……」
だから、人の骨を使って組み立てたとでもいうのか?
残酷さや倫理をどこかに取りこぼしている。そうだった、目の前にいる男は、ラーを同じ人間ではないとして責め苦を負わせた張本人だ。
忘れてはいけない。どんなに馴染んでもこの男は無情になれる人間なのだ。
自室に戻ったが、イルもリュウもいなかった。未だ、トーマの術に弄ばれているのかもしれない。
母のことをもう考えたくない。
ソファーに横たわり、まだ目を通していなかったリストの手紙を読む。
テウのごたごたがあったので、読むのを先延ばしにいていた。
リストの几帳面な文字に目を通す。
『今日、赤い口紅を塗った女と会った。どうやら、敵対する蛮族どもが差し向けたらしい。閨で殺すつもりなのは分かっていたから、引き摺り込んで逆に利用してやった。話を聞き出したが、さまざまな問題が一度に解決しそうだ。それはそうとお前は俺以外の男を伽に引きずり込もうとしていないか? お前のように俺に甘えるのが得意な女は見たことがないから、心配だ。決して他の男に誘いをかけないように。ギスランには特に注意するように。あの男は獣だから、お前の夜を奪う可能性がある。……お前に似合う口紅を買った。帰るときに持っていく。お前の唇に、俺がつけていいか? お前の唇を、俺のものにしたい。
お前のリストより』
読み終わったあと顔を覆う。あいつ、相変わらず、すごいことを!
唇を俺のものにしたいって、どんな貴族の甘い囁きよりも破壊力がある。
体の中が落ち着かない。胸の奥からどくどく心臓が跳ねている。
リストが熱っぽく顔を赤らめながらかいている姿が想像できて、ますます蹲りたくなるような焦燥感にかられる。
「こ、これがもう一通……!」
甘い拷問だ。リストは鬼畜だ。
覚悟を決めてもう一通の手紙も読み進めるが、暗号を解読するうちに違和感が胸をつつく。
暗号は私とリストが取り決めたもので相違ないのだが、内容はリストが書いたとは思えなかった。
喉を鳴らして、文字を追う。
『您好。お姫さん、この間はご挨拶できず、もうしわけありません。お詫びといってはどうかと思いますが、姫がお探しの花屋のお話を一つ。清族の棟の近くの隠し通路。その地下一階、一番階段に近い扉の中にお忘れですよ。今度こそ、お会いできる日を楽しみにしております』
您好という言葉は聞き覚えがある。異国の地で挨拶を表す言葉だ。
ランファの蘭王か?
ラーが会えるはずだと言っていたのに、そういえばあの日は会えなかった。
それよりも、だ。文章中に出てきた花屋というのは、ハルのことを指すのではないだろうか。
清族の棟の近くの地下通路。地下一階。一番手前の扉。一度開けて、トーマがすぐに閉めた場所だ。男が吊り下がっているのが見えた。もしかして彼がハルだった?
手紙を机の上に置いて、身支度を整える。いてもたってもいられなかった。私は真相を確かめるべく、清族の棟の方へと戻っていく。
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