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第二章 王子殿下の悪徳
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しおりを挟む「というわけで、ぼくと兄上で決死の看病をした。褒めるならば、今では?」
「むりやり押しかけておいて、褒めろか、お前も相変わらずだな……。カルディア? どうした?」
はっとして、意識を取り戻す。夢を辿っていた。最悪な夢だったのは覚えているのに、起きてみればどんな夢だったかよく覚えていない。誰かとギスランを長生きさせる方法を話し合っていたはずなのに。
マイク兄様が体を乗り出して私の顔を覗き込んでいた。後ろで、フィリップ兄様が顔を膨らませていきり立っている。
「……ご、ごめんなさい。頭がぼーとしていて」
「高熱で三日も寝込んでいたんだ。無理はしなくていいよ」
「体が弱すぎる。この間も風邪をひいていただろう。兄上は甘やかしすぎです」
「無理が祟ったんだ。責めるべきではないだろ。もう一度、最初から話そうか?」
「いえ……。ギスランの屋敷で高熱を出した私を看病して下さったのですよね?」
「正確には、この屋敷に戻ってきたお前を、だ」
ヴィクターに休息を勧められて、そのままソファーで高熱を出して寝込んでしまった。ギスランの屋敷は、ギスランの世話をするので手一杯だった。
ギスランの容態があのあとかなり悪化したからだ。吐血し、極端に脈拍が落ちた。死にかけたのだ。だから迷惑にならないように一念発起して馬車に乗った。ギスランは手を掴んでいてと言っていたが、人命救助中に約束にしがみつくわけにはいかない。
正直、正しい判断だったか謎だ。熱に浮かされた頭で導き出した答えなので、後悔もある。ギスランについているべきだった。
その後、馬車のなかで気を失い、屋敷に連れてこられたようだ。
自分の体を過信していた。せめて自分の屋敷に戻るまで持つものだと思っていた。
兄様達は私の体調不良をどこからか聞いてきたらしく、献身的に看病してくれたらしい。この間といい、兄様達に頭が上がらない。
ちなみにギスランはなんとか命を取り留めた。混濁した意識もかなり安定したと言うから、私の容態が安定したら看病に戻りたい。
「でも、なぜフィリップ兄様が王都に? サラザーヌ領を統治されているはずではなかったのですか?」
「なんだ、ぼくがここに来ているのが不服?」
「そ、そういうわけではないのですが。リストがこちらに来ているようなので、統治者不在になるのではと危惧しただけです……」
「あの馬鹿の名前を口にするな。不愉快だ」
「こら、凄むな。すまないな、カルディア。こいつ、リストを追い掛けて王都に戻って来たとばかり言うんだ」
リストを追って? だが、リストの王都戻りは国王の命令だったはずだ。
「その通りですが」
「嘘をつけ。副官が王都に戻されたくらいで困るような性格ではないだろう。おおかた、父上に呼びつけられたのだろう?」
「違います。社交界シーズンにも関わらず僻地に追いやられ、副官も逃げ出したとなれば誰だって儚い思いに駆られるはず」
「サラザーヌ領は別に僻地と言うわけでは……」
「僻地です。それに、野蛮人どもの住処です。蛮族の粛清を済ませたのち、サラザーヌ家の再興を手伝ったのですが、金貸しどもの悪行が知れました。サラザーヌ家の借金を理由にどれだけの領民が嬲り殺しに合ったか。そして、それをどれだけ見逃していたか。何人、別の罪状で引っ張って縛り首にしたか教えて差し上げたいほどです。生きていたら、サラザーヌ公爵もただでは済ませなかった」
マイク兄様はきらきらとした視線をフィリップ兄様に向けた。熱意のこもる眼差しだ。
「小さな頃からやるときはやると思っていたが、きちんと仕事をしたのだな。誇らしいよ」
「こ、こんなことで兄上から誇りだと言っていただけるのですか? 世界、素晴らしいな。無関係で善良な金貸しも縛り首にしたら褒めて下さいます……?」
「……前言撤回だ。フィリップはなにも偉いことをしていない。だから、無関係な人間を巻き込むのはやめなさい。善良な金貸しは民衆の財ではないか」
普通に流されていたが、蛮族の粛清を終えたというのはすごいのではないか?
だって、サラザーヌ公爵が長年、着手して達成されなかったものだ。さも簡単なことのように言っているが、力技で解決したとしても赴任してから数カ月程度しか経っていない。驚異的なことではないのか。
「よくやっているのは分かったが、今領土を空けるのはなにかと難しい局面だろ。やっと領民達が慣れ始める頃だ。はやく帰って安心させてやるといいと思うのだが」
「……兄上。あくまでおれは現サラザーヌ公爵の代理で統治しているにすぎません。病弱とはいえ、自尊心の強い男です。手助けし過ぎると鬱陶しがられる」
「というのを理由に王都に戻ってきたというわけか。あまり好き勝手するとまた父上から呼び出されるぞ」
「それが理由で呼び出されたわけではありませんから」
国王陛下に呼び出されたのは本当のことらしい。リストといい、フィリップ兄様といい、なぜ国王は呼び戻すような真似をしたのだろう。王都の人間では駄目だったのか?
「この話はここまでとして。ディア、おまえは知っているの?」
「は、はい?」
ぴんと背筋を伸ばして、言葉を待つ。
フィリップ兄様は私がきちんと話を聞くか見極めるように数秒間沈黙して、ようやく話し始めた。
「豚……ああ、いや、間違えた。マレージ子爵の王都の屋敷が全焼したことについて」
「マレージ子爵の屋敷がですか?」
「そう。使用人達は助かったらしいが主人もその愛人も黒焦げで発見されたそうだよ。使用人達の証言では、二人は口論になっていたらしい。出火元は二人がいた応接間でまず間違いないらしいから、痴情のもつれで愛人が放火でもしたのだろう」
「……その愛人は、アンナという名前では?」
フィリップ兄様は意味がありげな微笑をこぼした。
「さあ? ぼくはそこまで興味がない」
「ですが、ならばなぜ私にそのことを教えてくださったのですか?」
「知りたいだろうと思って。おまえは今、喜んでいるだろう?」
言葉を失う。アンナが亡くなったときいて、嬉しいとは思っていない。だが、フィリップ兄様にはそう見えるのか?
私はアンナを目障りだと思っていた?
確かに、サガルと関わる彼女に思うところがあったのは本当だ。ただ、サガルによる暴露があったあとの彼女については、反感より同情が勝っていた。ココと同じ状況だったというのが、私のなかでは来るものがあった。
「……フィリップ、俺はどうしてお前が王都に戻ってきたか、見当がついてしまったのだが」
「兄上に隠し事はできませんね」
「嬉しそうにするな、反省しろ! 最悪だ。出国前だと言うのに、頭痛がする。レオン兄様と協議しなくては。というか、父上も教えてくださればいいものを! めまいで倒れるかと思った」
「マイク兄様?」
「いや、カルディアは気が付かなくていい。俺の言葉は気にしないでほしい。いいか?」
「は、はい」
「よろしい」
そう言われると、気になってしまうのだが……。あとできちんと考えればフィリップ兄様が王都に呼び戻しされた理由も分かるだろうか?
なんにせよ、後に回そう。
「マイク兄様、あの出国と言うのは……?」
「ああ、それを話すためにお前に会いに来た節もあるんだ。来月から俺はロスドロゥに向かうことになっている」
「ロスドロゥにですか?」
砂漠の蠍王と戦争中の国だ。長期化する戦争に国民は難民となり、ライドル王国に流れて来ている。とても難しい関係のはずだ。軍が暴徒達に襲われてからは、ずっと緊張状態が続いているはず。
「ロスドロゥを経由して蠍王との和平交渉を任された。矮小な身でどれだけのことができるか分からんが、騎士として最善を尽くすつもりだ」
「……本当に向かわれるおつもりですか」
フィリップ兄様は承諾しかねると言わんばかりに顔を顰めている。私でも止めたいと思うのだから、当然だ。ライドルとロスドロゥの関係は悪化の一途を辿っている。
傀儡となって動く政府をよく思わない革命軍が、国内でデモ活動をしていると聞く。兄様の命を狙わないとも限らない。
「兄上が並みの騎士や兵士より強いのは承知していますが、もしもの危険性が……」
「くどいぞ。俺はお飾りになりたくて、騎士として鍛錬に励んでいるのではない。人のために尽くしたくて、力を求めたのだ。それに、俺になにかあっても、お前やレオン兄様がいるだろう」
「……ぼくに兄上の代わりは務まりませんよ。レオン兄上だって、そう言われるはずだ」
「俺は平凡な男だよ。代わりはごまんといるだろう」
唇を噛みしめる。そう言うことではないと口にすることは躊躇われた。自分にもしものことがあっても誰も悲しむものはいないように言わないで欲しい。
けれど、その言葉を重ねる権利は私にはない。
「……どうしてそんな顔をする? フィリップはともかく、カルディアまで」
「あ……、も、申し訳ありません」
「謝って欲しいわけでは……。あ、ああ。言い方か。悪かった。突き放したつもりは。ただ、客観的に自分の価値を見極めたつもりだったんだが」
「おれは兄上を自分の命のように大切に思っています。この世界のだいたいのものより、兄上の方が上だ。だというのに兄上が自分の価値だと勝手に算出して、諦観している。兄上が平凡なら、おれが飛びぬけて剣の腕が立つものを謀殺して差し上げます。そうすれば、兄上が国で一番の剣士だ。そうしたら自分の価値を認めてくださいますか?」
「剣士を勝手に殺しまわるな。だいたい、それは暴論すぎる。……だが、ありがとう。カルディアもフィリップと同じことが言いたかったのだろう? お前は俺の妹なのだから、躊躇わずに口で言ってくれてよかったんだぞ」
頭の上に手をのせられる。髪を軽く撫でられた。壊れ物を扱うような優しい力に、慈しまれていると実感する。
「はい」
「思いやってくれて、嬉しいよ。二人とも、俺には出来た家族だ」
……家族。
マイク兄様の誕生日を思い出そうとしてしまう。私がお祝いしても、誰も幸福にはならないはずなのに、祝いたいと思った。それぐらい、家族という言葉は嬉しかった。
「でも、ロスドロゥには行く。それが俺の責務であるし、世界のためだ。無意味な戦争を継続させる理由はないだろう。争いは醜い。戦争は虚しいものだ。だから、止めたい。その手助けができれば幸いだ。応援してくれるか?」
「――はい」
「……おれはしかたなくですからね。はやく帰ってきて下さいね。兄上がこの国にいないと何をしでかすか分かりませんからね」
「それは。怖いことを。お前にはいろいろと前科があるからな……。レオン兄様の寝室に忍び込んだり、睡眠薬を嗅がせて誘拐しようとしたり」
不吉な言葉をかき消すように、フィリップ兄様はマイク兄様に抱き着いた。ぽろぽろと涙を流している。鼻の奥がつんとする。私もつられて泣き出してしまいそうだ。泣き出さないように、フィリップ兄様の服の袖をつかむ。
「なにも今生の別れと言うわけではないだろうに。必ず帰ってくるから」
「……そうだ、マイク兄様。私、今年中に結婚式を挙げたいと思っているんです」
「ん!?」
「だから、絶対にそれまでには帰ってきてくださいね」
べりっと音が立ちそうな勢いで袖から引きはがされる。
私の腕を掴むフィリップ兄様の顔は氷のように冷え冷えとしていた。
「誰と、誰が結婚すると言ったの」
「私とギスランです」
「誰の許しがあって?」
「婚約者なので、国王の許可はいただいているものだと思っていたのですが……」
「ぼくは許していないけれど」
フィリップ兄様が顔を近づけて尋ねるたびに、胃がきりきりと痛んでくる。普段と喋り方も、音程もなにも変わらないのに、怒っていることだけは如実に伝わってきた。
ぴりぴりとした険悪な空気のなか、突然、笑い声が響いた。
「ああっ、必ず、っふふ、戻ってくる」
マイク兄様は腹を抱えて笑っていた。
フィリップ兄様の歯ぎしりの音が、私の耳にまで届いてきた。
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