どうやら私はバッドエンドに辿りつくようです。

夏目

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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食

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 ノアの王都の屋敷はかなりクラシカルだ。
 築何百年も経っているものを、大切に保ち続けているといったような、風情ある造りをしている。
 ノアの部屋は大変珍しい。三階にあり、そこまでは螺旋階段で登る。登りきると、部屋の中央に出る。円状に広がっており、壁は一面本棚だ。飾りではない本がずらりと並んでいる。
 部屋の左側に、執務机がある。机の上にノアが腰掛けて書類を見つめていた。
 それを苦い顔をして見守っているのが、トヴァイス・イーストンだ。奴は私を視界に入れるなり、表情を険しくさせる。
 頬の筋肉が悲鳴を上げている。愛想笑いが辛い。

「酷い目にあったね、カルディア」

 ノアは私に気がつくと、ゆるりと首を上げながら笑いかけてきた。ノアの顔を見て、やっとほっと息をつく。

「……まあ。殺されかけることはよくあることだけど」
「怪我はなさそうで、安心した。災難が続かないといいね」
「そうは起こらないだろう。白昼堂々と行われるのは珍しい」

 ソファーに我が物顔で座っているトヴァイスは全て事情を知っているような口ぶりだ。事実知ってはいるのだろうが、訳知り顔でふんぞりかえられると苛立つ。

「……トヴァイス・イーストン。お前、まだ領地に帰っていなかったのね」
「ああ、悪いか? お前の結婚式の準備のために打ち合わせをしているのでね」
「……は?」

 初耳だ。というか、私はまだこいつに何も頼んでいないぞ。

「レオン殿下のご命令だ。取り仕切るのは俺がよいだろうということになった。聞いていないのか?」
「聞いていないというか……。まだ正式にお頼みしてはいなかったのよ。手紙で、結婚をしたいとお伝えはしたけれど」
「まだ話をしていないのか? なにも? 今でも遅いぐらいだというのに? はっ、素晴らしい無計画さだな」
「なっ……! 悪かったわね、無計画で!」
「開き直るな。貶している」
「分かっているわよ!」

 ああ、もう嫌だ。この男に会うといつもこうだ。子供っぽく言い募って、頭が真っ白になる。
 しかも、私が一方的に絡むことになる。トヴァイスは大人で、子供のようにあしらわれる羽目になるのだ。

「トヴァイスはいいな。ねえ、カルディア。俺は結婚式に出られる?」
「当たり前のように呼ばれると思うわよ」
「そうかな。国王陛下は俺のことを嫌っていると思うけれど」
「あのぼんくら王は身内贔屓にさえ目を瞑れば公平だ。嫌いだからと招待されないはないだろうよ」
「……なんだか、さっき変な中傷がなかった? 看過できないのだけど」
「ぼんくらをぼんくらと言って何が悪い?」

 人が訂正する機会を与えたというのに、相変わらずふんぞりかえったまま、トヴァイスは否定すらしない。

「政治に興味がない王は最悪だ。無駄とも言える才がある場合は特に。腐敗が進もうとも、放置して利用する。民は疲弊し、貴族は思い上がる。その皺寄せが来るのは十年後だ。使えない弟の方が傀儡としては都合が良かった」

 痛烈な批判に頭が真っ白になる。
 私にとって父王は遠い。
 遠過ぎる。
 トヴァイスにとっては年に何十と会う人間だろうが、私にとっては全く違う。雲よりも高い位置にいる人だ。
 実際のところ、父がいい王なのか、悪い王なのか分からない。どんな政策をしているのかだって、よく分かってはいない。政治にかかりきりの印象しかない。

「……政治に興味がないの?」
「ないよ。……だから、こんなにも王都に留まってる。国政にも外交にもあまり興味はないのだと思う」
「ノア、まだ返事を貰っていなかったの?!」
「うん。だから、待ってる。早く返答してくれないと、困る」
「困るどころの騒ぎじゃない。マフィアの抗争が激化し、資金を集めるために質の悪い麻薬がばら撒かれつつあるんだぞ。疫病が流行りつつある。人心は弱い。安価な麻薬に流れる。マフィアを沈めないと、どのみちこの国は人が腐って死ぬ。……だというのに、危機感が全くない。いや、危機があると分かっていると知っていて、動かないのか」

 トヴァイスはぶつぶつと呟いている。
 あまり考えたくない話だが、リナリナのような中毒者も出ている深刻な状態だ。
 だが、そこでふと意識が別の方向に行った。魔薬はどうなのだろうか。広まっても、問題はないのか?
 率直な疑問をぶつけると、トヴァイスは呆れたように鼻で笑った。

「問題があるに決まっている。だが、あれはほとんど全て国王が対処した。今市場に出回っているのは、空賊どもがちょろまかした残り火だ」
「魔薬は対応したの?」
「身内の恥だからじゃない……? 軍にはリストがいる」
「その考えは早計だな。身内の恥を誤魔化すために心血を注ぐような男ではないぞ。あれは、自らの目的のために動いていたに過ぎない」
「今回の麻薬には興味を示さないということはそういう事でしょうね。……何を考えているのかさっぱりだわ。魔薬を貯蔵して、また売りつけるつもりなのかしら?」

 ロスドロゥに魔薬を売りつけていたのだ。再び売りに出し、被害を補填しようという魂胆なのだろうか。

「ロスドロゥにまた売るのは反対。あの国のマーケットは死んでる」
「とはいえ、マフィアどものことだ。麻薬を売る独自のマーケットがあるのではないのか?」
「リブランはある。三不管は系列で麻薬カルテルを持っているからあるだろうね。……アハトとは、謎。収入源の殆どは他国からの貿易だって聞いてるけど」

 リブランは古参のマフィアだ。三不管は響きからして、ランファ関連の組織だろう。アハトは聞いたことがない。新規で現れたマフィアだろうか。荷運びで収入を得ているようだ。

「どの組織にしても、別口で魔薬が回っているとなれば、収入が減る。話はきこえてくるはず。今のところ、出回ってはいないと思う」
「真相は闇の中だな。陛下の心の中にしかないかもしれない。気まぐれで、買い集めたのかもな」
「俺としては、迷惑」

 ノアはひらひらと書類で扇ぎ始めた。トヴァイスは優雅に足を組み替える。

「それで? お前は別にノアの愚痴を聞きにきたのではないのだろう? 本題に移れ」
「……分かったわ。これを、見て」

 持ってきた本を二人の前に置く。『カリオストロ』だ。
 トヴァイスの目が細くなる。ノアもこれが何か分かったようで、口元に手をあてて考え込んだ。

「本物かどうか、分かる?」
「待て、確認する」

『カリオストロ』の中をぺらぺらと捲り、指で文字をなぞった。
 ゆっくりと文字が宙に動き、光を放ち始めた。目を瞬かせる。目の前で起こったことが信じられない。

「お、お前、清族だった……?」
「馬鹿を言え。これは本の特性だ。本物か偽物か、調べることができる。どうやら、本物のようだな」
「ということは、カルディアは『カリオストロ』ってこと……?」
「違うわよ。私を襲ってきた奴が持っていたの」

 ノアはああとやっと、状況が理解できたようだ。

「『カリオストロ』は女神殺害を主軸に置く過激派だ」
「階級制度は、もともとは女神の恩寵の賜物。女神を殺すことで初めて人類は平等になれる……だっけ」
「ああ、頭のおかしい連中だ。今回の襲撃理由は、お前がカルディアだからだろうな」
「私がこの世にいるたった一人のカルディアになったから、狙われた?」

 ずっと考えていたことだ。新聞で大々的に発表されたもうひとりのカルディアの死。それが起因しているのではないだろうか。

「十中八九そうだろうな。あいつらの思考回路はいかれている。お前を女神だと信じ、殺せば自分が豊かになれると信じているはずだ」
「……でも、動きが早すぎる。組織的な犯行と言うよりは、信徒の独断だと思う」
「ありえる話だ。信徒の暴走はどんな宗教でも問題になる。自分の正義を強固な剣にし人を害する。博愛の教えもその場合は無視される」

 トヴァイスは淡々と言葉にする。その横顔はさめざめとしていて、トヴァイスの冷淡さが浮き彫りになったようで恐ろしい。というか、こいつが言うと信憑性が高いのだ。この男自体、聖職者でもあるから。

「『カリオストロ』には何が書かれているの? 私を殺せと?」
「俺は全容を知らない。だが、内容を確認するなよ。思想が汚れる」
「トヴァイスは確認していないのか?」
「していない。そもそも、判読には異教徒の知識が必要だ」

 ノアの義手がトヴァイスの目を指差す。不可解な行動に、トヴァイスはそっと視線をそらした。

「読めるよね? だって、トヴァイスは賢い。法則を発見して、読み解ける筈だ」
「……買い被りだ」

 ずっと視線をずらしたままだ。傲岸な男には相応しくない動作に違和感が募る。もしかして、何か隠しているのか?
 確かめるために口を開く。

「もしかしてお前、すでに内容を知っているのではないの?」

 視線がそっと私に向けられる。トヴァイスは一瞬、表情を取り繕うことが出来なかった。軽蔑の色を見せる直前、驚愕の眼差しを映してしまった。

「お前ね……」
「馬鹿を言うな。俺は知らん」
「まだカルディアは何も言ってないよ。トヴァイス、どうして内容を知っているの? まさか、『カリオストロ』のメンバーなのか?」
「禁書に指定された本が我が家には飽きるほどあるというだけだ。暇つぶしで読み解いたに過ぎない」

 読み解いたからこそ、見分け方も知っていたわけだ。なるほど、だから不可思議な本を操れるわけだ。いやらしい男だ。ノアが指摘しなければ、口を閉ざしたままだったに違いない。

「どんな内容なのか、話して貰うわよ」
「……こうなると思ったから口を閉ざしていたんだ」
「そんなにやばいことが書かれている……?」

 煩わしそうに手を振る。いかにも知られたくないと顔に書いてあった。

「……『カリオストロ』は聖書でも、教典でもない」

 首を傾げる。人を導くものではないのか? 違うと言うなら、何なのだろう。女神を殺せと書かれているのではないのか。

「あれは予言書だ」
「予言書……?」

 ノアも私と同じように困惑を浮かべている。『カリオストロ』が、予言書?

「それも未完成……いや、不完全なと言った方がいいだろう」
「待って。そもそも、予言書というのはどのようなものを指すの?」

 年代記のようなものか、それとも地獄と天国を巻き込んだ壮大な黙示録のことか。トヴァイスの語り口では判然としない。

「『カリオストロ』はかなり漠然とした書物だ。創世記から始まる。そこらへんは荒唐無稽で、読むに耐えない。人の歴史を紡ぎ始めても、人はだんだんと腕の数を失っているだの、脚の数が足りないだのおおよそ狂人の語り口だ」
「……薬をキメた人間の戯言?」
「と思うだろう? だが、時代が近付くにつれ、精度が上がる。戦争は特に合致するな。まるでこの本の通りに戦が行われているかのように」
「『カリオストロ』が近代に作られた代物というだけではないの?」

 それは違うとトヴァイスは明確に否定した。『カリオストロ』は少なくとも書かれて数百年は経過しているという。

「けれど、お前のところにも、そしてここにもあるのでしょう? そこまで古くはないはず。文字も読めないけど癖がない。活版印刷が始まった時期に出来たはずよ」

 手書きで書かれているように見えない。
 規則正しい文字の整列が美しい。活版には、古書にはない読みやすさがある。決められた文字の優美さは何にも代え難い。

「そうだとしても、過去、そして未来。あらゆる戦争は残さず記録されているんだ。この『カリオストロ』を解読した二百年前の学者達が、予言通りに起こりすぎて、頭を悩ませ論文も出している。この本が予言書として機能しているのは疑いはない」
「……じゃあ、この先の未来も書かれている? 蠍王を撃退できるかどうかもか?」
「答えは、はいであり、いいえだ。『カリオストロ』は俺達のこの時代から先を記していない。あるとしてもそれは隠喩や比喩によって巧妙に隠されている。――体を売る少女は気狂いの娼婦と成り果てて、揶揄の声を全身に浴びせられる」

 トヴァイスは『カリオストロ』の最終章らしき部分を開きながら読み上げる。
 一枚の絵が、頭の中に思い浮かんだ。
 青い絵の具。青ざめた娼婦。周りを彩る下卑た男達。

「……ザルゴ公爵の『青い絵』」
「お前もそう思うか」

 トヴァイスも同じように考えていたのか。
『青い絵』シリーズは五つある。予言書をモデルに描かれた作品なのか?

「『売られた娼婦』『盲人の聖職者』『磔の醜女』『業病の盗賊王』『水に浮かぶ聖女』だったよね、『青い絵』シリーズって」
「その五つの絵画は『カリオストロ』に書かれた予言なのね?」
「ああ。絵図と同じような記述がある。だが妙だろう? 今までは戦争を大々的に記載していた。争いは世界の仕組みがまるっきり変わるものだからだろう。だが、なぜ、戦争ではなく個人のことに言及する? 俺達の先の世はなぜ戦争の記述がない?」

 たしかに戦争という歴史を動かすものだ。だが、ザルゴ公爵の『青い絵』は個人に降りかかった悲劇が描かれている。
『カリオストロ』の予言がそうであるならば、なぜだ。日常を切り取った日記ならば分かるが、予言書に書き記すことなのか? 
 この先、戦争はないということか?

「そして、『青い絵』シリーズには、大切な記述の絵が抜けている」
「大切な記述?」
「死人が蘇る。『カリオストロ』の最後に書かれた予言だ」

 ――これはおれの予言が達成されたことを知らせる福音だ。
 誰かの言葉を思い出す。誰の言葉だっただろう。
 ……それよりも、だ。まただ。既視感が強過ぎる。死者の復活。ミミズクの言葉だ。死に神のことに関連したはず。

「どうして、ザルゴ公爵はその絵を描かなかったんだろう」
「知るか。……案外、描けなかったのかもしれないな。蘇る人間など、想像が出来なかったのではないのか」
「……考えるべきは、ザルゴ公爵の方ではないの? 彼は『カリオストロ』のメンバーだったということになるわよね?」
「画家としてモチーフに選んだだけとも考えられるが……。真相は闇の中だ。彼は死んでいるからな」
「えっ!?」

 そうだ。この二人はザルゴ公爵が生きていることを知らないのだ。生きていると知っているから声に出して驚いてしまった。いや、私も彼が本当にそうなのかきちんと確かめてはいないのだが。
 二人にザルゴのことを簡単に話すと、目を丸くして思案げな表情を浮かべた。

「死を偽装していたということ?」
「だろうな。これだから、成金どもは! どうせ、いつもの四家の潰し合いだろう。特に最近はロイスター家の勢力が著しい。当主を変え、力を削いだと見せかけるための罠だろう」
「ほとぼりが冷めた頃に戻ってくるつもり? それとも、国外に逃げるつもりかな?」
「どうだか。だか、あれが生きているとなれば少し話は変わってくるな。お前の話では、その男が『青い絵』を買い取ったのだろう? ならば、絵に何かあるのかもしれん。自分が『カリオストロ』の一員である証明とか、な」

 絵の中に隠された暗号があるというわけか。ならば、サガルが持っているはずの残りの絵を見せて貰えばいいのではないだろうか。いや、トヴァイスを連れて行くのは駄目だな。私がこの男のことを苦手とするように、サガルもまたトヴァイスのことが苦手なようだ。
 ノアならば、まだ会うのに抵抗はないはず。
 きりきりと心臓が痛む。本当は私自身が一人で行きたくないのだ。サガルに向き合うのが怖かった。がらんどうな眼窩を思い出すだけで身震いする。

「……『カリオストロ』は予言書というのは分かったけれど、どうして女神廃絶に繋がるのか、解せないな」
「もっともだろう。俺は詳しく説明しなかった。人が蘇るとなれば、人の世の理が崩れる。崩れるとは天変地異のことをさす。近日で言えば、水難だな。大雨が降り、都が沈む。それらの天災を、連中は神の不当な怒りであると認識しているんだ」
「つまり、女神が天災を引き起こすということ?」
「でも、天災は天帝の仕業だと言われていなかった?」

 新聞で大々的に公表されていたはずだ。天帝の怒りのせいだと。
 それに、天帝こそが、あめつちを支配している。

「天帝を信奉するならば、それは天帝の威光だ。女神を恨むならば、それは女神の許されざる行いだ」

 透徹な瞳をトヴァイスは私達に投げかける。簡単な数式の答えを見つけ出した学者のようだった。
 だが、たしかに、私はあの天災を天帝のせいだと思っていなかったか。
 その証拠はないのに、無条件に信じていた。

「結局は人の思い込みだ。神はそこにいるだけ。人の見方に左右される」
「……分からない。その説明は女神を排斥する理由になっていないよ」
「では、人を嫌う理由は? 差別の根幹はなんだ。階級か? 馬鹿馬鹿しい。それは後付けだ。反感と嫌悪。軽いからかい。ただ、忌まわしいから。その程度の浅ましい理由だ。同じように神も、人に堕落させられた。神を嫌う理由は人間を嫌うのと何も変わらない」

 つまり、趣味趣向で『カリオストロ』の人々はカルディアを排斥しようとしている?

「人は惑い、憎む。時には恨む相手が必要だ。お前はカルディア。そうであれと、産まれた時に定められた。カルディアは女神の名だ。そして、お前の名でもある。この名は祝いであり、呪い。暴徒どもにとってお前は人身御供と変わらない。女神カルディアの生まれ変わり。あいつらは本当にそう思っているのだろう」
「私の中身ではなく、名の方が重要?」
「名は体を表す。そもそも、お前が民衆に嫌われているのは身から出た錆だ。さっさとその狂った身を儚んで隠遁生活を送らないから、厄介ごとに巻き込まれる」
「うるさいわね。……私は狂人じゃないわよ」
「どうだか」

 吐き捨てるような口ぶりのくせに、どこか情が滲む。ああ、嫌だと吐き気がしてきた。この男のこういうところが鬱陶しい。情が深く、愛も深い。女が勘違いを起こす。この男にとっては当たり前の気配りも、特別扱いに思えてしまう。
 嫌な記憶が蘇る。心配されてると思い込み、喜んでいた自分。吐き捨てられた言葉。狂人だなんだと罵倒された。痴女めと罵られ、言われない中傷を受けた。

「女神が意味もなく好かれるように、意味もなく嫌われることもあるということでまとめていい?」
「もう、それでいい。ノアの物事を雑に捉える癖には付き合いきれない」
「トヴァイスは細か過ぎる。だいたい、人は血が流れて温かいだけで嫌だ。触ると、ぞわぞわする」
「薬の飲みすぎだ。鎮痛剤を飲め」

 ざわざわし始めた二人を尻目に、『カリオストロ』に視線を流す。この本は予言書。そして、女神を排斥したい組織の教典でもある。
 次からは『カリオストロ』の刺客にも注意を払わざるを得なくなった。頭の痛い話だ。
 はにわりと呼ばれていた人物は、拷問ののち憤死した。名前も知らない人が死に、遺品がここにある。この本を血肉として生きただろう人間はどこにもいない。
 腕を伸ばし、本を掴む。
 瞬間、『カリオストロ』から眩い光が溢れ出す。目を閉じると変な声が聞こえた。ノアやトヴァイスにも聞こえたらしく、声を張り上げている。

「何の声だ!?」
「二人とも、伏せて。俺が対処する」
「対処すると言っても、この光のなかどうやって立ち回るのよ!」

『カリオストロ』が手からこぼれ落ちたのが分かる。声はますます大きくなり、部屋を押し潰してしまいそうだった。背骨が軋む。頭蓋骨がきりきりと穴を開けられるように痛い。
 トヴァイスらしき男が舌打ちをしながら私の体をすっぽりと覆い尽くした。
 男の扇情的な匂いがする。逞しく、熱い腕にがっしりと掴まれていた。そこに葡萄酒のような匂いが混じる。ノアの香りだ。

「大きな音が聞こえましたけど!?」

 階段下で控えていたイルが扉を蹴破り現れる。やっと目を開いた私は絶句した。

「――な、なんだ、これは!?」

 トヴァイスは大声を上げる。それはそうだろう。彼の黒髪の上に三角形をした獣の耳がぴんと立ち上がっていた。ご丁寧に、背中から長い尻尾も生えている。

「俺の肌、変?」

 ノアの肌には鱗が浮かんでいる。しかも、足がなくなり、とぐろを巻く蛇のような尻尾に変わっていた。

「カルディア姫、頭の……いや、その髪はなんですか、いったい」

 イルに指摘されて気がつく。頭が重たい。手で髪を触る。腰まで、伸びていた。トーマとの一件でばっさりと切ったはずなのに。髪の先端がゆらゆらと揺れる。摘んで、目の前に持ってくる。
 それは、花だった。花冠のように編まれている。千切ると、痛みが走った。血が出ないのが不思議なくらい。

「な、なんなの、これ!?」

 再び大声を上げる。この事態は何事なのだろうか?

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