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第三章 嫌われた王子様と呪われた乞食
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しおりを挟む『王都で凄惨な殺人事件!? 切り裂き魔の恐怖再びか!?』
挑発的な記事の下にあった被害者の名前に驚愕した。カルディアと書かれているからだ。女神も恐れぬ蛮行であると、新聞が書き立てている。殺人事件を描いた絵図には若い女の姿があった。
内臓を露出した女は、平民だと書かれていた。
婚約者は官吏をしており、来年の春、結婚する予定だったそうだ。
参列者は、ファミ河の河口まで。そう締めくくられた新聞を閉じる。どうしてか、自分が腹を開いて殺されたような不快感があった。
この国に私の他に一人だけいるというカルディア。その子が死んだ。死んでしまった。
イルが私の名前を呼ぶ。
そろそろ、蘭王が迎えに来る時間だ。蘭王はけたたましく、声を上げながらやってきた。苦笑しながら迎えた。
「さて、サンジェルマンについて話をしましょうか! お姫さんはどこまでご存知ですか?」
「ほとんど知らないわ。宝石商ということぐらいかしら」
「何も知らないと言っても過言じゃあないですね、それじゃあ」
初めて知ったのだが、ランファの人間はほとんど乗り物に乗らないらしい。
乗るとしても、軺車という上に傘のようなものがついている馬車に乗る。それだって庶民はよく使わないという。中が見えないように覆われているものを軒車といい、普段は貴族のような階級しか使わないそうだ。私が来るということで、軒車を用意して貰った。天井が低く、横に長い。足を広げても、まだあまりあるぐらいだ。縦に長い馬車とは違う。
蘭王と護衛として付いて来たイルは窮屈そうにしている。ぴんと背中を張ると、頭が布についてしまうからだろう。背中を丸め、内緒ごとをするように声をひそめる。
「ランファの旦那は、調べていらっしゃるので?」
「まあ、調べられる分には。もともとは、戦争で成り上がった武器商人の家系だったそうですから。それこそ三百年前の革命前から王家に武器を売っていた由緒正しいお家柄なんだそうで」
「へえ。波乱万丈なお家柄だ。戦争屋ってことですよね、つまり」
「裏の話をしてしまえばそうですね。モラルに欠け、道徳に唾を吐く。私兵を雇い、戦争を起こす準備さえ嬉々として行った」
「軍需関連で儲けていたというわけね」
そういうことですねと蘭王は軽く請け負った。
「そんな非道徳信者達がなんだって宝石商に鞍替えしたんです?」
「サンジェルマン……この名前は代々当主となる者に受け継がれる名前らしいです。だからいつのことだったかはよく分かってはいませんが、何代か前のご当主様が清族の真似をして鉱石を集めていたのがきっかけだったとか。そこから、宝石が持つ魔力に吸い寄せられたそうですよ」
「宝石には魔力が灯るってことですか? 俺には理解不能だな」
イルは宝石に興味がないようだ。そもそも、イルが好きなものとは何だろう? あまり聞いたことがない。
「今は武器商人の仕事から足を洗っているの?」
「子会社にやらせているようです。紹介はするようですが、腰を据えてやっているという風ではないですね。ゾイデックからの圧力もあるようですし」
「名誉ある男達、ね。王都に商談に来るという話は聞いたことがあるけれど、本当なの?」
「勿論ですとも。特にリブランのカポは若いながら商売上手でしてね。あれで、融通がきけばもっといい商売相手になるんですが」
「リブランって……?」
詳しそうなのに、イルはリブランのことを知らないらしい。案外こういうことには疎いのかもしれない。
「ゾイデックにある三つのマフィアの一つなの。古くから存在する組織よ。元々は墓守で、その一族が力を持ったのよ。リブランは彼らが守るべき墓花の白百合の別称ね」
「詳しいですね……」
「ノアに教えて貰ったのよ。一応、婚約者だったから」
ゾイデックはその性質上かなり特殊な土地だ。嫁に行くとなれば、相応の知識と覚悟が必要になる。名誉ある男達を変に刺激しないように知識をつけなくてはいけない。そう言ったのはノアだ。
「ゾイデックのマフィア達を刺激しないように立ち振る舞って、宝石商に収まったってことですか。それで、王都の相談役。なんかきな臭いですよね」
「そう? 聞く限り、由緒正しきところなんだから、顔役になっていてもおかしくないでしょう?」
「いえいえ、そうはいきませんよ。イルの言う通り、凄く怪しい。宝石だって流行り廃りがあり、必衰の理がある。当たり前ですが、商売敵だっている。なのに、顔役として堂々と君臨しているんです。何か裏で手を回しているんでしょうね」
そりゃあ、元々武器商人だったのだ。力技で訴えるすべを知っているだろう。というか荒っぽい手立てを知らないものの方がこの王都では少ないのではないだろうか。
蘭王だって、わかりやすく帯刀している。腰から引き抜くには大きな剣だが、振り回せば男一人潰せそうなほど重そうだ。
「それで、不死身という話は本当なの?」
「そればかりはどうにも。同じ姿をしているだとか、別人が次々とサンジェルマンを名乗っているだとか、はたまた死んだ当主影武者だったのだ、とか。憶測ばかり吹聴されていますからね」
「……なぜそんなところから、招待状を貰ったのか、全く分からないわね」
蘭王は私に生温い視線を注いだ。跳ね除けたくなるような眼差しだった。
「お、そろそろ、着きますね。王都の屋敷の中ではかなり大きな部類ですよね、この屋敷」
「侵入もたやすそうだ。足を引っ掛ける場所がいくらでもある」
広大な屋敷には使用人達がずらりと並んでいた。出迎えの人間達らしい。
屋根には二羽の風見鶏。花の蔓が彫られた石柱。女神の彫刻。品が良く、見栄えもいい屋敷だ。
蘭王に手を取られ、軒車から降りる。その時だった。
「伏せろ!」
イルの鋭い声とともに剣戟の音が聞こえた。
誰かが、私に向かって襲いかかってきた。蘭王が素早く腰の剣を引き抜くと、大きく振り抜く。がちんと金属音が響いた。力任せな攻撃に押され、襲撃者が地面に落下した。
「逃れたか」
「手出し無用ですよ、旦那。カルディア姫、すぐに終わりますので」
そう言い終わると、イルが高く跳躍し、人影に襲いかかった。懐から小刀を取り出し目にも留まらぬ早技で斬りかかる。襲撃者が反撃を繰り出すが、イルはびくともしなかった。攻撃を受け流し、すぐに攻勢をかける。
「決まったな」
蘭王の言う通り、勝負はあっさりついた。イルが小刀で、襲撃者の腕を切り落としたのだ。
血がだらだらとこぼれている。カンドのように、あるはずのものがなくなっている。
「っ……!」
「お前じゃあ俺に勝てない。さっさと自害するか拷問されるか選んでくれる?」
「……っ! 呪われた女め! お前には我らが神が神罰を下すだろう!」
イルは黙らせるために、傷口を踏みつけた。容赦ない責め方に血の気がひく。正直、直視できない。
「お姫さん、来たばかりで悪いですが、今日のところは帰った方が良さそうですね。顔が真っ青だ」
「え、ええ……」
白いシャツが赤く濡れていく。襲撃者は女のようだった。胸のあたりに膨らみがある。イルが拳を振り上げる。暴力の濃さに我を忘れそうになった。
「口を割る前に死にました。よく訓練されていますね。どっかの間者でしょうけど」
屋敷に帰ってくるなり、イルはそう言った。血染めのシャツを脱ぐように言いながら後ろを向く。
半日ほど経っていたが、伏せろと叫ばれた時の緊張がまだとけない。死にましたと言われても、殺されかけ、呪いの言葉を吐かれたのだ。ざわりと未だに鳥肌が立っている。
今すぐに恐怖が薄れるわけではない。
「顔を見ましたが、王都では見ない顔でした。すくなくとも貧民街にはいない顔だ。だが、はにわりだったようなので、特定はしやすいかもしれませんよ、お姫さん」
「はにわり?」
「両性具有、男の体に乳房がついていたり、女の体に男性性器がついていることです。俺も話は聞いたことがありましたが、実在するとは思いませんでした」
「よく気がつきましたね……。服を脱がせた時に分かったのに」
にやにやと蘭王が笑った。嫌なことを言いそうだ。
「女の体は見ていたらわかりますよ」
着替え終わったと言われたので後ろを向く。蘭王の言葉は無視だ。
「死体は清族に? うちで引き取ってもいいですよ?」
「奇特な清族がすぐに持って行きましたよ。……カルディア姫は怪我してませんか」
「ええ……。蘭王とお前が守ってくれたから。お前こそ怪我はない?」
驚いたようにイルはくすくす笑った。
「あんなのに遅れをとるほど俺の腕はなまっちゃいませんよ。これでも、貴女の護衛役を任されているので」
「……そう。なら、いいけど。血の臭いがするから、酔いそう」
見る限り、怪我はしていないようだ。ほっと息をつく。私が狙われて、怪我されるのは具合が悪い。
「お姫さんっていつもこんな目にあっているんですか? 大変そうだ」
「毎日ではないけれどね。……約束をすっぽかして、サンジェルマンは怒っていないかしら」
「部下の話じゃあ面白がっていたらしいですよ。また招待状を送るらしいです」
「ならばよかった。機嫌を損ねたら会えないかもしれないもの」
少なくとも会うことは出来るらしい。不老不死の噂があるサンジェルマンには是非とも会ってみたい。たとえそれが眉唾ものであったとしても、なにかの手がかりになると思いたかった。
「はにわりの情報が欲しいですね。また会いにいくにしても、狙われたらたまらない」
「そう言われると思って、手がかりは持ってきましたよ。ただ、俺にはこれが何を意味するのかいまいちぴんとこないんですけど」
イルが懐から取り出したのは一冊の本だった。分厚く、小さい。何度も捲られた後がある。愛用されていたようだ。本の角には血がついていた。
本のタイトルは簡素だった。『カリオストロ』。
タイトルを覗き込んだ蘭王が不思議そうに首をかしげる。
「古語のようだ。……カリオストロ? 聞いたことがない名前ですね。どんな内容ですかね?」
興味津々な二人を前に、私はぶるぶると体を震わせる。『カリオストロ』。その名前を冠する組織を、私は一つしか知らない。
「偽典『カリオストロ』。これは禁書の写しよ。女神カルディアを滅ぼす内容が記されているとされているわ」
「はい……?」
「女神を、滅ぼすですか?」
こくりと頷く。まさか、私もこの教典を生で見るとは思わなかった。
「古代の文字で書かれているため、私達では判読不可能よ。女神を殺すためにつくられた過激組織『カリオストロ』の幹部だけが、代々正確に読み解けるとされている」
「じゃあ、その過激派の仕業だと?」
「……これが本物ならばね。これが本物の偽典であるか、私には判断できないもの」
「誰なら出来るんです? 早めに確認を取った方がいいのでは?」
「それはそうなのだけど……」
正直気が進まない。こういうことに詳しい男には心当たりがある。だが、進んで力を貸してくれと頼む気にはなれない。頼みたくない。
頭を下げたくない!
「トヴァイス・イーストンならば出来るはずよ。……でも、まだ王都に残っているか、分からないわよ」
すぐにでもイーストン家に戻っていてもおかしくない。社交シーズンは終わった。あいつに残り続ける理由はない。
蘭王は首を傾げて、一言こぼした。
「昨日、ノア様の屋敷でお見かけしましたよ?」
……そんなと声を上げてしまう。
手紙で確認したら、たしかにトヴァイスはまだ帰っていなかった。私は後日、彼と会うことになってしまった。
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